第7話

2人はお互いについて語り合った。

産まれてからこれまでの空白を埋めるように、現在のことではなく、今までのことを話した。質問をして、答えて、共感して。

カクテルをおかわりした。


カクテルグラスで飲んでみたい、と私が言って、初恋の味がするカクテルを2つくださいと彼は言った。

うひゃー、と私は冷やかした。

いーじゃん、と彼は頬を膨らました。


楽しかった。


淡いピンクの、透き通ったほのかなピンクのカクテルが、触れただけで割れてしまいそうな薄いグラスに入れられて運ばれてきた。

ピンクのハート型の花びらが浮いていた

まさしく、初恋のカクテルだった。


こくん。


なめるように少し飲んだ。お酒の味がする。

そして少し苦かった。


「初恋の味だわ」


私が言った


「あー。初恋だこれは」


みちも言った。



「幼稚園の時だったなー」

私は、夜景を見ながら言った。


「ませてるねー」

「そうかなー。みちは?」

「俺は、今だよー」

「えーそーいうこと言うー?」

「亜樹を目の前にして恋しない男はいないでしょう」

「そんなこと言ってくれるのはみちだけだよほんと。ほんとに嬉しい。ありがと。」

「うそでもお世辞でもないからね」


うん。私は頷いて、また、初恋の味を味わった。


こくん。


さっきより少し甘い気がした。

みちがチラッと時計を見た。11時を回った。あっという間だった。


「少し、暗くなったよ。節電だね」


東京の街は、さっきよりきらめきを少なくして、それでも田舎者な私には素晴らしく明るく、綺麗に見えた。


「そろそろ、いこうか。」

「そうだね」


2人は、順番にお手洗いに行って、初恋の味を最後にこくん、と飲んで、席を後にした。

窓の向こうにはいくつものキラキラが、名残惜しそうに輝いていた


ゆっくりと、ふかふかのじゅうたんの廊下を歩く。

2人とも無口だった。


エレベーターホールまで来た時、みちが口を開いた

「あした、帰っちゃうんだね」

「そだね。あした、また、空を飛んで帰るよ」

私は自分に言い聞かせるように言った。

「さみしいなあ」

「うん、、、」


しん、とした空気が2人を包んだ。

私は結婚して母親になったけれど、この時間はやっぱり苦手だということがわかった。結婚してからというもの、切ない別れなんて無縁だったから。これから訪れる暗くて長い時間を思うと、泣いてしまいたくなった。


「ね、亜樹、、、」

「うん?」


みちか私に何かを告げようとしている。聞きたいような、言ってほしくないような。


「あのさ、あの、、、」

「なあに?」

「もすこし、一緒にいたい。あと、少し、夜景を見よう、ね、いいでしよ?」

「え。。 うん、うん。いいよ。賛成」


みちは、ありがと、とつぶやくと大きく息を吐いて、エレベーターのボタンを押した。上にのぼるボタンだった。

エレベーターが来るまでの間に、私の右手は、みちの左手に包まれた。

みちの手は暖かかった。


エレベーターが上がってくる。2人はじっと、階数表示を目で追っていた。


エレベーターに乗ると、みちは黙ったまま60のボタンを押した

私達は手をつないだまま、また少し空の近くに着いた


展望台でもあるのかと思っていたけど、そこは客室フロアだった。

あれ?と私が思う間に、みちは私の手を引いてエレベーターを下りた。


ふかふかのじゅうたんを歩いて、みちは足を止めた。


6051


「今度は、2人だけの夜景だよ」

みちは言いながら、カードキーを通し、扉を開けた


私は一瞬足を止めた。

みちは、何も言わず、左手を私の腰に回すと、私を部屋の中に誘った。

私の身体は逆らうことなく部屋の中へ吸い込まれた

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