第5話 奇妙な組み合わせ

 

 変態紳士こと、ショーン・タルオドスは非常に困惑していた。


 すぐそばにいる少女をいつでも守れるようにしてはいるが、さきほどの一瞬でこれだけの破壊力をもった魔法を放てる人間を見たことがなかった。


 見た目はただの人族であるにも関わらず、呪文も唱えずにこれだけの破壊魔法を使用した。

 それは紛れもない事実として受け止めなければなかった。






 この世には二種類の奇跡がある。



 ひとつは、この世の根源の力。《魔導》


 根源の力である魔素を操り、奇跡へと導くための手段である。

 が、魔導を使うものたちはどうやってそれを起こしているのは理解していないものがほとんどである。

 なにせ生まれて間もない頃から使用できるのだから、どう起こしているのかと考える者はまれなのだ。

 《魔導》は体内の魔素を操ることにより魔素を現象化させるものであるため、まさに体の一部を使うのと変わりはないのだから。



 そして、もうひとつ。人族が編み出した《魔術》



  人族は《魔導》が唯一扱えない。これはこの世界の常識である。

 しかし、それは人族の体内には魔素が存在しないからである。存在しない身体の一部など操れるわけはない。 

 だが、人々は考えた。魔素にどう干渉し、どう変化させ、どう現象化させているのか。

 その長き渡る研究により、ついに魔素を現象化させることに成功した。

 それが《魔術》である。《魔導》を体系化させ、魔術として、技術として、手足を手に入れたのである。

 魔術を扱える人を魔術士と人々は呼んでいる。国により認定されることでそう呼ばれているのだ。



 この二つをまとめて、魔法。と呼んでいるのである。




 しかし、魔導と比べると魔術には欠点といえるべきものが多い。

 起こしている現象はまったく同じである。しかし、魔術を使うためには魔素を多く含む媒介を用意し、体系化された呪文を用いることで魔素を、半ば強引に操っているのである。

 また、魔術を習得するためには才能がなくてはならないし、その才能ある者がアカデミーに5年修学して、それでも魔術士の資格を取れるのは三割程度である。




 そう、ショーンの目には、アルはその数少ない魔術士級以上の実力があると判断していた。



(まずい、僕一人だけならなんとかなるが、周囲も先ほどの騒ぎで集まりだしてる。彼はそもそもなぜ敵対してきた?)



 堂々巡りの思考の中、野次馬の奥の方が、割れていくのを感じる。


「まずいな、衛兵たちが騒ぎを聞きつけたみたいだな。早くこの場を離れないと…」



 呟くように、行動選択を口にする。


 その間もアルから目は離してはいない。あちらがどう行動するのか全く判断がつかなかったのだ。








 一方、その時、アル自身も焦っていた。



「なんで...どうして……」


 幼女とも少女ともつかない子が、盗賊風の男たちに連れ去られようとしていた。

 自分の横にいた男が飛び出し、自分も助けようとして魔法を放とうとしていた。



 そこまでは覚えている。

 だが一瞬、少女の恐怖した顔を見た時、自分のトラウマがフラッシュバックした。



 恐怖と怒りとが混ざり合ったどす黒い感情が、アルの心を支配した。

 その一瞬の間に、制御していた魔素構築が乱れ、半ば暴発する形で想定規模以上の破壊力になってしまった。


 ふと、先ほど自分に怒号を向け、今でも強い視線を放つ黒ずくめの男が何かを呟いた。


 彼の紅い目は不気味で、今のアルの心理状態から言えば、普通は恐怖を感じる対象であるはずなのだが、なぜかその時安心感を覚えた。



 自分でもなぜそう口にしたのかわからない。

 黒ずくめのあの男に理解してもらいたかったのかもしれない。ただ、口にしなければならないと思った。


 大通りの向かい側、距離にして15メートル以上ほども離れているし、周りには野次馬の雑踏がいて、聞こえるはずもなかった。

 先ほどの恐怖でカラカラだった喉から絞り出すようにかすれた声で、口にした。








 ショーンは、アルが今にも泣き出しそうな顔で困惑しているのに気がついた。

 ずっと彼を視界に入れていたからこそ、気が付けた僅かな間だった。

 そして、彼が誰でもない自分に何か訴えかけようとしているのは伝わった。


「タスケ、テ……」


 ショーンにはそう聞こえた気がした。

 だからだろう、ショーンの足が自然と動いたのは。



 少女の元へと行った時と同じく、一足の跳躍でアルの元へたどり着き、少女を抱えている逆側であるも抱きかかえそのまま逃走した。



 その場に残されたのは、何が何だかよく分かっていない野次馬たちと、一部始終を見ていたが何が何だかよく分かっていない目撃者たちと、現場にたどり着いた時には地面がえぐり取られた路地裏しかなく何が何だかよく分かっていない衛兵たちだった。








 ショーンは自分の隠れ家へとやって来ていた。

 思わず助けてしまった二人の人物。

 一人はもちろん少女だ。かなり幼く見えるがよく見るとそこまで童顔でもなく、むしろ顔立ち自体は美人の領域で整っている。しかし、身長が小さく150センチにも満たないのではないかと思うほどの小さな女の子。

 髪の色は透き通った水色で、目の色はサファイアを思い浮かばせる濃い碧色だ。

服装は、シスターが着るような白い修道着に似ているが、その丈はかなり際どいミニスカだ。

しかし、生足が見えないようにふわりとした透けている生地を使っているし、刺繍なども入っている、さらにいえばシスター特有のベールなどもしてない。色々な意味でちんちくりんシスター風だ。



 成り行きでここまで連れて来てしまったが、本人は何故かケロっとしていた。むしろ時たま顔をニヤっとさせている瞬間もある。

 先ほど誘拐されそうになっていて実際怯えていたのに、中々度胸が据わっているようだ。

 しかも、今の状況も見方によっては誘拐でもある。



「ねー、お嬢ちゃん。なんとなく連れて来てしまったけどさ、さすがに騒ぎも収まっただろうし、なにせ誘拐されそうになったんだよ?君は。親御さんの元まで送り届けたいので、そろそろ出発しないかい?」



 かれこれ3回同じようなことを少女に申し出ているのだが、1回目はお嬢ちゃんじゃないです!とだけ言われ以降スルー。2回目は、完全に無視された。



「この男の人も私を助けてくれようとしたんでしょ?なら、お礼を言いたいんです。今は眠っちゃってるし、起きるまで待ってます!」


 ショーンの隠れ家に着いた時、アルはすでに眠っていた。仕方ないので自分のベッドの上に寝かせている。

 少女はベッドの傍らに、ショーンは入り口の扉にもたれかかっている。


「助けようとしたのかは、実のところわからない。悪いやつでは無いのは確かなんだけどねー」



 今は、比較的安心した顔で寝ているように見える。先ほどまでのなんとも言えない、触れたら壊れてしまうのでは無いかというほどの儚く寂しげな表情とは違う。

 今はさながら、幼い少年、いや赤子に近い印象を受けるほど安らかに眠っている。

 わざわざ起こすこともない。

 少女が待つと言っているのだから、待てばいいかと考え直す。



「あの、名前聞いてもいいですか?助けていただいたのに名前も知らないのは失礼かな?って思うので」


「ああ、そうだね。初めましてお嬢さん、私の名前は、ショーン・タルオドス。ぜひ、ショーンと呼んでくれよ。助けたことに関しては当然だと思っているよー。なにせ僕は紳士だからね!」


「あ、では改めまして。ショーンさん助けていただきありがとうございました。私は、ティナ・ロッカ・ホルローシュといいます。帰る時間は遅くなっても大丈夫です。明日までに帰れれば大丈夫なので」


 深く礼をするティナ。肩からその綺麗な髪が滑り落ちていく。



「ん?ちょっと待ってくれ!君の名前は、本当にロッカ・ホルローシュが付くのかい?!その名前は僕の記憶が正しければ……」


「はい、この街の時計塔の正式名称です。私はあの時計塔の精霊です」


『ロッカの大時計塔ホルローシュ』という意味である。




「これは驚いたなー、まさか精霊族にあえるなんて! しかも、この街のシンボルの時計塔の! 精霊が宿っているなんて初めて知ったよ? この街に来てから三年ほど経っているだけどなー」


「フフッ、そりゃそうですよ! 今初めて正体を明かしましたから」


 口に手を当て静かに笑いながら、テヘッと悪戯心満点の笑顔で言われてしまった。


「それに、あなたも普通の種族じゃないですよね?ショーン・タルオドス、さん?」


 今度は不敵な笑みを浮かべ、小首を傾げつつ上目遣いで聞いてくる。


「まー、能力を見られていたからバレちゃうかー。そうだよ僕は人族でもないし、普通の種族でもない。僕は、インキュバスとバンパイアのハーフ。インキュバンパイアとでも言うべき、たぶんこの世に一人しかいない種族じゃ無いかな?」


 正体を明かしてあげると、ティナはまんまるのおめめをより丸くして驚いているようだ。

 そりゃそうだ、インキュバスもバンパイアもどちらも絶対数が少ないのだ。そのハーフというのだから本当に彼一人しかこの世にいないのだろう。


「現在は存在すら疑われている精霊族に、世界にただ一人の魔族のレアキャラ。さて、彼はどんな秘密を持っているんだろうね?」



 その後、数時間後に起きるアルがどんな反応をするのか楽しみなショーンは、この数奇な出会いの運命の続きがあって欲しいと願いつつ、アルが起きるのをティナと一緒にティータイムをして待つことにするのであった。

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