落語「いのちの灯」
佐賀砂 有信
落語「いのちの灯」
登場人物
高橋 死神 祖母 母 娘
死神 おい おい起きろ
高橋 なんだよおい 今日は日曜だぞ(起きる)え
死神 やっと目覚めたか
高橋 だれだお前!どこだここ!それに今日は日曜日じゃないのか!
死神 そんなに日曜日が大事か この状況で まあいい
おれは死神だ
高橋 し 死神
死神 あたりに並んだロウソクを見ろ
高橋 ロウソク うわあ 明るいと思ったら これ全部ロウソクの炎なのかよ
死神 これは貴様ら人間どもの命だ ロウソクにはそれぞれ名前が書いてある
ロウソクの炎が燃え尽きたとき、その人間の命も尽きるのだ
高橋 マジかよ じゃあこの 今にも消えそうなやつは
死神 おそらく年老いた人間のものだ 名前を見てみろ
高橋 名前 十文字五郎兵衛 ほんとだジジイの名前だよ
じゃ、じゃあこの太くて キラキラと輝いてるロウソクは
死神 生まれたての赤子のものだ 名前を見てみろ
高橋 名前 佐藤クレッシェンド ほんとだキラキラした名前だよ
未来に広がると書いて未来広(くれっしぇんど)読めねえよ普通
死神 いまや命のロウソクに フリガナを振る時代だ
高橋 大変だなオイ 世界中の人間の命が ここで輝いているのか
死神 そうだ これが 命の輝きだ
高橋 俺は 俺のロウソクはどこにあるんだよ
死神 ん?
高橋 俺のロウソクは どこにあるんだ
死神 見たいのか
高橋 いや まあ 怖いけどよ やっぱり気になるじゃねえか
そのホラ 近くにあるんだったら ちょっと見せてもらいたいかな
死神 残念だったな この近くにはない
高橋 あらそう じゃあ何か この辺りは近畿地方とか
関東地方は向こうのほうか 俺のロウソクもそのあたりか
死神 お前のロウソクは 遠くにもない
高橋 どういうことだよ
死神 うん それなんだが 実は昨日 ロウソクを台帳と突き合わせて確認した際
どうやら手違いで お前の命のロウソクを 紛失していたことが判明した
つまりその ええと この度は誠に申し訳ございません(頭を下げる)
高橋 えー!おいなんだそれ ふざけんなよ 聞いてねえぞ
死神 言ってませんので
高橋 炎が消えたら死ぬんだよな オイどうしてくれんだよ 死んじまったらどうする
死神 ごもっともでございます もしものことがあった場合にはですね
貴方様には来世 ロウソクを二倍の長さにしてご提供いたします ですのでどうか
高橋 おい現世を諦めんな 死んだ体で話進めるな どうすりゃいいんだよ
死神 それです 実は私ども すでにロウソクの在り処は突き止めております
あなたのロウソクは日本の東京 上野の住宅街の一角に存在しています
高橋 ほぼ割り出せてるじゃねえか 取りにいけよ
死神 そうもいかないのです なにせ私は死神 あまり人目につきたくありません
そこでお願いです 私の代わりに ロウソクを取りにいってもらえませんか
高橋 俺が?自分で自分の命を?
死神 あなたの命を救い 私の管理不行き届きを揉み消すには これしかないのです
高橋 思いっきりお前のためじゃねえか 分かった 分かったよ 行けばいいんだろ
『お誕生会会場』
娘 ねえママ―
母 なあに?
娘 お部屋の飾りつけ これでいいかなあ
母 んん いいわよ とってもすてき ありがとうね
あれ? ねえ このロウソク なあに?
娘 あのね 立派だったからね 真ん中に刺したの
母 もう火がついてるじゃない お母さんに言わずに マッチ使っちゃだめでしょ
娘 最初っから燃えてたんだもん
母 ふうん まあいいわ 立派だし ばっちくもなさそうだし
娘 ねえねえお母さん おばあちゃん 喜んでくれるかなあ
母 きっと喜ぶわよ こんなに素敵な バースデーケーキだもの
『道中』
高橋 なあ死神よう まだ燃えてるのかな
死神 ええ あなたが生きている以上 おそらくどこかで燃えていますね
高橋 ああ 大丈夫かな おれのロウソク
死神 あのすみません 重要なのは炎のほうです
高橋 そうなの?
死神 別にロウソクじゃなくてもよいのですよ
炎が燃えている限り あなたは生きていられます
高橋 なるほど 聖火リレーみたいなもんだな
死神 あはは 聖火リレーって そんな大層なもんじゃないですよ
高橋 おい殺すぞ 死神とか関係ねえぞ
死神 すみません 火が小さくなれば人は弱り 消えたら最期と こういうわけです
高橋 それじゃあ 逆に炎が大きくなったらどうなるんだ
死神 さあ 分かりませんねえ
『キッチン』
娘 ねえ おばあちゃん今年で何歳になるの
母 えーっとね 八十八歳よ 米寿
娘 ベージュ?何が?おばあちゃんの眼球?
母 失礼ね そうじゃないの 八十八歳のことを米寿っていうの
九十九歳は白寿っていうのよ
娘 へえ じゃあ百十一歳は?
母 ……「ご長寿」よ
娘 ほんとに?
母 自分で決めなさい それよりケーキ 準備できたの
娘 うん いまからロウソクに火をつけるね
母 マッチは危ないから その燃えてるロウソクから火をつけなさい
娘 はあい 十本くらいまとめてつけちゃお わあ よく燃えるなあ
『道中』
高橋 (手を見つめながら震える)なんだこれは いったい何なんだ
死神 どうしたんですか 死にそうなんですか
高橋 逆だよ 力だ 力が湧いてくる まるで生命力が 十倍になったみたいだ
死神 いったい何が起きているんだ あ 見えました あの家です
あの家にあなたのロウソクがあるはずです
高橋 おう死神 オラ すげぇワクワクすっぞ!!
死神 人格が変わってきている
高橋 あの家まで競争だ!うおーっ!!
死神 ああっ待ってください!いきなり乱入したら不審人物ですよ!
『食卓』
娘 おばあちゃん ベージュのお誕生日おめでとう
母 おめでとうございます お母さん
祖母 ありがとうねえ おばあちゃん嬉しいよ こんな立派なケーキまで作ってもらって
母 すごいでしょう この子 八十八本もロウソク刺したんですよ
祖母 ああ あたしゃ最初 タイマツかと思ったよ
娘 おばあちゃん このローソク 一回でフーって消せる?
祖母 消せるとも おばあちゃんね 肺活量には自信があるんだよ
水泳と トロンボーンと 嫁への愚痴で鍛えているからね(真顔)
母 (真顔)まあ お母さまったら ほほほ
娘 すごーい! それじゃ ハッピバースデー歌うね!
ハッピバースデートゥーユー ハッピバースデートゥーユー
祖母 ふーっ(息を全部吐く)ごひゅううううう(息をすごく吸う)
娘 うわあ ケーキごと吹き飛ばしそう ハッピバースデーディアおばあちゃん
ハッピバースデートゥーユー おめでとうー!
さあ おばあさんが今にもロウソクを吹き消そうとしたその瞬間、
キッチンの窓を破って男が飛び込んできた
高橋 パリーン!!(窓を破る)俺、参上!
死神 あ、あれを見てください あなたのロウソクがケーキに!
高橋 何っ マジかよ おれのロウソクが生クリーム塗れじゃねえか
おいテメエら! 人の命をなんだと思ってるんだ! この悪党!
母 悪党はあなたよ! 誰なのあなた!
高橋 いいからそのロウソクをよこせ!
娘 やだ!ケーキに触らないでよ!おばあちゃんのお誕生日なんだよ!
高橋 俺の命日かもしれねえんだ!はやくロウソクをよこせ!
もみあっているはずみで ケーキのロウソクが何本か倒れちゃった
炎がテーブルクロスに燃え移り あっという間に燃え広がります
娘 きゃーっ!火事よ!
高橋 うわーっ!! すげえ力が湧いてくる―っ!!
死神 たいへんだ 奥様 消火器はありませんか
母 あ ありません
死神 ではお風呂の水は まだ抜いていない 早く汲んできてください
母 ありがとうございます そして あなたは誰ですか
死神 そんなことはどうでもいい 早く炎を消しましょう
高橋 消すんじゃねえー!! 見ろよこの圧倒的な生命力を!
もはや誰にも 俺は止められねえぜ ファイヤー!!!
死神 ……アイツごと消しましょう! そのほうが世のためになる!奥様急いで!
高橋 やってみろよこの野郎!ひゃっはー!
と、そこへ突然、竜巻のような風が吹き荒れた!
死神 うわーーーっ!(起き上がる)いててて 何が起こったんですか
娘 まさか 今のが おばあちゃんの 息?
祖母 どうだい すごいだろう
娘 すごーい! おばあちゃんほんとに人間? すごーい!
母 み 水を持ってきました あれ?
祖母 もう消えちまったよ 愚図な嫁だね
母 焼け死ねばよかったのに 火事にならなくてよかったですわ
死神 なんということだ 炎が消えてしまった ああ 彼の命が
そして何より わたしの出世が ああ
娘 あれ おばあちゃん ここに一本残ってるよ ほら まだ燃えてるよ
死神 え 一本残ってる よかった 炎が残ってる
起きてください あなた 一命をとりとめましたよ
高橋 しんどい エネルギーが根こそぎなくなった感じがする
死神 ああ 本当の意味で燃え尽き症候群ですね 無事でよかった
母 お話中すみません
死神 これは奥様 なんでしょうか
母 あの 警察を呼んでもよろしいでしょうか
死神 どうぞどうぞ 彼を逮捕してください
代わりに私に その火のついたロウソクをいただけませんか
娘 だめだよ これはおばあちゃんのケーキのロウソクだよ
祖母 いいよいいよ 持っておいき
娘 おばあちゃん優しい でもなんでこのロウソク 火が消えなかったんだろうね
祖母 消さなかったんだよ だって私はまだ今年 八十七歳だもの 〈完〉
落語「いのちの灯」 佐賀砂 有信 @DJnedoko
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