伺候する《二》


「ご相談、でございますか…………?」


 雅晴まさはるは首を傾げた。

 いったいどのようなお話なのだろうか? まあ人払いをしたのだから、何か内密なお話だとは思うが。


 雅晴の予想は正しかったのだろう。今上の御門は先程の少しだけ軽かった調子を改められ、真剣なお顔をされた。


「雅晴。大納言だいなごん藤野則貞ふじのののりさだのことは知っておるな?」


「はい……。存じ上げておりますが……?」


「その、藤野則貞さまのことです。あなたはもちろん、あのお方が藤野氏のうじ長者ちょうじゃであることは知っておりますね?」


 治信が今上の御門のお言葉をもらい受けるように聞いてくる。


「はい…………。それはもちろん存じ上げております。一応、親戚ですから」


 その質問に雅晴は首肯した。

 雅晴の姓が藤野と言うように、雅晴は藤野氏の一族だ。

 しかし摂関家とはずいぶんと血筋が違うため、親戚ではあるがそんなに気安い関係ではない。

 むしろ、主従関係に近いと言えるだろう。


 ここ、大内裏は実力で出世できる場所ではない。悲しいかな、家柄が一番モノを言う場所なのである。

 その事をよく知っておられる今上の御門は、声を潜めてこう言った。


「余はな、ここだけの話だが、今までの摂関家の横暴には許せぬと思うておった。もともと、御門のものであった政事まつりごとを一臣下の身分で好き勝手にしてはならぬ。それを、おごれる摂関家は長らく忘れておった」


「そうですね。でも、があったばかりですからね。しばらくは摂関家も大人しくしていると思いますけど」


 この治信の言葉に、今上の御門と雅晴は苦笑した。

 治信が言った“あんなこと”とは、おそらくのことだろう。

 その政争は凄絶さを極めたため、宮中では今でも話題にすることはおろか、口にすることすら禁忌となっている。

 それでも、その禁忌を破ることにしたのだろう。


「そのについてなのだが…………。確か、則貞は、数少ないであったな?」


と、今上の御門は口をお開きになった。


「はい。左様にございます。なんでも、最初からあのことに加わっておられなかったとか。これはあくまで私の推測ですが……………。もしかしたら藤野則貞さまは、あのことをただ淡々と見ていらしただけかもしれません。好機が訪れるまで、ずっと」


「それってつまり…………自らの手を下さずに氏の長者という高い地位を得た、ということにございますか?」


 雅晴は自分で尋ねていながらも、背筋が凍るような気持ちがした。

 もしそれが本当の話なら、藤野則貞という人物は、物凄く計算高いということになる。


「そうです。だから正直、あのお方を敵にはまわしたくはありません。何しろ、あのお方は藤野氏の氏の長者ですからね。心のうちはともかく、あのお方が協力してくださるか、くださらぬかで、今後のまつりごともかなり違ってくる。それはわかりきったことにございましょう?」


 治信が話を締めくくるように言う。それに少しだけ今上の御門は苦笑した。


「と、言うわけだ。なんとなく、事情はわかったな?」


 今上の御門が確認するように、こちらを向かれる。それに、雅晴は首を縦に振ることでお返しした。


「つまり、今のうちに大納言さまと親密な関係になっておきたい。そういうことでございますね?」


「ああ……………まぁ、そう言うことだ。だから、そのための策を余と一緒に考えてもらいたい。各々、自由に発言せよ」


「「はっ」」


 雅晴と治信は平伏した。


「うーん…………。一番手っ取り早い方法は…………。誰が大納言さまと縁続きになること、でしょうか…………」


 治信が首をひねる。

 その言葉に、雅晴は頷いた。


「…………では、私が大納言家の姫君と恋仲になる、というのはいかがでしょう?」


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