第五話 旅支度をしよう
「うむ? どこに行くのだ、テレーザ?」
フシルは懐に給金の入った袋を入れて街に出てきていた。
どこに行っても舞桜に出くわすので、もう、自室に入れる以外のことはあきらめていた彼女は、恨めしそうに舞桜を見やる。
「どこって、……買い物よ」
「旅にでも出るのか! その可愛らしい服装も似合っているが、ブラウスにチノパン、ソックスと編み上げブーツ? 長旅に出るのか?」
「あとはコートとジャケットを買って、非常食を購入したら旅に出ますよ」
「旅! では、薬草も必要だぞ。それに、魔力回復薬と、毒や麻痺を治す治療薬も必要だ」
舞桜がまっとうなことを言うので、フシルは戸惑った表情を浮かべた。
「舞桜は……旅をしたこと、あるの?」
「もちろんだ。最初の主のパーティに旅に慣れたやつがいて、な。そいつがいろいろと教えてくれたのだ。最初の主は我を作ったくせに何にも知らなくて、危なっかしくて、でも、可愛いやつだったな」
「ふぅん……」
「それに、聞いて驚け。英雄フシルとも旅をしたことがあるのだぞ!」
「英雄フシルと?」
フシルが顔を引きつらせると、舞桜は悲しげな顔をした。
「まあ、その当代主の祈りもむなしく、命を捧げて大魔導を発動し、死んだがな」
「なんだ、フシルの相棒として旅をしたこと、なかったのね」
舞桜はぶんぶんと尻尾を振った。
「うむ。我はナヨナヨのあんちゃんや、キラッキラの男、そしてゴリゴリマッチョよりもふつくしい乙女のほうがよい」
「……あんた、メス、よね?」
少し艶っぽい女性らしい声をしている舞桜にそう尋ねると、舞桜がすねた顔をした。
「色恋というなら、二代目使い手に恋をしておったぞ? あの者はハンサムで優しくて、紳士だったからな。でも、それはそれ、これはこれ。使い手は我を使って美しく舞える者がふさわしいのだ。何より、萌え。これが大事なのだ」
「萌えって……」
フシルが顔を引きつらせていると、舞桜が目を輝かせた。
「もしかして、我もついて行ってよいのか!?」
「あ、うん」
捨てに行く旅だけど、と言葉を飲み込んで、フシルは頷いておいた。ここで警戒されては何もならない。
「では、契約を!」
「それは、いやよ」
「なぜだ? 外には危険な魔物や、汝を狙う悪漢どもの巣窟だぞ?」
フシルは少しひるんだ。
街はそもそも、城壁で囲まれた城壁都市だ。それは、街の外をうろつく魔物が人々を襲わないようにするためであり、そして、それから人々の出入りを制限するためのものである。
街の外は治安のいい街よりもずっと危険であることは彼女自身にもわかっている。だが、それを考えていなかったし、それに、舞桜を捨てに行くだけなのだから、すぐに帰って来るだけなので、そこまで警戒する必要もないのでは?
……などと、甘く考えていたのだ。
「だ、大丈夫よ。私、それなりに魔法ができるから!」
それは事実だ。魔力が並の人間よりもはるかに多い彼女は魔力が暴走しないようにトレーニングを積んできた。暴走すればほかの人よりも大変なことになるからだ。
だから、魔力トレーニングを積んでいたし、護身術の心得もあったために大丈夫だろうと言い聞かせる。
しかし、舞桜にジト目で見られてしまった。
「甘く考えていると、死ぬぞ?」
舞桜は吐息を漏らした。
「その手は箒くらいしか握ったことがないような滑らかな乙女の手だ。だが、剣だこも弓だこもない。いくら魔法が達者でも、いくら足癖が悪かろうと、生ぬるい覚悟では死ぬだけだ」
「な、なによ?」
「街から出ないほうが安全だ。汝はそういう人間だ」
「うるさいわね。旅立ってやるわよ」
ストーカーに云々と説かれる筋合いはない。だから、彼女は噛みつかんばかりにそう告げる。すると、舞桜は楽しそうににやりと笑う。
「では、やってみせるのだな」
フシルは本気で舞桜を捨てに行く旅へ出る覚悟を決めた。
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