第四話 奴はどこにでも現れる


 「私はしがない侍女です。剣など、邪魔でしかないので勇者様についていってください」


 真顔でそう告げると、舞桜はショックを受けたような顔でフシルを見上げていた。

 「何を言う!? 我は汝を主に選んだのだ。お前についていくぞ」

 「……いえ、私は非戦闘員ですから、はっきり言って邪魔です」

 「何を言う! 汝はすさまじい魔力量ではないか! 我が魔力を吸っていることに気が付いたのはお前くらいだし、むしろ、蓄えた魔力を汝にあげてもいいくらいだぞ!」

 「あなたを選んだつもりはありません」

 「そんなぁ! 我と、身体能力強化も授けるし、天下無敵の侍女に大変身だぞ!?」

 「……?」

 舞桜が墓穴を掘ってしまったと息をのむ。冷汗が目に見えるくらいだらだらと流れ始め、尻尾が後ろ足の間に入ってしまった。

 「そ、それは……」

 「私はあなたと契約するわけがありません。不要です」

 「わ、我はなんにでも変身できるぞ? ほら、掃除用モップとか、塵取りとか、箒とか!」

 「……どんだけ掃除させたいんですか?」

 フシルは怒りを込めて舞桜を見下ろすと、その威圧感に舞桜はじりっと後ずさりした。

 「……わ、我と契約すれば……」

 次第に尻すぼみになっていく言葉にため息を漏らし、舞桜を抱き上げ、ルーネスの腕の中に押し付けた。


 「というわけで、もらってください!」


 「ええっ!?」

 明らかに迷惑そうな顔をされたが、こっちも好んで刀を引き抜いてしまったわけではないので、それくらいは許してほしいものである。

 「お前は実力こそあっても、魔力の味が不味いからいやだ」

 バッサリと舞桜がそう言って、さっさと逃げていくフシルを勢いよく追いかける。

 しかし、人ごみに紛れてしまい、舞桜は舌打ちした。


 「仕方がない、奥の手だ」


 舞桜は颯爽とした足取りで王城へと向かったが、不意に強い風が吹き抜け、その姿も見えなくなった。



     ☆



 主の手を引いて逃げるように帰ってきたフシルはセレナ姫を部屋に返してからフラフラと自室に戻っていた。

 侍女たちの住まう離宮の住居スペース、その最奥部。そこがフシルの部屋だった。侍女たちは各々でデコレーションや創意工夫を凝らしてDIYに励んでいるようだが、フシルは特にそういうこだわりもなく、ベッドと机、それに衣装戸棚があるだけである。

 「疲れた」

 ベッドに倒れこんだ彼女はふわっと花の香りがする枕に顔をうずめてふにゃりと顔を緩め、目を閉じた。


 が、すぐに目を覚ました。


 「花の香り!?」


 ガバッと起き上がり、見覚えのない枕カバーを引きはがす。

 「ふぎゃっ」

 「飛んでけ!」

 勢い良く振りかぶり、魔法で大きく窓を開け放つと、その振りかぶった腕を振り下ろす。これがボールであればナイスピッチである剛腕スウィング。

 美しい軌跡を描きながら舞桜の変身した枕カバーは星になった。


 「フー、フー……」


 荒く息をしていたフシルは窓をしっかりと閉め、隙間から舞桜が入ってこないようにと、魔法を詠唱した。


 「色なき翼よ。我が意に応え、侵入者を阻みたまえ。虫の一匹もいれぬように」


 フシルはかなり本気だった。


 しかし、気を抜くたびに行先へ現れては桜の香りがする様々なモノに変身する舞桜の侵入を防ぐため、城の結界を強化しすぎた結果、戻ってきた王まで入れないという結果になってしまい、こってり怒られることになってしまったのだが。


 (やっぱり、遠くに捨てて封印するしかないわ!)


 彼女にそう決意をさせたのは、ほかならぬ舞桜である。


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