一章
伺候する
(おお、どうやら来たようだな)
案の定、使いにやった舎人が
「
「通せ」
今上の御門――――主上は、そう言って
◆◇◆◇◆
雅晴は、御簾の前でうやうやしく頭を下げた。
その御簾の奥におわしますのは、この
「少納言雅晴よ、面をあげよ」
御簾の中から凛としたお声がかかる。
「はっ」
雅晴は、ゆっくりと顔をあげた。
薄い御簾を隔てた向こうには、雅晴のよく知る今上の御門のお姿があった。
「お召により、参内いたしました」
「うむ。雅晴よ、勤務中に突然呼び出してすまぬ」
雅晴は少しだけ戸惑った。もう一度頭を下げ、奏上する。
「も、勿体無きお言葉。なれど、私は主上にお仕えする臣下にございます。どうか、お気になさりませぬよう」
その言葉に、今上の御門は少し微笑んだ。
雅晴は昔から、人を思いやる心がある。それはここ、大内裏では、滅多に見られないものであった。
「…………そなたはいつも、そう言ってくれるな。
今上の御門は、はぁーと溜息をついた。
どうやら、一番の側近でもある臣下に文句を言われているらしい。
一方、雅晴は遠い目をした。ああ、そうなのですか…………と。
ちなみに、
古くから御門の
今上の御門の影を務めることもある。
「ま、まぁ……それは良いといたしまして、本日はどのようなお召しで……?」
そう、雅晴が用向きを聞こうとした時。
「失礼いたします。
新たな声の主がやって来た。
簀子で平伏し、そのまま直ぐに孫廂の方へにじり寄る。
「おお、噂をすれば。治信、如何であったか?」
「まあまあ、というところですかね。また、叱られて来ましたよ」
治信は御簾の横にどかっといささか行儀悪く座った。
どうやら相当疲れたらしい。
「これとこれとこれとこれを明日までに目を通しておいてください。あ、これとこれは明後日までに仕上げておいてくださいね。主上、お・ね・が・いしますよ」
何故か最後の一部分を強調して、どんどんどんっと滑るように置いた書類を御簾の中に差し上げる。
…………問答無用とは、まさにこのこと。
もはや恒例の事らしく、今上の御門も治信のちょっとした不敬を咎めたりはしない。
それどころか、差し出された書類を脇に置いて、
「ほう、それは如何した?」
などと意地悪く仰せになる始末。
治信は眉間に青筋を立てた。
「如何した…………ではありませんよ! 毎回毎回ここが出来てない、そこも出来てない、いつになったらまともに出来るようになるこの若造め、なんて言われるんですよ! いちいち叱られる私の身にもなってお考えください。それはイヤになりますよ。まったく………
治信は、はぁーと頭を抱えた。
それでなんとなく、今上の御門の側近である彼の苦労がしのばれた。
余程こたえているのだろう。彼の目の下には、くっきりと隈が出来ていた。
(…………。気の毒に………………)
雅晴は内心、
治信、貴殿の努力がいつかは報われることを祈るぞ…………と。
そんな雅晴の思いはつゆ知らず、今上の御門と治信の会話は続いていたのだが。
「治信」
ふいに今上の御門が、片手をあげる。
すると、「はっ」とだけ短く返事をした治信が立ち上がり、孫廂から出て行く。
雅晴は察した。人払いか、と。
しばらくすると、治信が戻って来た。
彼は、注意深く辺りを見回し、
それから、孫廂に腰を下ろした臣下を見て、今上の御門は口を開かれた。
「雅晴。実は折り入って相談があるのだ」
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