第9話

7時5分

みちくんに電話をした。

私のケータイから。非通知ではなかった。


「おはよう。亜樹。」

「おはよ。」

「少しは寝れた?」

「うん。すっきりしてる」

「よかった。どこにいるの?」

「今部屋。レストラン10階だって」

「すぐ行くよ。レストランの前でいいよね」

「うん。じゃ、あとで。」

「はい。」


何気ない会話だった。

深く考えない。

昨日までと違う私。

そして、明日からの私。昨日までと同じ私が、日常を変わりなく過ごしていく。

ただ、今が特別なだけだった。


「おまたせー」

みちがやってきた。昨日と同じスーツ。

「早いねー」

「そりゃあもう、亜樹に会いたくて、ロビーで待ってたもの。」

「ええー。そっちのホテルの?」

「こっちのホテル」

「ええー。。。」

「今日も、綺麗だねー亜樹。遠くから見とれた。」

「ちょ、やめて。朝から、、、」

「似合ってるね。素敵。」

「、、ありがとう。みちに言われると、嬉しい。」


みちは笑う。

私も笑う。

さわやかな朝。


「げっ」

「えっ?」

「こんなにするの?」

「わっ、1500円?」

「すき家の朝ごはんなら4人食べてもお釣りがくるな」

「そーいうこと言う? でも私もそっちのほーがいいなー。すき家とかお店で食べたことないよー」

「え。そーなん? 近くにあったな。そっち、行っちゃう?」

「いいねえー、賛成賛成」


2人は、駆け出すようにエレベーターへ戻った


「あ、でも、、」

「ん?」

「大丈夫?誰かに会ったりしたら、、、」

「ああ。大丈夫でしょ。ご飯食べるだけだし。ほんとに怪しい関係ならすき家で朝めし食べないんじゃない?」


みちは他人事のように言って、下行きのボタンでエレベーターを呼んだ


いや、怪しい2人にもうなっちゃいましたけど。と、思いながら、まあ確かに、とも思ってついていった。

エレベーターに乗ると、みちは手を握ってきた


「歩きながらはさすがにできないので」


悪気はないんだろうけど、心が痛む言い方だった。


私は初めてすき家に入って朝ごはんを食べた。ご飯が多くて食べ切れなかったけど、熱くて、おいしかった。

こんなにゆっくり、たくさん、あったかい朝ごはんを食べたのはいつ以来だろう。

目の前にみちがいて。

ああ、だめだ。だんだん、切なくなってきた。


「ごちそーさま」

みちが言った。

私もごちそうさま、と言った。

「どうだった?」

「うん、おいしい!あったかいし。こーいうとこ気軽に来れるのは羨ましいよ」

「こんなとこでよければ毎日でも連れてきてあげるのに」

「でも、昨日の夜から比べるとすごいギャップね」

「うむ。バブルははじけたのだよ亜樹くん」

「なにそれー」

「昨日の俺は、精一杯背伸びした俺だからさ。現実の俺はこっちだよ。お金ないし。かっこ悪いかもしれないけど、それがほんと。長く続けるには、偽らないほうがいいと思うんだよねー。あ。もちろん、亜樹がよければ、だけどさ」


ながくつづける、、、


「私は、ホテルのバーよりこっちのが好きだよ。お金持ちより、今のみちがいいな。」


ながくつづけるのは、どうやったらできるの?


「俺、どーしたらいいか全然わかんないんだけどさ、亜樹が好きなんだ。だから、亜樹が俺のことを好きでいてくれたらすごく嬉しい。

もちろん、これから日常に戻るんだけど、お互い。確かに昨夜や今って日常じゃないんだけどね、でも、日常じゃないんだけど、確かに現実なんだよ。だから、、、」


中学生みたいなことを言う。

それで、はいわかりましたとこの関係を続けようとする女がいると思ってるのだろうか。


「忘れないでほしいんだよ。忘れられるのは、怖い。それが、ほんとの気持ち」


「ねえみち、みちは不倫したことあるの?」

「ないんだよこれが」

「私も。ないの。」

「一緒だね」


日曜日の朝の、すき家での会話ではなかったけど、私たちは続けた。

あいまいなまま、別れるのが嫌だった。


「わかったような、わからないような気がしてるの。結局、わたしは、みちのことを好きでいていいの?」

「うん」

「忘れなくていいの?」

「もちろん。忘れちゃったらそれは仕方ないことだけどね。でも、忘れてほしくない」

「また会えるかどうかわからない」

「そうだね。でも、俺は亜樹が好きだから。忘れない。もちろん、そっちに行く時は連絡する」

「じゃあ、またこーやってご飯食べるだけでいいから会える?」

「もちろん。喜んで。」


日常じゃないけど、現実。

非日常は非現実ではない。


つながっていたい。

触れることはできなくても、なにか、安心できるものがほしい。

そんな気持ちは、2人同じだった。


私たちは朝の東京で別れた。

そして、羽田空港で再会した。

みちがどうしても、と言ったから。さすがに移動も一緒は無理だから、空港で待ち合わせた。


「そうだ亜樹。あれから確認したんだけどさ、なかったよ」

「なにが?」

「アダルトビデオ。ちゃんとしたホテルにはないみたいよ」

「見ようとしたのかよー」

「いや、なんとなく気になってねえ、、、」

「サイテーです」

「いやでも、ないことがわかっただけでも収穫だよ。それに」

「なに」

「これからは、そーいうの見るたびにきっと、亜樹を思い出すよ」

「ほんとサイテー。」

「ごめん」

「まあ、でも、確かにそーかもねえ」

「ん?」

「エーブイ。私も、見るたびにみちを思い出すと思う。」

「、、、えっ?」

「私だって見るよ。」

「ええー?まじで?」

「女だって見ますよー。嫌いになる?」

「い、いや、とんでもない、なんかすげー嬉しい。あ、そーなんだ。。。」

「たまに、ね。」


飛行機の時間が近づいた。

私は手続きをした。

お別れの時間だった。


「亜樹、あのさ、考えたんだ。それでさ、おれ、と、亜樹だけのサイトでも作るよ。サイトっていうかさ、ブログみたいなの。それで、そこに俺は書いて置いておく。亜樹へのラブレター。」

「どーいうこと?」

「今さ、簡単だけど作ったんだ。後でメールでURL送るから見ておいて。いつでも、そこを観てもらったら俺がいるような場所。なにかあったらそこに書き込んでくれてもいいし。そしたら、メールと違うからケータイにも残らないし。」

「よくわからないけど、みちがブログを書くの?」

「そう」

「どーやったら見れるの?」

「だからそれはメールで送る」

「私は見るだけでもいいの?」

「いいよ。書いてもいいし、見るだけでも」

「わかった、かな。」

「ちょっとエッチなネタも書いたりしてもいい?」

「それはすごく楽しみですねー」


わはは、と笑った。


時間になった。


「抱きしめられないけど」

みちは言った。

「さよなら」

私は言った。

「また。」

みちは笑った。

「うん。また。またね。待ってるね」

私は、笑った。


私は日常へ向かって飛ぶ飛行機の中に乗り込んだ。

ケータイを見た。メールが来てた。みちからだ。


「亜樹へのラブレターはこちらです」


と書かれた下に、URLが書いてあった。

私はリンクへととんだ


何も書かれてないブログがあった。

タイトルだけは決まっていた。


「みそら、、、」


声に出して読んだ。

切なさが、少し小さくなった。



  ひこうき、完

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ひこうき 南無山 慶 @doksensei

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