第3話 今回の観察
「んもぅ、あの子ったら私が何者かしつこく聞いてきちゃってメンドーだったぁ」
戻ってきた虎子は、開口一番そう告げた。
「案内役を買って出たのは、あなたでしょう?」
「えー、だって、だってぇ。私だってキャンパスをキャッキャウフフと歩きまわってみたかったんだもん」
ちぐはぐなギャルスタイルの服装を脱ぎ散らかして、虎子は下着姿になる。その姿のまま、ボフッと先程までなかったソファにうつ伏せになった。うーんと背伸びを噛まして、さらに文句を垂れる。
「もー、何であーいうメンドーな子を選んだの?」
「あなたの思う面倒の基準は、私にはわかりかねますが……彼は一般的な大学生だと思いますよ。考えてもみてください。このような胡散臭い場所に、あまり関わり合いになりたくないタイプのギャルに連れてこられたわけです」
「そして、そこには謎のコスプレ少女がいた」
この服を選んだのは虎子だと睨みを利かすも、そもそもこちらを見ていない。わざとらしく私は咳払いを一つして、会話を続けることにした。
「とにも、かくにも……怪しさだけは一級品なわけですから」
「それにしては、天ちゃんにはしつこく食い下がらなかったよねぇ。何かした?」
「私に問いたださなかったという点に関しては、何もしていませんよ。大方、頭のおかしいやつだと割り切って、聞くのをやめたんじゃないですか?」
私だったら、と思う。満面の笑み……になっていたか自分ではわからないけど、笑顔で私は巫女ですとか宣うコスプレ少女の”頭”は疑う。私の「疑うな」という言葉に従ったとしても、答えてくれる相手かどうかの判断はつけるだろう。
それに頭にそえられた教祖だの巫女だの御神体だのという人物は、たいていは傀儡と物語上なっていることが多い。つまり、真実は何一つ知らない純粋無垢な頭のおかしい奴になる。
「純……粋……?」
「そこに引っかからないでくれますか。私は純粋に真理を追求しようとしているだけです」
「えー、私のほうが純粋だとおもうなぁ」
虎子の場合は、純粋ではなく欲望に忠実、もしくは、愚鈍というのですよ。
声には出さず、頭のなかで答えておく。
「ところで、何も教えてはいませんよね?」
「教えてないよぉ~。っていうか、どうせ、天ちゃんは見てたんでしょぉ?」
ふくれっ面で訴えてくる虎子に、私は当然だと視線で答えた。虎子は、ほらぁだのやっぱりぃだのと適当に囃し立てる。しばらく放置しているといい疲れたのか、静かになった。
のそりと顔を上げて、虎子はソファに座り直した。
「で、今、彼はどんな感じぃ?」
「特に動きはないですね。携帯をテーブルの上に置いて、じっとしています」
私の持つタブレットには、複数の角度から秀臣の様子が映し出されていた。秀臣は下宿先のワンルームで、目の前のテーブルに携帯を置いてベッドに腰掛けている。腕組みをして天を仰いだかと思えばうつむき、両腕を開放したかと思えばバタバタと動く。
落ち着きの無さが、滲み出ていた。
「さて、人は異常な存在や出来事に出会った後、どうすると思いますか?」
「なにぃ? 大学っぽく、なんかの講義?」
「あいにく私は高校すら卒業できなかった退廃者ですよ。そんな崇高なものではありません。いうなれば、哲学チックな思索ですか」
虎子が、ほうほう、とそれらしい反応を見せる。見せるだけで、答えはしないのが彼女らしい。
タブレットを置いて、傍らのカップを手にする。湯気の立つココアを一口含んで、ゆっくりと吐息を漏らす。
「さて、異常な存在。今回は、大学構内に連なるこの空間、ここに導いた虎子、そして私ですね」
「えー、私はいたってノーマルだよぉ。天ちゃんと違って、えすえむ趣味だってないしぃ」
「SM趣味なんてものは私にもありませんよ。捏造しないでいただけますか?」
「マゾヒストの癖にぃ」
おまけにマゾ扱いですか、と私はボヤキの一つでも言いたくなる。虎子と付き合って、一年程だろうか。出会ったときから、この軽口は止まらない。
「まぁ、天ちゃんは名前の通り天然のマゾヒストだからねぇ。自覚はないんだろうねぇ」
「当たり前ですよ。どちらかといえば、私はサディストですから……」
それはない、という声が聞こえた気がした。気のせいだろうと無視を決め込んで、タブレットに視線を戻す。無駄な時間を過ごしている間に、テーブルの上にあった携帯は秀臣の手中に移動していた。
携帯の画面を躊躇うように指の腹で撫でる。
「電話に行き着くまで、どれぐらいかかるでしょうね」
図らずしも、私は自分の口角が少し上がる。画面の中の秀臣と同じように、タブレットの画面を指で弄る。呼び出したのはメモ帳だ。そこに彼の行動を記録しておく。
電話アプリを起動、震える指先で深白の電話番号を打ち込もうとして、動きが止まる。打ち込めたのは前半の数桁のみ。アプリを閉じて、今度はウェブブラウザを開く。死者との会話や交信などの単語で調べ、怪しげなウェブページを開いて閉じる。
SNSアプリを起動し、出来事を書き込もうと一、二語打ち込んでやめる。書き込まれても私たちには痛手はない。もとより、情報の拡散に関しては何ら制限はかかっていない。ただし、まともな人間であればこの奇妙な出来事を公に書き出す、表出することの意味がわかるはずだ。
それは、決していい結果を生まないと――。ネタとして消費されるか、本気で頭の心配をされるか程度の違いだ。狂った人間にまともに取り合うのは、その狂いを取り払おうとするお人好ししかいない。
そして、彼は、まだそこまで堕ちていない。
人は気持ちを整理するときに、同じ行動を反復するという。何度か同様の行動を行った後、彼は一度立ち上がった。
思えば午前の講義から彼は何も口にしていなかった。だが、食欲はないらしい。お茶のペットボトルを無造作に取り出して、コップに注ぐ。手が震え、微妙に零していた。
一気に飲み干すと、片づけることもせず、再び携帯と相対する。今度こそ指は深白の電話番号を最後まで入れた。
「来ますよ、こちらで見ないのですか?」
「えらく時間がかかったなぁ。常識とかゴミ箱に捨てちゃえばいいのにぃ」
にゃはっと笑いながら、虎子は側によって来る。頬が触れるほど近づいてきたので、離れようとしたら両腕で体をホールドされた。
解せない。
ついに秀臣は通話ボタンを押した。
数回のコール音の後、秀臣は表情を輝かせた。ここ数日の間、まったくもって上がらなかった口角がしっかりと角度をつける。
「あぁ……深白!」
はっきりと声に出してその名を呼ぶ。嗚咽混じりにまくし立てながら、秀臣は会話を続ける。
タブレットに映る彼の様子に、私は安堵のため息を吐いた。まずは第一段階は越えた、それだけで脱力し机に臥せってしまいそうだ。しかし、私の傍らにはあの抱きつき魔が控えている。机に顔をつけた瞬間にのしかかられる運命しか見えない。
「細かい事象は、コントロールしきれませんからね」
「ん~、どうしたん?」
虎子は相も変わらず、体をぎゅっと押し付けてくる。正直、その体の中心にある二つのまるいのが当たって……苦しくなる。
「うまくいってるみたいじゃんよぉ。このまま抵抗しきってくれれば、天ちゃんの勝ちじゃんかぁ」
「勝ち負けではありませんよ……可能性が出るだけです」
その可能性が何よりも愛おしいのだ、と私はスッと目を細めた。
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