第4話涙のわけ
木曜日、僕は頭がくらくらして学校を休んだ。
昼間まで寝た後で最寄り駅に行き、列車に乗る。
病院までの距離がいやに長く感じられた。
ポケットにはビニール袋を入れてある。もし吐きそうになったら急いでビニール袋を広げるのだ。
改札を通り、病院横の薬局に直行、薬を受け取った。
今すぐ薬を飲みたい僕はコンビニでミネラルウォーターを買い、路上で薬を飲んだ。溜め息が出る。油断していたけれど、やっぱり僕は薬との縁が生涯続くのだ。
一息つくと、しゃがみこんでいた僕は立ち上がる。どうせ学校は始まっているし、祖母に会ってからでも遅くないと考えた。
病院のロビーを通る時、胸がドキンと痛んだけれど、彼女らしき姿は見えなかった。当たり前だ。まだ数回しか会っていない相手にたまたま会うなんて。
本当にたまたまであったんだろうか。
その疑問は祖母の部屋で解決した。
「やっほー」
彼女はプリンを食べながら山びこみたいに挨拶した。
「清信ちゃん、今日は早いのねえ。やっぱり可愛い彼女がいるからかしら」
「もうおばあちゃんたらお上手なんだから」
彼女のふふふという声と祖母のはははの声が合唱みたいにはもる。どうやら二人は僕がいない間に意気投合したらしい。
「さあ、清信ちゃんもプリンを食べなさい」
プリンを食べながら考えた。彼女は看護師に心配されるほどの何かを抱えている。その何かの正体を僕は知りたい、けど、知りたくない。
「今日もこれからデートかい」
「病院を散歩しようと思って」
『行こう』と彼女は僕の手首を握った。祖母は相変わらずにこにこと僕らに手を振った。
階段を上ろうとする彼女に僕は慌てた。昨日怒られたばかりじゃないか。でも僕のくちをついて出たのは別の台詞であった。
「プリン、まだ途中」
「じゃあロビーだね」
彼女は変わらないように見えた。整った唇を弓の形にして笑う。目もきらきらと輝いている。
プリンの続きを食べようとしたが進まない。
「どうしたの? お腹空かないの? 私が食べてあげようか」
プリンの残りを手渡す。一口ずつ食べる彼女をまるで曇った窓越しに見ているように感じる。
「はい、終わり。ありがとうございました」
ゴミ箱に向かって彼女はお礼を言う。彼女は最初、プリンをまるごと捨てようとした僕を見て何て言ったんだっけ。心臓を鷲掴みにされたようだ。
「さて、屋上に行こう」
「駄目だよ、怒られたばかりじゃないか」
彼女の顔が見る間に不機嫌になった。
「清信君はそんなこと言わないと思った」
ズキズキと胸を痛ませながら、ここではっきりさせるのがお互いの為だと僕は結論付ける。
「君は、病院に何の用があって来ているの」
ふふふと笑う彼女だが、瞳が漆黒になるのを見逃したわけではない。
「それと、屋上が関係あるの?」
「あるよ。僕は何なんだろうって。どうしてあんなことしようなんて言ったの? ただの思い出? 君は僕に自分のことを何も教えてくれない。不誠実だと思う」
「そっか」
彼女は微笑む。目に星を宿さないままで。
「私は病気で、入院患者なの。これでいい?」
八つ当たりだ。彼女にこんなこと言わせるなんて。
「もう会わない方がいいのかな、君の為に」
「僕の為ってなんだよ。」
「杉野清信君、君が病気だから」
青天の霹靂だ。彼女は僕のことを知っている。心の病を持っていると知っていて僕と向き合っていたのだ。
「病気だから何も教えなかったのか。僕は君を」
本気で好きになりかけていたのに。
君は僕を病気だからと遠ざける。
近付いて、今更、卑怯だ。
僕は彼女の両肩をつかんだ。周りなんてお構い無しだ。
口を閉じ、近付こうとすると彼女は俯いた。光るものが落ちるのを見た。
「ごめんね」
謝罪に胸が締め付けられそうになる。僕達の関係はお互いのことをよく知らないから保たれていた。そのことを痛感した。
立ち上がった彼女は、僕に背を向けたままロビーの奥にある曲がり角に消えた。
帰り道の列車で、僕の頬が濡れていくのをまるで他人ごとのように感じる。
そうか、僕は彼女のことをもうとっくに好きだったんだ。
でも、きっともう手遅れだ。
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