第7話 アルとティナと砂時計
夜市へと出掛けた三人は、東通りを西へと歩く。
「そういえば、アルはどうしてあんな魔法が扱えるんだい? あれはどう見ても魔導にみえたんだけどー」
真ん中を歩くショーンが、右側にいるアルに聞く。
「ああ、あれはホンモノの魔導だよ。俺は人族だけど、ある時変わり者の竜種に出会ってな。力を分けて貰ったというのかな? 風竜だったそいつの核を俺の身体に埋め込みやがったんだよ」
「そんなことあり得るのかい? 竜種の核って人族でいう心臓だよー? その竜はどうなったんだい?」
「もちろん死んださ、俺の代わりにな」
命を助けて貰ったのだろうと受け取ったが、アルの顔にはいくらの感慨の表情も見えない。
「そういう訳で人族でありながら風の魔導だけは扱えるって事だ。ちなみに、あの時の魔法は《風牙牢》っていう魔法な。結界を張ってその内側に風魔法を叩き込んで攻撃するって寸法だ」
「君は本当に無茶苦茶な人間だなー。竜の力が使えるなんて聞いた事ないぞ。それに僕の結界魔導じゃなかったら受け止められてすらいないじゃないか…あれでも結構受け止めるのギリギリだったんだよー」
何でもないようにショーンも答えているが、竜の力を耐えた時点でショーンも半端な実力者ではない事が分かる。
「あの黒い膜みたいなやつか、あれカッコいいな」
そんな事ないよー、とショーンは照れながら答えている。そんな中、ショーンの左側を歩いていたティナがふくれっ面をしてプンプン言いながら二人について来ていた。
男同士の抱擁を見せられ、なぜ急に分かりあったのか訳も分からない内に外に出たのだ。怒りが収まる訳もないだろう。結局、お礼も言えてない。
ショーンに聞くと、それは同志だからさ! と余計に訳のわからない事を言われ、今現在も怒りは継続中である。
そんな一行は夜市へと到着した。
夜市は、街の中心部にある時計塔の周りを囲う広い公園の、さらに外側に並ぶ露店通りを指している。
夜の間しかやっておらず、昼間は各自の店を構えている。
「わーわー! すごいすごい! いっぱい露店があるよ!!! 来て見たかったんだぁ!」
ティナは先ほどまでの不機嫌から一転、見た目通りの子供通りの反応を見せている。家出した経緯は来る道中にアルも聞かされたが、時計塔から毎日周囲を囲む夜市の様子を見て行きたくても行けなかったのだろう。
はしゃぎ過ぎてクルクル回っていたティナに、痩せた男で顎のあたりに傷が入っている、顔のイカつい男にぶつかる。その男は無視するように立ち去って行った。
「こらこら、ティナちゃん。危ないので少しは落ち着いてくださいー」
再び二人の横にぴったりと付くように歩くが、目線はまだまだキョロキョロしている。そんなティナを見かねたのかアルが
「おいチビ、なんか買ってやるからとりあえず歩くのに集中しろ」
「アルくんはティナちゃんが心配なんですねー?」
からかう変態紳士はとりあえず殴っておく。拳の先に風の魔法をプラスして。
思った以上に上空まで吹き飛び、公園の方まで飛んで、見えなくなる。ほっとこう。
「え! ホントホント!? アルさんなんか買ってくれるの!?」
「ちゃんと買ってやるから、とりあえず離れろ」
アルの腕を取り、しがみつくように引っ張るティナ。二人の様子を見れば、身長が低いティナがやっているせいか兄妹に見えるかもしれない。
「おい、そこの兄ちゃん! 良いモン付けてやがるな! ウチの店の魔道具には興味ないか!?」
突然、横から大声で声を掛けられた。
振り向くと、割腹のいいハチマキを巻いた、顔がトラの獣人族のおっさんがいた。露店商のようだが、並べられているのは他の露店よりもかなり数が少ない品々だ。
商売をするにはすこし物足りない印象を受ける。
「ほー、魔道具屋か。ちょうどいいや。何売ってんだ、おっさん」
アルには、その露店商の前に並べられた五つの商品が全て魔道具であると見抜けていた。
「そうだなぁ、オススメはコレだな!見た目はただのナイフだが、一定の速度以上で振ると風刃が発生する業物だ!魔力を込めながら扱う代物だから人族のお前さんには扱えないだろうがな、がっはっはっは!」
トラのおっさんの一番右手側にある刃渡り20センチほどのナイフを指差し、豪快に笑う。
「風の刃はもう出せるし、いらないな。おっさん、この丸い金属の球体はなんだ?」
ナイフの横にある直径5センチの球体を指差す。
「おう!それは護りの
「おいおい、めちゃくちゃすごい品じゃねーか!魔素消費量はどんなもんだ?」
「そうだなぁ、1時間効果を発揮するのに一年間毎日卒倒するほど魔素を注ぎ込んでやっとだな!がっはっはっはっは!」
「おい、めちゃくちゃ欠陥品じゃねーか!がっはっはっはっは」
トラのおっさんの笑い方がうつったアルが、トラのおっさんと二人で爆笑する。
そんな横である一品を凝視するティナの姿があった。その様子にトラのおっさんが反応する。
「嬢ちゃ! それが気に入ったのか!? それは計る時間を変えられる砂時計だ。中に入ってる砂は魔素を蓄えることが出来る特殊な砂でな、魔素を込めれば込めるほど重くなるが粒が大きくなる。つまり、それで計る時間を調整するってこった! がっはっはっはっは!」
綺麗な緑色をした砂が中に入っている砂時計。
「チビそれ欲しいのか? 買ってやるぞ」
「え?! 本当に、いいの? 魔道具って高いでしょ? それに…」
「気にすんな、金ならある。おいトラのおっさんこれ買うわ!」
まいどありー! と、また豪快に笑うトラのおっさんは、残りの二つもきっちりアルに宣伝して、アルは一つを自分用に買った。
(それに、時計の妖精にとって時計とはとても大切なもの。それを人から貰うということは、それはすなわち……)
その先を考えて赤くなるティナ。
「いいよね、アルさんが買ってくれるって言うんだから……」
そう、呟く。
アルに聞こえていないか気になったティナはアルの方をみる。
アルがトラのおっさんに木札のようなものを2枚手渡していた。あれがお金なのかな? シスターが持ってたものと違うようだが…
買い物を済ませ、いつまにか後ろに立っていた変態紳士をもう一発殴ったアルと共に夜市を歩いていく。
「ごめんね、アルさん。高かったんでしょ?」
そう言うティナの手には、先ほどの砂時計を大事そうに持っている。
「さっきも言ったろ、気にすんな。それに通商手形一枚分だしな。魔道具にしては安いもんだ」
「つーしょーてがた? さっきの木札みたいなやつですか?」
アルの言葉を繰り返し、小首を傾げる。
「そうそう、アレ。二個買ったからキリよくオマケしてもらったけどな」
「アルくんはお金持ちですねー、通商手形はそう簡単にポンポン渡せるものではないんですがねー」
やはりいつのまにか、後ろからついて来ていたショーンが二回殴られた顎をさすっていた。
「そんなに高いんですか?なんだか悪い気がして来ました」
「そうですねー、この国の通貨・エウシュタット硬貨を千枚集めた価値の銀貨をさらに、百枚集めた価値の金貨を、十枚くらい集めた価値が、通商手形一枚分ですかねー?」
ティナの頭の上には??? しか浮かんでいないが、かなり高い事は間違いなさそうだ。
時計の精霊なのに数字に弱いのはティナ特有だ。
エウシュタット硬貨十枚で毎日食べるような果物一つ買えるくらいの貨幣価値がある。
つまり、果物を十万個買える値段が通商手形一枚分で一般人が手にする事はほぼ無いし、使う時など家を買う時くらいのようなものだ。
「魔道具は今買った二個と、ついこの前貰ったやつ合わせたら全部で九つあるし、いい買い物したって思えば、そこまで大した金額じゃないさ」
金に苦労したら売ればいいしな! がっはっはっはっは! と、とんでも無い事を言い出し、笑い方はまだ抜けていない。
今だに両手で数を数えているティナにはそれどころでは無いし、すれ違い様に綺麗なお姉さんを流し目で見ていたショーンもそれどころでは無かったのだが。
その後、夜になり活発になったショーンに連れられ、屋台で食事を取った後、明日の用意などの買い物に連れ回され、日が変わる時間にようやくショーンの自宅に戻る。
ショーンのメインベッドはティナが、リビングのソファにショーンが、自分はいらないと屋根にあがり空を見ながら寝るアルと、それぞれの大変な一日がようやく終わりを迎えたのだった。
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