第11話 アルの十字架

 

 アルは作戦会議室を出ると、一気に押し寄せた吐き気を我慢するので必死だった。

 ついて来させた苦笑い貴公子の優男に、空いている部屋に案内させる。目が回って今にも吐いてしまいそうになる。


 案内させた空き部屋も小さな会議室になっているようで、置いてある椅子に崩れるように座り込み、落ち着く。

 さすがの苦笑い貴公子も、アルの変化に戸惑っているようで落ち着かない様子だ。

 ちょうど扉の前を通りがかかった衛兵に、水を持ってくるように指示を出したようだ。

 指示を出された衛兵が、苦笑い貴公子に対して

 フォンス大隊長と呼んでいたのでこいつの名前なのだろう。


「気を使わせちまったな。しばらくしたら落ち着く」


「アル殿、本当に大丈夫ですか?もし酷くなるようでしたら救護室がありますので」


「ああ、本当に大丈夫だ。人を殺した瞬間を思い出して、気分が悪くなっただけだ」


 しばらくすると、水が届いたので一気にぐぃと飲み干し、いつの間にか大量にかいていた汗を拭う。




「失礼ですが、年齢を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 唐突に苦笑い貴公子が聞いてきた。


「18歳だけど、それがどうしたんだ?」


「そうでしたか、いえ私にもあなたと同い年の弟がいましてね。どうにも、弟を見ているようでして」


 苦笑い貴公子は見た目では30すぎに見えるが、年の離れた弟なのだろうか。弟のように見られているとは思わなかった。


「兄弟か……弟のように思えるなら、殿をつけるのはやめてくれ。殿をつけられるのも気持ち悪いしな」


「ハハハ、では是非そうさせてもらいますね。しかし、立場はあなたの方が今は上ですので、アルさんとお呼びします」


 今までの苦笑いではなく、本当の弟に向けるような笑顔で笑いかけてきた。

 さん付けもやめていただきたいものだが、そんな笑顔を向けられると訂正するかもなくなってくる。


「まぁいいや、随分歳が離れているんだなその弟」


「ええ、後妻の子供ですので。私の母は早くに亡くなりました。だから、歳が離れてるんです。でもかなり仲は良いですよ?」


 弟を思い出しているのか、笑顔がさらに柔らかくなっている。

 しかし、急に真面目な顔になると。


「あなたは人を殺したのは初めてでしたか?」



 不意打ちで聞かれたので何を聞かれたのか一瞬判断できなかった。


「……いや、初めてじゃないさ。だが、人を殺す事に慣れた事はない。相手がどれだけ悪人であろうと、人の命の十字架は背負っているつもりだ」


「私はね、アルさん。弟と同じ年齢のあなたが人を殺す可能性のある仕事をしているのを、受け止めたくはないのです。こんな仕事をしなければならない理由などあるのでしょうか?」


「俺がやっているのは"人を殺す"仕事じゃない、"人を生かす"為の仕事だ。人を救えるのなら人を殺す。ただそれだけの事なんだ」


「だからこそですよ! なぜ、あなたがやらねばならない!! 人を殺さずとも人を救える仕事はいくらでもある、何故わざわざ……」


 悲痛な表情を浮かべ、声を荒げるフォンス大隊長。




「俺は、4歳のとき誘拐された。親はその時殺されたし、その後盗賊どもに奴隷として飼われた。暴力なんて日常茶飯事だったし、飯もろくに食べれなかった」


 チラッとフォンス大隊長を見ると、悲しげなような、苦しげなような表情だった。


「三ヶ月間盗賊どもに媚び売って、死なないように、生きるためだけにそいつらに従った。ある時偶然冒険者がアジトに来て、盗賊団を壊滅させたんだ。そして、俺は解放された」



「ほう、その冒険者に救われたという事ですね?」


「いや違う、救われてなんかいない。確かに、その時は暴力から解放され、この世の天国かと思っていたさ。でも、気づいちまったんだ。俺はこれからどうやって生きていけば良いんだろうって」


「いや、それはだって……」


「だって、なんだ?親もいない。身寄りもわからない、見ず知らずの冒険者に拾われただけだ。すぐどこかに預けられる。しかしな、その冒険者どもはそんな事はしなかった。俺が救われた安堵で寝てた時だ。ふと、目を覚ました時に聞いてしまった。面倒だし殺すか、奴隷商に売りとばそう、てな。」


 さすがにびっくりしたのか、倒れるように椅子に倒れかかるフォンス大隊長。



「そんなもんなんだよ。面倒なんて見切れない。むしろ、道中の危険を考えれば冒険者としては正しい判断だ。だから、殺した」



「はっ?! 今なんて言いました?」


「俺が、人を初めて殺したのは4歳の時だ。そいつらが寝ている間に全員の喉を斬った。盗賊どもの世話係をしてた時に、殺し方の心得と武器の扱いを盗んでたからな。いつか、盗賊どもを皆殺しにする為に」



 驚愕に染まる大隊長の顔をみて、冷静に話してる自分の異常さを認識してしまった。

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