第2話 大商業都市 ロッカ

 


 ゴーンゴーンと何度も響き渡る鐘の音は、太陽が真上に来た事を報せている。



 《大商業都市 ロッカ》には街の中心部に大きな時計塔がそびえ立っており、時刻を知らせる為にこれまた大きな鐘が備え付けられている。

 

 式典の開催などの時にも鳴らされ、この街をいつも見守っている為、住民達からは愛されている時計塔なのである。




 この《ロッカ》自体は、エウシュタット王国内に存在しており、《王都エウシュタット》に次いで二番目に大きい都市として発展している。


 隣国などから王都への交易拠点として栄えている街である為、国中の人と金、様々なモノが集まるのである。



 この都市は、隣国とを分け隔てている山脈の麓に位置しており、山脈を迂回して来た隣国の商人達にとっては無くてはならない拠点なのである。



 さらに、山脈から流れている大河もすぐ隣に位置している。

 都市の北側には山が、西側には大河が、東側には丘陵と森が、南側には草原が広がっている。



 交易ルートが四方にいくつも存在していることがこの町をさらに交易拠点としての重要度を押し上げている。



 交易ルートの分布により住み分けも存在している。

 北側は隣国の商人たちの宿場町として、西側は王都にも繋がっている大河に隣接しているため、ほぼすべての商人が西側にある船着場を利用する。


 一番賑わいのある地区でもあり、都市の中枢機能はほとんどは西側に存在しているのである。


 東と南側は主に都市住民の居住エリアが広がっているが、北側との境目にはスラムや花街も存在している。






 遠くの方から鐘の音が聞こえている。



 ここは街の東側にある小高い丘の上で、少し道から外れた草むらの上である。


 昼寝にちょうど良い柔らかく短い芝生が生えていて、そこでアルは寝そべっていた。

 アルの綺麗な金髪にわずかばかりの草が付く。


 旅の疲れを癒しているわけでも、昼寝をしているわけでもない。ただただ遠くの彼方を飛んでいる鳥をボーっと眺めているだけであった。




「おっと、先約とは珍しいな。お隣いいかね?ここは私のお気に入りでね」


 道の方から声をかけられる。

 声だけ聞くと、とても落ち着いた聞き惚れるようなダンディな声であった。



「ああ、わりーな。構わないさ、俺は間借りさせてもらってるだけだからよ」


「ここは眺めもいいし、気持ちよく昼寝ができる絶好スポットなんだ。独り占めするにはもったいないと思ってたとこだ」


 寝転がっているアルの横にドサッと腰を下ろし、あぐらをかく。遠くに見えるロッカの街並みを優しい眼差しで望むダンディなオッサンがいた。



 見た目は声同様ダンディな顔立ちで、無精ひげだがちゃんと手入れされている。服装はこれから旅に出るのか、見た目から感じる気品とは似合わないすこし年季の入った薄汚い格好である。



「さっきから上ばかり見ているが、鳥が好きなのかい?」


 そういうと、オッサンは少し離れたところを飛んでいた鳥を指差した。



「いいや、あんな不自由な生き物に興味はないさ。俺は風を見てたんだ。この辺りはいい風が吹く」


「面白い事を言うもんだな、鳥が不自由だなんて。君は旅人だろ? 自由に憧れているんじゃないのか?」


「だって、あいつら空しか満足に移動できないんだぜ。地面には天敵がいるから上に逃げてるだけに過ぎない。それに空にも竜種がいて不自由そうだしな」




 人の住む領域にはあまり竜種は出現しないが、危険な竜種ではない限り、むしろ人の生活に馴染んでいる。



 おっさんが降りてきた馬車のような乗り物も、引いているのは巨大なトカゲと言ってもいいような全長5メートルほどの四足歩行で、ずんぐりむっくりな愛らしい竜種だ。

 この竜種は、人懐っこく力もあり持久力に優れている為よく車を引いている。竜籠と呼ばれているものだ。



「確かにな! 逃げているだけの仮初めの自由は自由なんて言わないか! アハハハハ!」


 笑いのツボに入ったのか、なかなか笑いから抜け出せずに、涙を浮かべるほど笑っている。



 それからオッサンに気に入られ、オッサンが王都とロッカを往復して生計を立てている商人だということ、家はロッカに構えており奥さんと二人の娘さんがいること、王都へ旅に出ている間は家を留守にするため家族が心配だということ。


 そして、先ほどロッカを出発したところでこのお気に入りの丘から、しばらく見ることができないロッカを眺めたかったこと。そういうことを話してくれた。




「おまえさんは当然、ロッカにはしばらく滞在するのだろう?そうしたら、時間が出来たらで構わないのだが、南通りにある『風草の薫り』って食事処に顔出してほしいのだが」


「なるほど食事処か、うまいんだよな?」


「ああ、もちろんだ! 味は私が保証する! あの辺りじゃ美人がやってる安くてうまい店として評判なんだよ」


「なるほど、それが奥さんってわけか。うまい飯屋が難なく見つかったんだ、顔見せるくらいなんだってないさ、それに店の名前のセンスがいい!」


「ありがとう。やっぱり心配なもんでな…それにあの辺りでは最近厄介な事件が色々起こっている。そういう意味でも君も気をつけるといい」



 そういうと、立ちあがり竜籠の中の荷物をガサゴソと探っている。

 つられて立ちあがりオッサンに近づいていく。



「これも何かの縁だし、私も商人だ。君は私の頼み事まで引き受けてくれた。これはその報酬だとでも思ってくれ」


 そう手渡ししてきたのは、片耳だけにつけるタイプのイヤリングだった。


「高そうには見えないが、さすがに貰えないぞ?それにオッサンは情報をくれた。商人としての取引ならそれで十分だ。旅ってのは情報が命だ。だから情報をくれたんだろ?」


 すこし困った顔の演技をしつつ、オッサンに問いかける。


「ああ、だからそれは縁の方の分だよ。私はキッチリしてる方なんでね。妻と娘たちを頼むよ」


 そう言い残すともう用が無いとばかりに竜籠に乗り込むオッサン


「本当にキッチリしてるな。旅人に依頼して縛るなんて、ちゃんと見合った報酬なんだろうけどさ」


 その声ももう聞いてないのだろう。オッサンは手綱を持ち竜に指示を出す。


「そうだ、まだ名前を名乗っていなかったね。

 私の名前は、ギルバート・ロッペン。君の名前を尋ねてもいいかね?」


「ただのアル。旅人のアルだ」





 二人はそれ以上の言葉を交わさずに反対方向へと進み出す。

 さきほどすこし離れた所を飛んでいた鳥はギルバートが向かう方向へと飛び去っていた。


「面白い少年だった。あの少年ならあの魔道具を使わなくても良いのかもしれないが…」


 そういうギルバートの口元は緩んでいた。





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