第2話 五月の雨 ~和樹Ver.~
朝霧と浅倉。僕らは苗字も似ていれば、クラスも同じ。出席番号も2番と3番だ。高1のときもクラスが一緒だった、というのもあってか、日直のときの役割分担もできている。だけど、話すのは日直のときだけ。理由は、朝霧に話しかけ過ぎてはいけないような気がするからだ。僕の勘違い、かもしれないが、朝霧は何か、目に見えない壁のようなものを周りに対して作っている。話しかけにくいオーラみたいなものだ。その壁を感じているのは僕だけではないらしく、誰も彼女に話しかけない。だから、日直のとき以外で彼女と話をしたのは初めてだった。
「それにしても、昨日のヴァイオリンは凄かった…。」
1人で呟く。今は、1時限と2時限の間の休み時間。僕は、朝からずっと朝霧のヴァイオリンのことを考えていた。
「ん?なになに、なんの話?」
「…へっ?」
口から間抜けな声が漏れる。僕の顔を、綺麗な顔立ちの男が見つめていた。
「和樹。朝からずーっとボーッとしてるよね。どうしたの?」
その男————葉山悠馬は心配そうな顔をしていた。
まさか、悠馬が僕の席に来ているとは思ってもいなかった。大した言い訳もできず、適当にはぐらかす。
「あー、なんでもない。」
「なんでもなくないでしょ。ヴァイオリンがどうとか言ってたよね?」
「えーっと…。」
逃げ道を塞がれてしまった。どうすればいいのか悩んでいるうちに、悠馬はさらに話しだす。
「和樹がボーッとしてることなんて珍しいよね。和樹って、いつも話してるか本読んでるかだもんね。熱?もしかして風邪引いた?いや、そんな風には見えないな。だとしたら……あっ!」
急に悠馬が大声を出した。クラス中の視線がこちらに集まる。ただでさえ、悠馬は綺麗な顔立ちをしているのでクラス中の視線を集めやすい。大声など出したらなおさらだ。悠馬本人は気づいてない様子で、ブツブツと何かを言っている。僕は、はーっとため息をついた後、クラスに向かってなんでもないという風に手を振った。
「あのさ…」
悠馬が言いづらそうに口を開く。そして、声を潜めて続けた。
「もしかして、恋煩い…?」
恋煩い…?自分の中で何回もその言葉を繰り返し、そして意味を理解した。理解した途端、何かがストン、と落ちた。
「やっぱり、恋煩い…?」
悠馬が真面目な顔をして聞いてくる。
「そう、かもな。」
「えっ!?」
恋、かもしれない。この感情は。いや、恋ではないけれど、恋のような何か。
切なくて、愛しくて、ずっと聞いていたくて。
触れてしまうと壊れてしまいそうで。でも確かに僕を導くような。
そんな、音色。
「…和樹?」
僕の異変に気付いたかのように、悠馬が恐る恐る問う。
あの音色をもっとよくするには、どうしたら。導かれるだけではなくて、導いていくにはどうしたら。
この歯がゆい気持ちを、どうしたら良いのか。
「和樹…?」
「うん。」
誰に対してでもなく僕は頷く。
答えは、見えた。
「本人に、聞いてみる。」
水のタオル 硫黄 @iou_hanashi
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