第5話
土曜日の夜だからなのか、ホテルの広いロビーは人がたくさんいた。
家族連れもいたし、ただ通り過ぎる人もいたし、カップルも多かった。
時計を探した。
8時30分だった。娘たちは歯みがきをしただろうか。ご飯は食べたかな。泣いてないかな。気になった。
電話をした。
娘たちは心配なく、いつもの通り生意気な様子で父親を困らせていたようだった。
朝から公園に連れて行かれ、さんざんあそばされ、お昼も食べずに昼寝をしたと思ったら、起きてお腹空いたと大泣きし、ご飯を食べたらものすごくご機嫌になって、お風呂に入って、借りてきたプリキュアのDVDで大合唱した、と言っていた。
それから君のお母さんが野菜をたくさんくれたよ、と言っていた。
そして、お土産はいらないから、次の休みに外食でもしようよ、と言った。
私は、あすの午後には帰るからそれまでよろしくね、と言った。
ケータイをハンドバックにしまった。
現実にフタをするように。
「こんばんは」
不意に、後ろから声がした。私は驚いて身体がびくん、となった
「お待たせしてすみませんでした」
振り返る。
「いえ。ちょうど今、下りてきたところです。」
無意識に、笑顔になって私は言った。
「素敵ですねー、、、」
彼、山本さんは目を大きく開いて、口を開けて言った。
「えっ?」
「いや、亜樹さんは、どこまで美しくなれるんですか?」
「そんな、、、」
「いや、昨日もお綺麗でしたが、今日は、また、さらにさらに素敵です」
披露宴帰りだから、派手な服装だし、メイクも気合入れてるけど、そんなこと、言われるとは思わなかった。
でも、褒められると嬉しい。
私は女だから。綺麗だと言われて悪い気はしない。嬉しかった
「ありがとうございます。でも、ちょっとおおげさですよ」
「そんなことないですよ。モデルさんみたいです。それに、笑顔がそんなに素敵だとは、それも発見です」
笑顔が素敵、、、
あなたに会うまで泣きそうな顔してたのに、、、
「ありがとうございます。」
もう一度、笑顔で言った。
彼はにっこりと笑ってから
「ほんとうに、お綺麗ですね」
改めて言った。
「急に電話して、ご迷惑でなかったですか? お仕事中?」
彼は昨日と同じくスーツ姿だった
「ああいえ、大丈夫です。暇してましたから」
「でも、、こんな時間だし、スーツだし、会社が近いんですか?」
「いえいえほんとに、違うんですあの、ええと、、、」
私は彼の言葉を待った
「見つめられるとダメですね。正直に言います。笑わないでくださいね」
私は頷くような、首を傾げるような、あいまいな返事をした。わけがわからなくて。
彼は話し始めた
「実は、、、 今日は俺、休みなんです」
俺、と言った。
「で、 もしかしたら亜樹さんから電話がかかってくるかもしれないから、待ってたんです。家で。その内夕方になって、いたたまれなくて、外で待つことにしたんで す。大体、どこへでも30分くらいで駆けつけられる場所で。それで、亜樹さんは結婚式帰りでお洒落してるだろうから、一緒にいて恥ずかしくない格好を、 と、思ったんですが、それがまたなくてですね、それで、こんな恰好をしてきました。これならほら、結婚式帰りにもみえるかなー、なんて思ったりもし て、、、」
くすっ。
変な人。。必死に言い訳してるみたいに、すごく変なことを言ってる。
どこから突っ込んでよいのやら、、、
「電話が来なかったら、どうするつもりだったんですか?」
「わかりません。でもきっと、そのまま羽田に行ってました。」
「羽田?」
「せめてお見送りだけでも、と思ってました。」
「あすの朝まで?」
「羽田は24時間営業になったんですよ」
いや、そうじゃなくて、、、
でも、嘘は言ってないと思う。少なくとも、私は、彼は本当のことを言ってると思う。
「亜 樹さんに、もう一度会いたかったんです。いけないことかどうか、よくわからなくて、でも会いたかったんです。ケータイの番号を聞かなかったことをすごく後 悔しました。こんなに歯がゆい夜を過ごしたのは久しぶりです。電話が鳴った時、飛び上がって喜びました。ほんとうに、電話してくれてよかった。ありがと う、ありがとうございます。」
彼は一気に喋った。私の言葉を待っているようだった。私は、なんて言っていいのかわからなかった。
ただ、この人に嘘はつきたくないと思った
「わたしは、、、」
とくん、、、
とくん、、、
とくん、、、
心地良い、鼓動だった。
ああ、と私は納得した。
「わたしも。会えて嬉しいです。もう一度、ゆっくりお話がしたかったです」
顔が、自然と笑顔になった。
難しそうな顔をした彼の表情がふわりと明るくなって、直後に大きなため息を吐いた
「はあああー。よ、よかったー。そんなこと言われても困ります迷惑ですって言われたらどうしようって思ったら涙が出そうになりましたー。」
くすくす。
「おなか、すいてますか?」
彼が言った。
私は小さく首をふる
「ここではなんなので、隣のホテルの上に、ちょっとしたところがあります。それで、お礼とさせてくれませんか?」
「はい。喜んで」
2人並んで歩き始めた。
エレベーターに乗って、少しだけ空に近づいた。
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