第4話

素敵な披露宴だった。

ご家族と、一部のご親族、そして友人だけの、小さな披露宴だった。

特に派手な演出もなく、落ち着いて、暖かかった。


みんなが心から祝福をして、みんな笑顔で、あ、新婦の父だけは最後にだいぶ泣いていた。でもそれも含めて、あたたかな披露宴だった。

新婦は、真っ白でタイトなシルエットのドレスと、ブルーの、透き通るようなブルーの派手ではないドレスに身を包んだ。

とても綺麗だった。とても。

新婦も笑顔だった。最後にお父さんに花束を渡すときに泣いただけだった。

すごく私は幸せな気分になった。

ああ、いいなあ。素敵だなあ、綺麗だなあ、と思った。

うらやましく思った。

でも、私は私で幸せだ。旦那がいて、すごーく可愛い娘がふたりもいる。すごく幸せだ。

私にもあーいう、華やかで綺麗な時があった。今は、、、

今でも綺麗な方だと思う。少なくとも、同世代の子持ちの一般女性の中では平均点以上だとは思う。そうである努力はしてる。


でも、、、

やっぱり、うらやましい。

まあ、その辺のことは2次会で子持ちの女同士で語ろう、と思った


でも、不景気だからなのかなんなのか、2次会はあっという間に終わった。

みんな、家庭があったりデートがあったりで、早々に解散になってしまった。

そういえば、地元から駆けつけたのは私だけで、あとはみな、東京や大阪などの友人だけだった。大阪の友人は新幹線に急いだし、都内の友人は地下鉄の駅へと消えていった。

私は一人取り残され(ほんとは2次会で男の人に3次会に誘われたけど断わった)、街角にたたずんでいた。

巨大な、怪獣みたいなこの街の片隅に、一人だった。

仕方なく、ホテルに帰った。

なにか美味しいものでも、ちょっと高いものでも食べて、熱いお風呂に入って早くに寝ちゃおうかな、、、と思った。


ホテルの部屋に入り、ベッドに倒れ込んだ。なにかもやもやしていた。

「なんだよー。せっかく宮崎から空飛んできたのにー。つまんないー!」

ひとりごとを叫んでみた。

2次会で飲まされたカクテルがちょっと私を酔わせてて、私はお酒飲める人っていいなーと思った。

こんな時、飲める人なら1人でふらふら街に出て、雰囲気の良いお店を探して入って飲んで、気に入らなかったら出て、また探して入って、そんなことを繰り返して日付が変わるのを待つんだろうなー。いいなー。と思った。


「男ならあれだね、風俗よ。絶対行くね、風俗。あたしも行きたいよ!」


叫んでみた。

とても虚しくなった。

「とりあえず着替えるか。お化粧落として。誰もあたしの事なんか見てくれないしねー」


テーブルの上の化粧ポーチを取ろうとして、ふと、目についた。


山本 みちひろ


「困ったことがあったら電話してください。」「明後日まで1人なんです」


柔らかくて、優しい声が聞こえた気がした。


どきり。


困ってる?

もやもやしてる。困ってると言えなくもない、かな?

いやいや。無理無理。


女が行ける風俗はどこですか?

変態だわ、、、


ちょっと暇なんですけど、、、

せめてなんか、ちゃんとした用事を。。


待ってよ。彼に電話してどーするつもりなの。

会いたいですって言うの? 来てくださいって言うの? 一緒にいてくださいって言うの?

無理よ。。。


そこまで考えて私は思った。

ああ、私は彼に会いたいと思っているんだ。今日だけ、今だけ、もう一度だけ、会いたいと思ってる。


なんでも電話してくださいと言った。

迷惑じゃない? 社交辞令よね。

でも、わざわざ名刺をくれた。なぜ?

名刺を渡すなんて、ビジネスマンなら日常茶飯事、車に乗ってシートベルトを締めるようなものよ。深い意味はない。


でも、明後日まで1人だと言った。わざわざ。

遊びたいだけじゃない。遊び人なのよ。そんな人に電話なんかしたら何されるかわかったものじゃない。大都会東京で、知らない人に会うなんて、危険すぎる。

飲み物に薬を入れられて眠らされて、手足を縛られて、、、、

ダメ、ダメよ、危険よ。。。


ううん、彼はそんなことしない。

なぜ? わからない。


わからないなら、確かめればいい。

電話に出ないかもしれない。

仕事中なんでと断られるかもしれない。

めんどくさそうな声で話すかもしれない。

それなら、それまで。きっとそうよ。

そうであることを、確かめよう。

私は今、暇なんだから。



私はホテルの電話から、非通知で彼のケータイ番号をダイヤルした。

出ませんように。願いながら。


トゥルルルル

プッ


とくん。。


「はい。山本です」


とくん。。


明るくて、柔らかい声が聞こえた。

私は、頭の中が真っ白になってしまった。

「あ、あの、、、」

なにか言わなくては。。えと。。。


「お待ちしてました。亜樹さん。」


受話器の向こうから優しい声がした。

なにか、あたたかくてやわらかいなにかに包まれた気がした。

あんしん? そんな感じのなにか。

なにを確かめようとしてたのか、なにを聞いてやろうと思ってたのか、なにもかも忘れた。


「、、、○○ホテルに、泊まってて、それで、あの、」


「30分後、ロビーまでお迎えに上がります。手ぶらで降りてきてください。」


とくん。。

「あの、、、」

とくん。。


「何か、お困りごとですか?」


「いえ、あの、、、」


「では、30分後、ロビーで。お話はそれからお聞きするということで」


「、、、はい。。。」


電話が切れた。

ドキドキ、ドキドキした。

お化粧をなおして、洋服をなおして、エレベーターに乗った。

電話が切れてから30分も経っていた。

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