第6話 誘拐事件の夜

 

「さてと、まずはティータイムだ。ティナちゃんも少ししたらリビングに来てくれ。お茶とお菓子を用意しておくよー。きっと彼もしばらくは起きそうにないからねー」


 もたれ掛かっていた扉を開け、お茶へと誘う。

 後ろ手に閉めようとした時、分かりました! と返事が聞こえた。




 この隠れ家は、先ほど誘拐事件があった東通りより南側にある入り組んだ路地裏にひっそりと立つ二階建ての物件だ。

 入り組みすぎて誰にも買い手がなく格安で売りに出されていたのをショーンが見つけ、3年前から住みはじめた。


 ショーンは魔族であるため、面倒な時などは家々を飛び越えて屋根を移動するので入り組んだ路地も関係ない。



 この街は商人の町だけあって色々な種族が住んでいる。しかし、ショーンほどの珍しい種族だと、奴隷商人や、人攫いのプロの盗賊などに狙われてしまう。

 そういう意味でもこの家は隠れ家として便利なのだ。


 二階にあるベッドルームから降りて来て、木製のテーブルと革布のソファのみがあるシンプルなリビングへと来ていた。

 ここに客を呼ぶのは久し振りだ。

 リビングの横にあるキッチンへと向かう。


 キッチンダイニング兼リビングという間取りのおかげで狭くは感じないが、実際はこの家はかなり狭い部類に入るので一軒家とはいえ一人暮らしにはちょうど良かった。



「ティーカップは3つか、ギリギリ足りるかな。この分だと夕飯も一緒に食べることになりそうだなー。3人分用意するには少し足りないし買い物に行くかな」


 紅茶の用意をしつつ、夕飯の事も考えておく。

 そろそろ用意も終わるというところでティナが二階から降りて来た。



「ショーンさん、どこへ座ればいいですか?」


 入り口でキョロキョロしているティナへ、窓際のソファへと答える。



 紅茶セットをソファの方に持っていき、木製のリビングテーブルへと並べていく。



「ありがとうございます! わざわざ用意してもらって」


「いえいえー、冷めないうちにどうぞー」


 そう促すと、ティナは紅茶を飲み、とっても美味しいです! と言ってくれた。



「ところでティナちゃんに聞きたいんだけどー、精霊なのは疑ってもしょうがないからそこは良いとして、なんであんな所にいたのか聞いても良いかな?」


 そう聞くと、すこしバツが悪そうな顔をして秘密ですよ?と前置きしてきた。



「実は私、家出してきたんです。時計塔から」



 ぷっと吹き出しそうになるが、なんとか堪えた。



「ゴボッ、ティナちゃんに確認したいんだが、そもそも家出とか出来るものなのかい? 聞く所によると自分の意思で精霊は宿ることは出来るが、自分から簡単には宿ったものから離れることは出来ないと思っていたのだけどねー」


「あ、それは簡単です。私の場合は、時計塔が依り代ですが、ロッカの街中なら自由に歩き回れます。ロッカの町の名前は元々あの時計塔由来なので、もしかしたら街の守護精霊のようになっているのかもしれませんね」



「へー、そういうもんなのか。じゃあ、しょっちゅう家出してるのかい?」


「いえ、今日が初めてです…。時計塔はそもそも教会なのは知っていますよね? あの教会のシスターとたまに一緒に出掛けたりするので、街中を歩き回れることは知っていましたが、一人で出てきたのは初めてです」



「なにか理由でもあるのかい?」



「私は、街の中だけじゃなく街の外を見て回りたいという夢があります。教会の人達は優しくしてくれます。でもそれは私が精霊だから。街の外に出たい、でもやはり他の精霊と同じように宿ったものからは離れられません。私はこの街から出ることができないんです…」



 外に出たいという夢が叶えられることはない。

 なぜなら、彼女はすでに時計塔に宿ってしまっているから。

 この街は年中色々な人と物が集まるので、飽きるという事も無いだろう。



 しかし、彼女は出ていきたいと思っている。



 それは誰にも止められない、自分でさえも。



 そんな鬱憤を晴らすかのように家出してきた。そういう事なのだと理解した。



「でも、街中でさえも危険な目にあって、もし仮に外に出れることになっても私には生きていく事は難しいのだと思い知らされました」


 彼女の表情は暗い、実感してしまったのだ自分の無力さを、守ってもらわなくてはいけない存在なのだと。




 それ以降二人は喋らずに黙って紅茶と用意されたクッキーを摘んでいく。






 どれくらいの時間が経ったのか、ショーンが口を開く。



「僕には考えられない事かもしれないなー。僕は自分の居場所を作る事が夢だからねー。僕にはお世話してくれる人もいなかったし、笑いあえる友達や仲間もいなかった、だから自分がこの種族である事を恨んだ時期もあったよ」



 インキュバスもバンパイアも基本的には一人で行動する魔族だ。なので、家族はいても、すぐ一人で生きていくために旅立つので、家族や仲間と言うものがいないに等しい。




「そうなんですね、無い物ねだりをしてしまうものなんでしょうか?」


 すこし暗い顔でティナが呟く。




「欲って言うものは流砂みたいなもんだと思うよー。ただの見た目は砂なんだけど、外からの刺激で無限に吸い込んでいく。しかも一人じゃ抜け出せない。分かっていても沈み込んでいく。暴れれば暴れる程沈み込んでいく」


 実感のある顔でショーンは淡々と答えていた。









「随分しけたツラしてんな! もっと明るい顔できねーのか、お前ら二人は」


 突然、リビングの入り口から声が聞こえたのでそちらを見ると、アルが踏ん反り返っていた。



「つーか、明かりもつけずになんでこんな暗い部屋で話ししたんだ?そこの変態紳士に襲われるぞ、チビ」




 この世界では明かりは魔法でも作れる。が、魔導は常に体内の魔素を使うし、魔術も同様。効率はそこまでよくはない。


 だが、ロッカほどの大都市では、夕暮れから真夜中までの6時間ほどは、家ごとに配置された魔法のランタンを使用できる。

 魔法のランタンは魔素を注入され昼間に届けられる。返却は毎朝回収にくる専門の職業の人がいるのだ。




「ああ! もうこんな時間にー! 夕飯の準備をしようとしてたのにー」


 そう落ち込みながら、リビングの上に引っ掛けられていた魔法のランタンを点ける。


 パッと明るくなったランタンは、3人を暖かく照らす。





「申し訳ないですねー。仕方ないので、夜市でご飯は済ませましょうか」


 準備し始めるショーン。




 すると、アルがショーンの腕を掴み、前に立ちはだかる。




「おい! なんで聞かないんだ! 俺がお前らを攻撃したこと!」


 キツめの怒気をはらむ声でアルが叫ぶ。




「あなたも、しけたツラしてますよ。そんなことどうでもいいんです。ですが、ちゃんと聞いておきましょうか? あの時何があったのかを」


 静かに、諭すようにアルの目を見る。再び紅い目で。





「すまなかった、あの時俺はお前らを助けるつもりで、盗賊のやつらを無力化しようとして…」


 リーーン


 門の前でも鳴った澄んだ鈴の音のようなものがした。

 そこで、アルはこのイヤリングの正体に気がついた。


 これは、嘘を見破る魔道具。

 自分自身、凄まれた目で見られ、つい嘘を言ってしまったことを理解していたから気がついた。

(自分の言葉にも反応すんのかよ、地味に嫌な機能だな)





「嘘ですね、あなたは確実に盗賊を殺そうとしていました。私たちを殺すつもりはなかったのでしょうが、巻き込んだ事実は変わりません」


 一瞬、イヤリングの音が聞こえたのかと思ったが、そうではないらしい。




 俺があの時抱いていた感情も、俺の過去も、何も知らないからこそ言える言葉。

 だが、俺の過去などどうでもいいし、理解してほしいとも思わない。

 だが無神経な言葉に腹が立たない訳ではない。

 俺も本心であいつらを殺したかった訳ではない。たが殺したことも事実、こいつらを巻き込んだのも事実。だからこそ、俺は先に言うべき言葉を言う。




「ごめん、巻き込んでしまって…それに、ありがとう変態紳士。助けられたよ、変態紳士。あの時言った言葉聞こえてたんだろ、変態紳士?」



 精いっぱいの謝罪と感謝を込めた。



 はずだったのだが、変態紳士ことショーンは、あの事件の際に放った苛立った目つき以上の雰囲気を醸し出していた。

(なにか謝罪の言葉が足りなかったのか)

 そう疑問に思わざるを得なかった。



「よーし、旅人くん。君には大人への口の聞き方というものから、教えなければならないようだな!! !まず、謝るならキチンと謝りたまえ! それに、僕は変態紳士という名前ではない!」



「じゃあ、なんだよ」



「宣言しよう、僕は紳士だ! 変態などという名誉極まる言葉は僕にはまだ程遠いとな! 僕の名は、ショーン・タルオドス!高潔なるインキュバスでバンパイア!!!」




 高らかに宣言している。

 両手を挙げ、膝を少し曲げ腰を落とした状態で、上半身をユラユラと揺らしている。


 どうみても変態です、ありがとうございました。




「よく言った、紳士! お前には変態は早かったようだな!これからは紳士と呼ぶぜ!」



 男二人は、いつの間にか抱き合って感動の涙を流していた。




 その時、ティナはゴミを見るかのような目をしていた。

 アルが本意で攻撃した訳ではないとティナも気付いていた。だからこそ、ショーンがこの旅人をイジメるのであれば、間に入って止めようとしていた。

 そしたら、いつの間にか抱き合って仲直りしている。無駄に心配したのがむしろ悔しい。


(男ってわからないわー……)



 その後落ち着いたゴミ二人と、精霊は自己紹介をして、夕飯を食べに夜市へと向かうのであった。












 三人が家を出た頃、明かりも何もない真っ暗な廃屋の中で男が人を待っていた。


 その男は、昼間誘拐事件を起こし、ショーンに初めに蹴り飛ばされた男であった。


 その後相棒の男は、ミンチにされてしまっていたが、この男は最初に蹴り飛ばされたおかげで、アルの魔法の範囲外におり、九死に一生を得ていたのである。



 廃屋の一室で待っていると、この暗闇の中でさらにその影が黒くなったかのような気配がした。


「おう! 待っていやしたぜ、旦那。最近入ったアンタを見張り役にしてて良かったぜ!」


 話しかけられた男は、あの事件の時に離れたところから様子を見ていた。

 からがら生き延びたこの男を隠蔽の魔法で隠し、誘拐に成功した時のための監禁場所のここまで逃げさせた。

 用事があると、その後男に話し、この時間まで待機させていた。



「なんだかよくわかんねーが、あのクソ生意気な男共のせいで邪魔されちまった。あのデブも殺されちまったし! チッ、あいつに貸しといた金が回収できなくなっちまったぜ。代わりにあいつが隠してた酒は全部俺の物にしてやるけどな、ガババババ!」



 変な笑い方をして下衆な事をいうこの男は、笑い終わった後。


 その首は、床に転がっていた。




「また入るところを間違えたか。足を洗いてェって俺の気持ちは伝わらなかったみたいだなァ」


 義賊だという触れ込みで、裏界隈で人を募集していたこの盗賊団に入ったはいいものの、魔法を扱えるという事を理由に幹部候補として祭り上げられ、とりあえず見張り役をしてくれと頼まれた仕事が、あの誘拐事件だった。


 犯罪に手を染め、どっかの金持ちの犬に成り果ていた自分に嫌気がさし、逃げ出した。

 しかし、表の仕事なんてやったこともないし、すぐ仕事に就けるなんてもんでもない。

 だからこそ、とりあえず義賊だと名乗る盗賊団に入り、少しづつ足を洗うつもりだったのだが……


 これで二つ目の盗賊団だった。


 一つ目はもっと酷かった。義賊といいつつ盗みに入るのは、一般家庭の家。しかも、鉢合わせした家族を皆殺しにした。コソ泥でしかも義賊のカケラもなかった。だから、盗賊団ごと潰した。



 今回は地味に規模もデカイし、やけに大物のバックが援助しているらしく、盗賊団ごと潰すのは難しいかもしれない。


 それに、自分自身やっていたから分かるが必要悪というものは、この世にはやはり存在するのだ。



「いっそ盗賊団の頭になって、本物の義賊になってみるかァ?」


 自分の奇妙な冗談に、すんなり納得してしまった。

 ならば、早いと早速行動に出ることにした。



 暗闇より深い闇が、ロッカの街を駆ける。

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