第10話 アルの決意とロッカの歴史

 

「ひとつ、尋ねたいことがある。"龍殿"」


 声をかけて来たのは、仏頂面の大隊長だった。


 東門でブルック商会を追い払っていた男。

 先ほどの会議中も仏頂面で表情を変えずただただ黙っていた男。

 そして、東門にてギルバートがくれた魔道具が反応した男。



「俺は、ただのアルだ。旅人のアル」


 ただ言い聞かせるかのようにジッと目を見て告げる。



「わかった。アル殿。あなたは先ほど、怒りで犯人を殺したと言ったな。そもそもあなたは、組織を見つけ出したらどうするつもりなのです?また怒りに任せて壊滅させてしまうのではないですか?その強大な力で」



「大丈夫だ、もう大丈夫になった。そこは信じてくれ、見つけ出したら速やかに騎士団に報告し、そちらに引き渡す」



 その強い決意の目に、周りのものは気圧された。

 アル自身も本心からの言葉だった。

 その証拠に、イヤリングは鳴らなかったのだから。



「承知した。そうなる様、私も願っているよ」


「さっきは一人でやるとは言ったが、あんたらにもやって欲しい事があるんだが大丈夫か?」


「当然だ、現在あなたは師団長の権限を有している。事件終了までその権限は続く。それまで我らロッカ騎士団は、あなたの元で働こう。何をすればいい?」



「簡単な事だ、俺の質問に答えてもらうだけさ。

 半年前から今まで、この騎士団で新たに大隊長以上に昇格、もしくは赴任してきた奴はいるか?」



「それなら、私だけだが。それがどうした?」



 そいつは、仏頂面の横に立っていた苦笑いの優男だった。


「わかった、お前は俺について来てくれ。他は、通常任務に戻ってくれ。もちろん、誘拐犯達には目を光らせておいてくれ」


 全員が直立不動になり、はっ!と了承の意を示した。










 一方その頃、ショーン・タルオドスは困惑していた。



 何故か、女性に囲まれ身動きが取れなくなっていたのだ。

 皆キャーキャーいいながら、自分の身体をペタペタ触ったり、腕を引き寄せられるが逆側からもやられている為引っ張られて正直痛い。




 何故こうなったのかと言うと、ティナと共に中央の時計塔、もとい教会に足を踏み入れ、無事送り届けた後、話が終わるまで公園で待機しようとしていたのだ。

 が、教会に訪れた途端、おそらく信者なのか教会内にいた女性陣がショーンを見かけるや否や、まさに蜜に誘われるアリの如く群がって来たのだ。




 ショーンとしては、嬉しいという感情よりもどうしてこうなった!という感情が先行してしまい、所々に当たる、もしくは当てられている柔らかい感触に戸惑ってしまっている。



「アハハ、ショーンさんモテモテですねー。あ!皆さんあんまり引っ張ると千切れちゃうんでほどほどに!」


 少し離れた所からティナが注意喚起している。それならば、助けてもらえる方が良いのだが、この女性陣の気迫にやられてしまっているのだろう。



「ねぇ、お名前を教えてくださる?」

「ご趣味は?」「好きな食べ物はなんですか?」

「どこに住んでらっしゃるの?」

「今夜遊びに行っても良い?」「触らせてー!」


 

 一度に色んな質問をかけられどんどん混乱していくショーン。

 そんな中、パァン!と一度、よく響く拍手が聞こえた。

 それにより、少しだけ周りも落ち着き、次に聞こえた声によって冷静さを取り戻した。



「さぁさぁ皆さん、彼が困ってしまっています。離してあげてくださいな。少し彼に私からお話があります!またこちらに出向いてくださるようお願いしておきますので、解散してくださいな」



  それは男性の声。

 声の主は、初老というのがよく当てはまるだろう牧師の格好をした眼鏡をかけた男性だった。

 その声につられ、女性達は手を離し、それでもキャーキャー仲間内でいいながら出口へと去って行った。



「どうも、ありがとうございますー。助かりました」


 お礼をいい頭を下げる。


「いえいえ、ごめんなさい。信者の女性達は色恋に目がなくて、カッコイイ男性を見るとああなってしまうのです。お恥ずかしい所をお見せしました」


「司祭様!ごめんなさい!ただいま帰りました!」


 急に横から割り込む形でティナが目の前の男性に頭を下げた。


(司祭様?ああ、この方が…)

 ショーンは妙に納得してしまった。

 彼の物腰は柔らかく、初老に見えるが背筋はピンッと立っていて、そこらへんの若者よりしっかりとした出で立ちだ。



「お帰りなさい、ティナ様。シスター達が心配していましたよ。昨日は大変な騒ぎだったんですから」


「ホントにごめんなさい!」


「私は気にしていません、こうして帰って来ていただいたのですから。謝るなら、昨日ずっとあなたを探し回っていたシスター達にしてあげてください」


 どうやら、正午の鐘を鳴らした後すぐに失踪したので、教会は大騒ぎになったとの事だった。


「ここでは落ち着いて話せませんね。応接室で話をしましょう。あなたもどうぞご一緒に」



 ショーンに、付いてくるようにという視線を向けた司祭。ここは素直に甘えさせてもらおう。後ろの方で女性達が遠くからこちらを観察していた。




 応接室に着くなりダダダッと足音がし、話を聞きつけたシスター達によってティナは連れ去られてしまった。その際も、ティナは謝り倒していた。



「騒がしいですねぇ、もう少し皆には平常心を培って頂きたいものです。冷静さは時に熱情よりも武器になりますから」


 今は応接室、というより司祭の執務室のような感じだが、そこで司祭お手製の紅茶とお菓子でもてなしを受けていた。


「わざわざすみませんねー。気を遣わせてしまいまして」

「お気になさらないで頂きたい。あなたはティナ様をここまで連れてきて頂いたのでしょう?これは感謝の気持ちです」


「ええ、まぁ…」


 誘拐されそうになったのを助けたが、結局昨日一日連れてこなかった負い目もあり、茶を濁す。



「例えそれが、魔族のあなたであってもね?」


 神父の目が、先ほどまでの柔らかい視線ではなくなる。


「やはり、気づいておられましたか。魔族はそもそも、この街にいる事すら嫌われるような存在ですからね」


 そう言い立ち上がろうとするショーンを手を挙げて制止する。


「構いません。我ら教会は魔族や獣人との共存こそ否定していますが、存在自体を拒絶してはいません」


 それに、と付け加える司祭。


「あなたはこの街のシンボルである精霊様を救ってくださった人物です。追い返せるはずなどございません。あと、この教会はすこし特殊ですしね」


「といいますと?」

「まず精霊様が宿っている事を公表していません。公表すれば、余計に精霊様を危険な目に合わせてしまいます。成り立ちも少々特殊でして、王都の正教会からはむしろ距離を取っています」



 そう言うと立ち上がり、書棚から一冊の本を取り出す。


「すこしお話に付き合って頂けますか?この街の成り立ちの物語を。時計の精霊、ティナ様に関係ある話ですので」


「はい、ぜひ聞かせてください」



 そうすると、司祭は本をこちらに手渡し、自分は本を見る事なく口を紡いでいく。

 何千回も話した内容なのだろう。





 この物語は、ある二人の男女の愛の物語なのです。



 ある所に一人の若者がいました。

 彼は商人の息子で、人脈を作るために軍に入れられていました。彼は間も無く戦争に行くことになっていました。


 しかし、彼には婚約を約束した女性がいました。

 彼女は領主の娘で、商人の若者との結婚に反対されていましたが、彼女は心底彼のことが好きで、よく草原に出かけては二人で夜になるまで語り合っていました。



 ある日青年は、戦争にいくと女性に告げました。

 女性は、あなたが帰るまでずっと待っている

 そう、彼に答えたそうです。


 数日後戦争に赴いた少年は、初陣で呆気なく死にます。

 彼女と別れたひと月後の事でした。




 彼女は、よく二人で来ていて、待ち合わせ場所だった草原に毎日赴き、彼を待ちます。



 雨の日も日差しが強い日も雪の日も。


 いつも待ち合わせをしていた正午に合わせて。



 そんな生活を3年続けていた彼女は、とうとう身体を壊してしまいます。

 しかし、彼女が草原に出かける事を止めることはありませんでした。


 彼女の家族は彼女を説得しました。

 家族は知っていたのです、彼が死んでいることを。

 彼の両親から伝えられていて。



 彼女がどうしても止めないというので、領主である父親はついに折れました。

 彼は、青年の親である両親に相談しました。

 彼女の為にその草原に小さな村を作ることを提案され、草原に村を作る事にしました。



 幸いお金と土地は十分にありました。



 戦争に赴いた彼の安全を祈る教会も作り、娘がせめて身体を壊さずに彼を待ち続ける事が出来るようにしたのです。

 決して帰ってこない彼のために。


  彼女はついには、彼に会えず

 悲しみのまま生涯を終えたといいます。




 この村は町へ、町から街へ、街から都市へ、だんだんと発展していきました。

 その度に教会は建て直され、ついにはとても高い時計塔と、正午に鳴らされる大きな鐘が設置されました。



 それが、この街。ロッカなのです。



 そしてこの教会は、彼女のその一途な愛と

 未だに帰ってこない彼の為に、毎日正午に鐘を鳴らすのです。


 二人が出会えるその日まで。


 《探し人の鐘》_____それが鐘の名前。

 のちの、住民達が寄付をして作ったものなのです。






「なんとも悲しいお話ですねー…もしかしてこの街が商人の街に発展したのは、彼の父親の影響でしょうか?」


「本当の所はわかりません。ただ、商人達にとってここまで大きな街になる前から聖地として見られていたようです」



 話を聞いているうちに、冷めてしまった紅茶を飲み干す。


「この話には続きがあります。それはティナ様が宿った事です。ずっと以前に存在していた《探し人の鐘》に合わせて、数十年前にこの大きな時計塔に建て替えられ時に、ティナ様は宿ったと聞いています。当時は、探し人である彼女なのでは?と教会がざわつきましたが、話を聞く限り身長は高い女性だったそうなので結局は違うのではないかというのが定説です」



「あんなに小さいのに結構歳なんだなー」



「ははは、それを言ったらティナ様に怒られてしまいますよ」


 その後、淹れ直してくれた紅茶を飲み、ティナが帰ってくるまで待たせてもらうことにした。

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