第4話 変態紳士と幼女誘拐

 

 さきほどの東門でのトラブルを華麗にスルーして、修羅場の横でせっせと入門許可申請の受付をしていた、いかにもできますオーラ全開のメガネ美人に促され、アルも入門許可申請を提出する。


 審査は正直短時間で終わるのが現状で、申請の列や申請書を書く方が時間がかかる。


 アルも列に並び申請書提出まで30分ほどかかったが、5分もしないうちに待合室から別室へと呼ばれ、手荷物と身元の確認を口頭で受けた後、サインすればあれよあれよという間に、街中へと入れた。



 警備がザルに見えるが、いろんな魔道具を使い何重にも審査しているのだそうだ。

 門に入ってすぐ横にいたあくびを噛みしめているやる気のなさそうな衛兵に聞いたから間違いない。


 俺もよく分かんないって最後に付け加えられていたが気にすることじゃないさ。




 東門周辺は衛兵の詰所や、宿屋などが密集しているようだが、これはどの門でもきっと同じだろう。


 とりあえず街の中心部へ行くかと、中央の時計塔へとまっすぐ伸びる東通りを意気揚々と歩き出す。

 アルの心中ではスキップでもしたい気分だが、まだ10代とはいえもう青年として数えられる年でもある為、そこはグッと堪えイカした顔をキメて歩くのがアル流街の歩き方だ。

 よく、その顔は気持ち悪い、と不評ではあるのだが。



 宿屋が集まる一角を抜けると、今まで見てきた町や村などではあまり見かけなかった武具店や、派手な衣装をショーウィンドウに飾ってある服屋など、興味をそそられる物ばかりだった。


 その中でも一番目を引いたのは、女性向けの武具店で女性向けと言うだけあって防具の細かい装飾に拘っている品物がショーウィンドウにある店だった。



 アルが注目したのはそれら雑多なものではない!

 注目すべきは、人体として守るべき部位。

 胸部以外を削れるだけ削り、同じく守るべきである腹部の鎧部分すら解き放った。



 最高の改良型軽鎧 『おっぱいアーマー』






の、横にある魔女ッ娘スタイルの魔法使い装備である。


「うっひょおおおおおお、最高だぜ! 魔女ッ娘!」


大通りで叫び声をあげるアル。

アルを避けるように歩く通行人達。



「魔女ッ娘を連れて旅をする、此れ中々に乙である」


 と、ワケのわからない事を言っていると



「なぁ、君はこっちの乙には興味はないのか?」



 と、『おっぱいアーマー』と書かれた商品を指差す男性が隣でハァハァいっていた。


 全身黒い格好をしている。

黒い外套、黒いシルクハット、黒い革靴、黒いケースバック


 俺に話しかけているはずなのにこちらを向かず、おっぱいアーマーを見つめ続けている。

 横顔でよく分からないが、それだけでもかなり顔立ちがいい事が分かるほど、筋が通った鼻先が見えた。



(ヤバい! この人関わっちゃダメなタイプの人だ!!)


自分を棚に上げ、変態レベルが勝る猛者を見る。

アルの中での警戒度を最高レベルに引き上げる。



「心外だなー、そこまで警戒しなくてもいいのに」


 そう言ってこちらに向けた顔は、やはり美男子と称してよいほどの美人顔であった。

 そこらへんの町娘たちであれば嬌声をあげること間違いなしの二枚目である。

 だが、彼の本質を垣間見れば悲鳴に変わること間違いなしだろう。



「俺が女なら、警戒よりも恐怖すら抱いているだろうがな」


「そうかな? 恐怖よりも歓喜すると思うけどなー」


「どうも俺が想像している女とは別の生き物なのかも知れないな」


ビキビキと綺麗な顔に青筋を立てる変態。


「僕はレディーに対しては、とても紳士であると思っているのでね。君のような粗雑な男性には理解し難いのかも知れないな」


次は、アルが凍りつく。

男の寛容さを見せつけなければならない!



「ちなみに俺は、おっぱいは全て愛する派だ!!!」



「同志よ!!!」




 がっしりと腕を交差するかのごとく固く握手するアルと変態紳士。

 無事?一瞬で分かり合えた様子の二人である。




 すると、突然・・・





「キャーーー!!! 助けてーーー!!!」




 大通りの反対側、少し離れた路地へ二人の男が少女を引っ張り込もうとしていた。


男二人の風貌はまさに盗賊かのような服装をしており、明らかに怪しげなその様子には周りもざわつき始めていた。


「おら! 暴れんなって! 大人しくついてこい!」


少女の腕を掴んでいる男が乱暴に少女を振り回す。

少女にしては小さめのその身体は、男の力に為すすべもなく路地へとどんどん移動させられているようだ。




 先に動いたのは、変態紳士だ。




 一足に大通りである道を跳躍し、引きずりこもうとしていた男の1人を蹴り飛ばす。







 その時アルは、我を忘れていた。



「あ……ああっ…! うぁあああああああ!!!」



 自分の過去。その時の光景がフラッシュバックする。



汚らしい手が女性の白いの手を引っ張る。

自分も脇を抱えられ、殴られ抵抗などできない。

血に染まる馬車、首から上がない男の姿。

泣き叫ぶ自分。先ほどの白い手が千切られる光景。

血と青アザで顔がゾンビのようになっている女性。

眼球が零れ落ちている。その眼と目が合う。

泣き声が、恐怖の声と変わる。




痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い




あの時の光景が。悪夢が。恐怖が。そしてそれらが





 ___________憤怒へと変わっていった








 ちょうど1人を蹴り飛ばし、さらに追撃でもう1人を殴ろうとしていた変態紳士。

道向こうからの殺気を感じ、そのとてつもない殺気の圧に自分に向けられているかの様な錯覚すら覚えた。



 そして、瞬時に判断する。



「っく、キミ! こちらへ!!」




 殴ろうとしていた勢いのままで、男ではなく少女に覆い被さるように、身に纏っていた黒い外套で包み込む。

 瞬時にその外套は黒い繭となって膨張する。





 その刹那





 路地裏へと続くはずのその入り口は抉りとられた。

 残っていたのは、漆黒の繭だけ。



 側にいたはずの男はいなくなっていた。



 いや正確には、抉り取られたように地面に走る幾千の線状痕の溝に溜まった、赤い液体とぶよぶよの物体に変化しているだけだ。



「無茶苦茶だな!! おい、君!!!」



 先ほどまで、のらりくらりと軽い雰囲気だった全身黒い姿の男に変化があった。


 血のように紅く、深淵のように暗い、その瞳に。



 その脇には、何が起こったのか分からない表情の少女を抱えている。



 黒い男は、その紅い瞳で睨んでいた。



 その視線の先は、先ほどの場所から一歩も動いていないアルの姿だった。

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