第9話 幸せと任務
あんな最悪の夢を見たというのに、そこまで目覚めは悪く無かった。
何故だろうか、それ以上に生きている喜びを噛み締めているからかもしれない。
屋根の上で寝ていたアルは、登った時と同じように身軽な身のこなしで二階建ての高さから地面へスタッっと飛び降りる。
玄関から普通に中へ入ると、ショーンが用意しているであろう朝食の匂いがしてきた。
「おはよーす!朝飯まだー?」
元気よく挨拶してみた。夢の中で嫌な思いをしたのだ、無理にでも明るく振る舞えばそのマイナスは無理にでもプラスになる。
「おはよーアルくーん。もうすぐ出来るよー」
キッチンに立つその後ろ姿は新妻の如くルンルンしていた。非常に気持ち悪い。
中に入り、窓際のソファを独占する。
「おはよう…ございますぅー、眠いよー」
目をゴシゴシしながらリビングへ入ってきたティナは朝は弱いのかもしれない、もしくは普段は夜9時ごろには寝るらしいから昨日はかなり夜更かしした方なのだろう。最後の方は相当眠そうにしていたし、あのハイテンションでなんとか起きていたようなもんなのだろう。
「あ、アルさんも…起きてた、ん…ですね」
俺の顔を見るなり驚いた顔をしているティナ。その後ろで料理を運んできたショーンも目を見開いている。
「アルくん、どうしたんですか?大丈夫ですか?」
「なにが?快眠だったけど?」
顔に何か付いているのかと思い、手で顔を触る。
濡れていた。目元から大量の涙を流していた。
「なんでだろな、明るくしてたつもりなんだけどな」
声も別に上ずっている訳ではない。ただただ涙を流していた。昨日のアルの弱々しい姿を二人共見ていた為、また何かあったのかと心配だったのだ。
なんと言い訳をしたらいいのか分からなかったが、昨日の事も含めて説明する事にした。さっき見た夢の事も。
その日の朝は、アルの見た夢の話から始まった。聞いていた二人は、ずっと難しそうな顔をしていた。昨日のアルの誘拐に対する変貌ぶりの原因を理解したからだった。
むしろ、今までの明るいアルは何なのか理解できなかった。昨日の弱々しいアルが本来の姿なのかも知れないと思い始めていたくらいだ。
それは直後、アルによって否定された。
「今はもちろん幸せだぜ?そういう過去があってトラウマみたいなのを抱えてるってだけだ。誰にだってあるだろ、トラウマ」
そう言うアルの表情は穏やかだった。ショーンの作った野菜のスープや、今朝焼いたというお手製パンを美味しそうに食べている。
「それにさ、俺はラッキーだと思うんだよな。今は昨日出会ったばかりの奴らと朝食食ってるんだぜ。今までからしたら考えられない事だ!俺って最高にハッピーなんだよ!!」
「ふふふっ、そうですね。私も家出してきて良かったと思ってます。それにアルさんから大切なもの貰いました」
「そだね!僕も今まで一人でいることが当たり前だと思ってたよ。願っても手に入らなかった光景が今目の前にある。僕の手料理を食べてもらって!みんなで食べるのがこんなに美味しいとは思わなかったさ!」
彼らが一緒にいた時間は関係ない。いや、むしろ短いからこそなのかも知れない。
それぞれが願っていた光景。悩みが解決した訳ではない。三人共が、未だに燻る孤独から抜け出せた訳ではない。
ただ、三人共が"今を生きている"事を実感していた。
重い話をしていたのに、三人の表情は明るい。
話も落ち着き、午後からどうするか話し合う事になった。
「あ!そうだ!昼飯は俺が行きたいところあるから、三人で行かねぇか!?」
行きたいところとは、ギルバートからの依頼でもある奥さんと娘さんの様子を見に行く事だ。
昼ご飯には『風草の薫り』は丁度いいだろうと考えたのだ。
「あ、正午の後ならご一緒したいです!一旦教会に戻ってきちんと話をしてきます。それに正午の鐘を鳴らすのは私の役割ですので」
心配をかけたシスターや司祭にしっかり謝罪しておかねばと考えていたのだ。大事な話を含めて。
「では、私はティナさんを送り届けてきましょう。流石に教会の中へは入れませんが、紳士として女性のエスコートは基本ですからねー」
「んじゃ、それで決まり!午後までは自由行動!正午を過ぎたあたりに時計塔の公園南口で集合ってことで!」
アルの号令により、三人共がにこやかな一日を迎えられそうであった。
アルはショーンの家から一人で出発し、午前中に用事を済ませるべくある場所へ向かっていた。
それは、街の西側。街の中枢機能が集まっている地区。その中でも一際目立つ、ヒッポグリフをモチーフにしたレリーフが掲げられた建物である。
アルはその建物に入ろうと、入り口へと続く階段を登る。だが、無駄に四人も配置されている銀色の鎧を着た門番に止められる。
「立ち止まり給え、貴様何者だ!服装では旅人のようだが?貴様のような者が立ち入る場所では無い!もし要件が有るのならばいい給え!」
若い門番が偉そうに踏ん反り返り、アルの目の前に立ちはだかる。
「ここの責任者に呼ばれて来たんだよ。お呼びでないなら俺は帰ってもいいんだけどさ」
「はぁ?何言ってんだお前?そんな嘘が通用すると思っているのかァ!」
暑苦しい距離で、それも大きな声だ。アルの苦手なタイプではあるが、対応しないわけにもいかないな。仕事に従順であるというのも困りものだ。
「ん、これ証明書、な?分かったらどいてくれるかな?早くしないとウザい門番に絡まれたって報告しとくけど?」
アルがカバンから取り出したのは、ヒッポグリフの紋章が描かれた紙だった。ロッカ騎士団発行の権限委任状である。
その委任状を纏める紐の色で委任された権限が分かるのだが、それは基本的に階級色と対応している。その紐の色は、汚れひとつ付いていない真っ白な紐だった。
つまり、藍色の大隊長より上の、師団長クラスの委任状である事を示していた。
「はっ!これは大変失礼な事を致しました!どんな罰をも受け入れる覚悟が御座います!!」
一瞬で顔色を変え、綺麗に直立不動の敬礼姿勢をとる門番たち。足がガクガク震えが止まらなくなっている者もいる。
「気にすんな!分かってくれればそれでいいんだよ!見張り番ご苦労!精進し給え!」
先ほどの門番の口調を真似てからかってやる。
もう用はないと建物内に入るアルだが、どこに行けばいいのか分からなかった。引き返して、先ほどの若い門番を指名して案内させることにした。
その若い門番が震え上がっていたのは言うまでもない。
無事目的の部屋の前までたどり着いたところで、待ち構えていたように部屋の扉が開き、中へと招かれる。部屋のプレートには、『作戦会議室』と書かれていた。
「ひっさしぶり〜!アルきゅん!ご苦労ご苦労!待ってたよ〜!」
中に入るとすぐに声をかけられた。その人物は黒髪の長い髪をしており、二十代後半の美人なお姉さんだった。
だが、侮ることなかれ。この人物こそ、ロッカ騎士団のみならず、王都やそのほかの騎士団五つをまとめ上げている最強の騎士にして、たった一人しか選ばれない黒衣を着る事を許された人物。
エウシュタットの黒騎士姫、シリカ・サートルツェン
その人なのだから。
「その呼び方はやめてくれと言ったはずだ、シリカ。それにそこの大隊長や師団長様も顔が引きつってるぞ」
全くの部外者であるアルに委任状を渡したのも、このシリカだ。
部屋の中にはシリカの他に、白いマントをしている師団長と藍色のマントをしている大隊長8名がいた。
「ええやんか〜、そんな事よりそろそろ騎士団に入らないの〜?人材不足でさ〜、師団長のポストならすぐ用意するからさ〜」
師団長のポストとはつまり、国の五つある騎士団のうち一つを任せると同義である。
後ろのロッカ騎士団をまとめている師団長の顔がさらに引きつってるが、見て見ぬ振りをしよう。
「入らんし、いらん。それより早く話を聞かせろ」
この後予定があるのだ、さっさと終わらしてもらわなければ困る。
「アルきゅんつれないな〜、まぁしゃーなしや、ほな本題に入ろっか!あれ持って来て!」
この作戦室の真ん中に配置されている大きな机の上に、ロッカの街の地図が広げられる。
先ほどまでの顔からキリッと表情を締め、黒騎士としてのシリカに変わる。
「まず、最初に事件が確認されたのは半年前。ここの南門付近の店に勤めていた人族の成人女性。彼女が誘拐された。次に、中央公園の西側、ここで獣人族の少女。東門北側で8歳の少年と6歳の少女の兄妹。あとはもう時系列が追えないほど頻繁に、広範囲に渡って誘拐事件や未遂事件が起こってる。現在確認できているだけで、街全体で200人以上の人々が誘拐されている。これにより、犯行は複数による計画的な組織犯罪だと見ている。ここまではいいかい?アルきゅん」
首を縦に振り、肯定を示す。
「事態に気づいた衛兵から騎士団へ報告が上げられたのが四ヶ月前。この時すでに50人は誘拐をされていたそうだ。普段の任務ではないが騎士団も被害者や犯人の行方を追った。しかしだ、何故か尻尾がつかめない。だから、我々は見方を変えた。これは都市への攻撃だと。街からでた様子もないし、門の警備を強化しても外部からの進入や、内部からの不審な出入りの痕跡はなかった」
一つ疑問に思ったので、挙手し発言を求める。
「街から出た様子もないのは何故だ?人ひとり移動させるだけでも、かなりの労力を使う。追跡出来なかった原因はなんだ」
「拠点が街中にあるとは考えにくいが、実際はあるのだろう。それにおそらく相手は、隠蔽や秘匿を得意とする魔族がいるか、隠蔽魔法を使用している。衛兵も騎士団も、そういう魔法を見破る訓練を全員がしているわけではない。だが、犯罪の取り締まりや哨戒任務などで気配には敏感なはずだ。ここまで手掛かりが見つからないのは異常なのだ。だからこうして外部の協力者を引き入れたというわけさ」
答えたのは、ロッカ騎士団の師団長だった。
「隠蔽が得意な魔族は、狩りを得意とする
「なるほど、魔道具なら魔術を習得していない人族でも扱えないこともないし、魔法の熟練度などに関係なく認識を阻害できるのか。では、対策や調査はどうすればいい?」
「どちらも、俺がやる。目星はついている。それに俺は昨日犯人の一味を目撃した」
なっ!と全員が驚愕の表情を浮かべている。
半年探し続けた犯人グループを見たというのだから驚いて当然だ。
「だが、二人いた犯人を俺の不手際で殺してしまった。すまない。確たる証拠は掴めていない」
悔しそうに歯ぎしりするアル。
周りには証拠を掴めなかった悔しさに見えるが、アルは人を殺した事を悔やんでいた。
「もしかして!昨日の東通りの騒ぎか!あれは君が?」
発言した人物を見ると、昨日東門で商会の人と揉めていた大隊長の一人、苦笑いを浮かべていた優男だ。隣には仏頂面のあの男もいる。
「ああ、偶然誘拐現場に居合わせたんだが、思わずカッとなって怒りに任せて殺した。被害者は保護したから問題ない」
シリカははぁ〜と大きな溜息をついている。
「問題大アリやで、アルきゅん。本来なら一応殺人事件なんやけどなぁ…まぁえっか。私もその場にいたら殺したやろし」
まぁいっかで済ますトップ。頭を悩ませ、苦労を押し付けられる師団長にすこし同情した。
「犯人は明らかに盗賊だった。あんなに分かりやすかったのになんで見つけられなかったのか、逆に不思議だけどな」
とりあえず毒づいておく。人材不足は本当の事なのかもな。
「みんな安心してや!アルきゅんが来たからには明日には解決してる!私たちは今からパーティの準備や!急ぐで!」
師団長を引っ張っていき、扉の前で俺にウインクをして出て行った。
「大丈夫か?この国。あいつに任してて…」
残された大隊長以下騎士団員達は、諦めた顔をしていた。
(トップがあれなら、本当に人材不足だな、うん)
室内の溜息は、黒騎士姫には届きそうにもない。
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