第27話 妖人アシュトン・ラズウエルの語った話 1
アシュトン・ラズウエルの語るトリアナンの怪異を記載する。
人形の祠と直接的な関わりはないものと思われるが、妙なひっかかりを感じるために記すことにした。
論理的でないのは承知の上だが、アシュトンの語るものの雰囲気を感じ取ってもらうためにも必要と思い紹介することにした。
庭先に奇妙なものがいるのを見かけたことがある。
ドーレン領からやって来る特産品のスルメを知っているだろうか。烏賊を干したものなのだが、トリアナンでは酒の肴として高額な値段で販売されている。
そのスルメに似た、ねじくれて干からびた人型のものが庭先で遊んでいる。
はて、あれは何か。
どう見ても人では無い。
何か奇異なものであるのは確かなようだが、それが何かは全く分からない。
庭を踊りながら横切って、イヌツゲの茂みに入り込んで姿を消した。
と、このようなものが出るということでアシュトンは好事家の御隠居に招かれたことがある。
その当時、僧であったアシュトンは悪霊調伏のようなものと意気込んでいたが、当の御隠居はスルメ人間が現れると手を叩いて喜んでいる。
貴族の御隠居は真面目一辺倒の元軍人だ。
こんなに楽しげな様子というのは、家人も見たことがないという。
特におかしな様子もなく、アシュトンにはスルメ人間は全く見えなかった。ただ、御隠居だけがそこにいるといって、奇妙な舞踏を喜んでいる。
スルメ人間は孤独な御隠居の見ている幻なのだろうか。
それ以外はまともなために、アシュトンもひっかかることを感じたが、聖句を一通り吟じるのみであった。
御隠居がスルメ人間の見物を始めて一月あまり。
庭にいる以外は書斎に閉じこもって書き物をするようになった。
老境にさしかかり、自叙伝を記すというのは珍しいことではない。
その手のものだろうと、家人も特に何も言わなかった。
とある朝のことである。
御隠居は旅装で食堂に現れた。
唖然とする家人に、穏やかな笑みで応じる。
「今から儂は招かれて旅をしてくる。詳しいことは書斎に書付が残してある。そんなに遠く無いところに行くから、安心してくれていい。では、行ってくる」
御隠居は外ではなく庭へ向かった。
家人たちが止めようとしたが、どうしてか止められなかった。御隠居の御子息が言うには、手をつかもうとしたらそこにいない。そんなことでどうしても捕まえられなかった。
御隠居は庭に出ると、イヌツゲの茂みの前で四つん這いになって、茂みに頭から突っ込んでいく。
気でも触れたような行いである。
そのまま、全身がイヌツゲの茂みに消えた。
言葉もなく家人が見ているが、一向に茂みから出て来ない。
御子息が茂みをかき分けたところ、そこには湿った土があるだけだったという。
当然のことながら、その家は上を下への大騒ぎとなった。
他家に漏れては不味いということで、アシュトンも秘密裏に呼ばれたが、聖句を吟じる以外に出来ることもない。
何より、怪しげな気配のようなものを一切感じることができなかった。
御子息がイヌツゲを引き抜いて処分しようとするのだけは止めておいた。そこから入ったというのなら、出口を壊すことになる。
療養のために帝都へ向かったということにして、御隠居の失踪は秘匿された。
幸いなことに、財産の分与などについて詳細に記された書付があったことから、お家騒動には発展しなかった。
それで終われば不思議な話なのだろうが、三年ほどして御隠居は戻ってきた。
朝早く、庭に倒れていたというのだ。
御隠居は疲れ切った様子で、顔色もまるで死人のようであった。
家人がどこにいたのか尋ねると、こう答えた。
「茂みの奥にある、こことあっち側の隙間にいた」
それ以上は語らなかった。
御隠居は食事もほとんど取らず、書斎に閉じこもるようになった。
三月ほどして、御隠居は死んだ。
家人は、御隠居の死で安堵していた。
事情を知るアシュトンが葬儀を仕切ったのだが、御隠居の遺言の通りに火葬を執り行った。
火葬には高温の炎が必要だ。熟達の魔法使いを呼ぶ必要があるため、非常に高価な葬儀となる。
家人がそれを承諾したのは、これ以上の怪異に巻き込まれるのが恐ろしいため、遺言状に逆らえないといった心持からだ。
お骨を拾おうという段階で、またしても奇妙なことがあった。
骨のほとんどは崩れ落ちていて、奇妙な形の鉄がそこかしこにあった。
それは、大きくても親指ほどのものだったが、どれもこれもが人工的に作られたと思しきものである。
溝を螺旋状に浮彫にした棒状のもの、同心円状のもの、球体、様々なものが散らばっていたという。
それ以後、特に奇妙なことは無い。
ただ、庭のそこかしこに茸が生えるようになった。水路の拡張で湿り気が強くなったためだと思われるが、家人は屋敷を処分して越した。
アシュトンの手元には、葬儀の際に家人から押し付けられたものがある。
御隠居が戻って亡くなるまでに書き残していたという書付だ。
意味の分からない記述が大半を占めるが、どうやらスルメ人間の世界で見聞きしたことのようだ。
アシュトンは解読するために保管していたが、税務調査官から税収についての捜査のために預かりたいという申し出があったため、それに応じてから所在が分からなくなった。
徴税官に問い合わせたところ、なんの話かと逆に尋問をうけることになってしまった。訪れた調査官は実在しない。騙りであったそうだ。
◆
アシュトン・ラズウエルをもってして、未だにその意味が分からない出来事であるという。
その後の後日談もある。
筆者も眉を顰めたなんとも穢れた印象の不気味な話だ。
次回は、御隠居の遺した奇妙なものの話となる。
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