第3話 ギルバートの思惑

 


 アルは、ギルバートと名乗る商人から渡されたイヤリングを眺めていた。


 イヤリングの先に装飾されているのは、赤い石がついたシンプルなものだった。

 宝石ではないようだが、ただの見た目では安っぽいイヤリングにしか見えない。見た目では。


 アルは手渡された時にすでに見抜いていた。


 それが魔道具の一種であるということを。

 そしてなぜそれをギルバートが自分に渡したのかも。



 そもそも、会話の入り方からおかしかった。


  彼はこう言ったのだ。


『さっきから上ばかり見ているが、鳥が好きなのかい?』と。





 俺はあそこの場所のことを、何も知らずに選んで、寝そべっていたわけではない。

 あそこは商人達が情報交換する場所として利用している、一種の密会場所なのだ。

 そして、鐘がなる正午の時刻。

 そこにギルバートは現れた。


 誰かと密会するか、情報を得る為にあそこに来たのだ。

 そしてそこに見知らぬ旅人がいた。

 そして彼は質問した。『鳥は好きか?』と。



 鳥というのは、隠語だ。


 この王国の王家の家紋、それは大鷲がシンボルになっている。それを揶揄してそう呼んでいるのだ。


 だが、その隠語を使っているのは一部の者でしかない。

 それこそただの旅人やただの商人が会話に取り入れるような物ではない。

 そう、ギルバートはあえて聞いたのだ。



『君は王家が好きなのか。王家の味方なのか。』


 そして、俺はこう返した。


『王家に興味はない。ただの旅人だよ』と。



 だからこそ、先ほどの会話に大笑いし、俺を気に入ってくれたのだと。



 おそらく、彼は王家の息がかかった商人で、ロッカでの不穏な動きなどを知らせるスパイの様な役割なのだろう。

 彼もわかっているのだ、王家が身動きできないほど不自由で、脆弱な生きものなのだと。

 ロッカでの不穏な動きもそういう弱いところを突かれているに過ぎない。



 彼は、ただの旅人に家族を託した。


もちろん本当にただの旅人だと思ったわけでも在るまいが、そもそもギルバートの方にも俺の情報がいくらか渡っているはずだ。それ故、信頼してもらえたのだろう。


 だがそれがどんな意味を持っているのか、理解していないアルではない。

 それほど事態は緊迫しているという事。

 そして、それほど信頼してもらったという事。


「あんまり背負いたくないんだけどなー、だけどあのオッサンは信用できるし、報酬も貰っちゃったからなぁ」



 そう、先ほど眺めていた魔道具のイヤリング。

 そもそも魔道具という時点で、高値がつくような代物で、おそらくこのイヤリングは家族を守れるほど有益な魔道具だという一品。

 家が一軒買えるなんてもんじゃない。

 小さな商業組合ならまるごと買い取れるほどの資産価値があるはずなのだ。



 もちろん専門家でもないアルが使ったこともない魔道具の効果を把握できる訳ではないが、なぜ即座に魔道具だと見破れたのか。

 それは彼がいくつもの魔道具を身につけ使いこなしているから。

 そして彼自身、優秀な魔導師であるということ、ただそれだけの事だ。



「耳につけるってことは、戦闘系のものではなさそうだな。オッサンの素性からして隠密や諜報に役立つものと考えるのが自然だな。無難なのは盗聴できる機能かな?」


 とりあえず耳に装着し、耳をそばだてるように意識しつつ少しの魔力を流し込む。


 反応はなし。


 周囲の音が大きくなるとか、遠くの音が聞こえるなどの物ではなさそうだ。


「使い方わかんないんじゃ、宝の持ち腐れなんだけど。あのオッサン説明くらいしてくれても良かったんじゃないのか?」


 答える者は誰もいない。



「まー、どうにかなるっしょ」


 数々の修羅場を潜り抜けたアルにとってこれくらいの厄介事など負担でも何でもない。

 これまでもどうにかなってきた。いや、どうにかしてきた。

 でも、オッサンの思惑の手のひらの上で転がされてるようなこの状況はなんだか釈然としない。


(でもあのオッサンが街で不穏な動きを察知したのに、なんで家族を避難させなかったんだ?)



「なるほど、したくても出来なかったってことね。俺の方の依頼者の思惑にも乗せられてるってことか」



(ますます気に入らないが、受け取った報酬分の仕事はしますかね)


 ところどころ、独り言が漏れているのはアルの悪い癖だ。仕事の関係上重要な情報が多いのだが…






 そんなこんな考え事をしていると、どうやら目的の東門へとたどり着いたようだ。

 大都市の関門だというのに、人の往来はそこまでない。活気はあるのだが。




「おい!!どういうことだ!!!なんでうちの商会が締め出しになってる!ちゃんと通行証もあるし、関税も支払っているはずだし、手続きも一週間前には通っているはずだ!どういうことか説明してもらおうか!」


 三人の商人が二人の門番に詰め寄っている。

 怒鳴り散らしているのは商隊のリーダーなのだろう、ほかの二人に比べ身に着けているもののランクが違う。


 それに対して、商隊リーダーに唾をかけられるかの如く顔を近づかれているというのに、無表情を貫いている衛兵。一歩後ろで様子を見て、苦笑いをしている顔は優男の衛兵。




 どちらも門番というには似つかわしくないほど綺麗に手入れされた銀色の鎧をつけている。

 その鎧は、たかが門番が身に着けることができるような代物ではない、この都市の守備衛兵すべてを直轄しているロッカ騎士団のものである。


 しかも、どちらの騎士も藍色のマントを肩から垂れさせている。

 マントの色で階級分けされている騎士団では、上から黒、白、藍、黄、赤、マントなしと基本的に六段階ある。

 つまり、藍色のマント二人。大隊長格二人が東門に揃っていることになる。




 その姿をみてアルの表情が固くなる。

(なんで騎士団様が東門なんかに?ここは警備上一番重要度が低いはずなんだがな)




 それもそのはずである。各方面に大きな門が用意されているが、東門はほとんどの来訪者が近隣の小さな村や、国内の商人が出入りすることがほとんどで、北や西とは比べるべくもなく人の出入りは少ない。

 交易を主産業としているこの都市の構造上、一番重要度が高いのは北で、他国からの入門はこの門だけに限定されている。


 そして、大河運輸を担う西。ここはすでに入門した者を二重検疫する目的で最後の砦となる。


 この二つの門では、大隊長が一人ずつ配備されている。が、東と南の門では最高責任者のマントの色は黄色。つまり、中隊長格が二人づつ配備されているにすぎないのだ。


 そんな東門に大隊長が二人。明らかに異常事態である。



「ブルック商会の方々、こちらからすでに通達は発されている。ここで説明する義務は我々には存在しない。速やかにここから立ち去ることだ。これはロッカ騎士団・師団長による最高権限命令である!」



周りの者たちにも聞こえるかのように。

威厳を感じさせる太さで。

よく通る声が辺りを響かせた。


大隊長の声に辺りは静まりかえっていた。



 リーーン



 澄み渡った鈴のような音が聞こえた。周りを見渡すが他の者は気にしている様子はない。

 アルだけに聞こえた音のようだ。


(ん?もしかしてこのイヤリングの仕業か?なんだこの音)


あとで詳しく調べる必要があるなと思っていると




「うぐっ、分かった。ここは素直に従おう。なにかの勘違いだとは思うが、通達の内容次第では抗議させていただく。大隊長殿の手を煩わせるほど、私たちも愚かではないのでね」


 怒りも一気に冷めたのか、それでも商人のプライドなのか、はっきりというその物言いはさすがというべきか。




(あのブルック商会の商人、大隊長だと分かっていながらあんなに怒ってたのか。度胸があるというのか無謀というのか)


 どれだけあらぬ嫌疑をかけられていても、騎士団の命令はこの街では絶対なのだ。



(だけどきな臭すぎるな。いくら騎士団とは言えども横暴が過ぎるような気がする)




そもそも騎士たちは、衛兵とは違い街中の警備や警ら巡回なども行わない。

大半の騎士は街門に駐在しており、入門管理、門外警備、小隊規模での哨戒任務などに当たっている。


街中の問題は、警察権を持つ衛兵たちが、街の外や門での問題は騎士達が担当している。



騎士達は基本的に外からくる魔族や、その他モンスター達などを街へ近づけさせない為に設置されている。

その為、個人のみならず連携を含めた集団戦などにも対応した一流の戦闘能力を保有している。



彼らの戦闘手段は、かなりシンプルだ。

魔法による遠距離からの迎撃隊列。

接近戦に持ち込まれた場合の剣術。

そして、騎士らしくヒッポグリフに乗って戦う高速機動戦闘である。



そんな連中に喧嘩を売ってる(喧嘩を売られたのだが)

時点でよほど度胸がある商人だったようだ。

 



離れた位置とはいえ、未だに門の近くで待機している。これからの方針でも話し合っているんだろう。



「さっさと、街の中へはいるか!」



そう気分を改め、商人の街への期待と、個人的な用事を済ます為に門へとアルは近づいていく。

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