第7話 あの声

 ガチャ...


 ヴァイパストはヴァイへリスへと戻り、俺とフィレムは自分の部屋へと戻ってきた

 俺のアパートはトウキョウにあると言っても決して栄えた場所にあるわけでは無く

 家賃の安い下町のアパートだ


「ここらへんはやっぱり全然荒らされてませんね~」


 自分の部屋のごとく色々な場所を覗く


「やめろ、一応ここは男の部屋だぞ」


「お腹空きませんか?」


 俺の言葉を無視して質問をしてくるフィレム


「ああ、確かに、でもまだ昼過ぎか」


 午前中にあったことをふらっと振り返ってみると、この人生の中で1番長かった時間と言っても過言ではない気がしてきた


「食べ物ってありますかね?」


 冷凍庫を開けるとそこにはドロドロになった冷凍食品が入っていた


「電気系統死んでるから冷蔵庫もレンジも使えないのか...」


「ちょっと生温いですけど現世の果物とかお菓子ならありますね!」


「あぁ、そういえばこの騒動の前になんか気分で買ったんだよな、男の独り暮らしだから果物なんてあまり買わなかったんだが」


「とりあえずこれ食べながらこれからのことを考えましょう!」


「そうだな」


 朝と同じようにこの狭い部屋で妖精の女の子とサラリーマンが会話を繰り広げていたが

 その時よりも距離は縮まっていたように見えた


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ケイネは元気にしているだろうか...

 夫でありながらこの混乱の際に傍に入れないとは...

 旦那失格だな...」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「夢か....」


 外を見ると太陽は落ちきり

 どこの電気もつかずにただ月明かりだけが部屋を照らしていた

 どうやら眠ってしまったみたいだ

 隣ですやすやと寝息を立てているフィレムに布団を掛けてやった


 ケイネ...

 クロイスの妻で...

 料理が得意で...

 常に気丈で...

 歌が上手くて...


 今まで一度も会ったことが無い人なのに

 知らない人のはずなのに

 どんどんと情報が溢れてくる、まるで誰かの記憶を見ているかのように

 異世界の転生やヴァイヘリスなどの既視感、結婚式の記憶、どれをとっても俺が経験したことじゃなく他の人の記憶をのぞき見ているような感覚だった

 きっとこの記憶の交差はクロイスという男と関係しているはずだ

 何か確信があるわけでも無くただの勘だが

 今日1日での異世界の転生や新たな出会いを繰り返していくうちに

 そう思ってきたのかもしれない


「響さん、お目覚めですか」


 眠そうな目をこすりながら半ば寝ぼけて呟く


「こっちの台詞だ」


 一人で思い詰めていても何も変わらないな

 きっと今は絡まり合っている謎でもフィレムと一緒にいれば解決する気がする

 そう思っていた


「夜風に当たりませんか」


「悪くないな」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 アパートの屋上へと出てきた2人が見た景色は

 喧騒と繁栄が渦巻き3秒後には世界の一部が改変されているような大都市トウキョウでは見たことが無いような満天の星空だった


「これって...」


 フィレムが思わず声を漏らす


「ああ、このトウキョウの天空そらにもこんな景色が広がっていたんだな」


 異世界は結界の内側から怪しく光りを放ち

 あたりを照らしていた


「今日1日異世界に触れてみてどうでしたか?」


「まぁ、突然のことで最初はびっくりしたし、俺の勤めてた会社は巻き込まれて消えるし色々と驚くことだらけだったけど不思議と絶望感とかは無くて、楽しい訳でもないけどフィレムがいてくれるお陰で大分ストレスとかは緩和されてるかな」


 フィレムはあからさまに頬を赤らめる


「私はただ...老師の指示に従ってるだけなので...」


「フィレムも転生騒動に巻き込まれて混乱しているはずなのにごめんな」


「謝らないでください!私も響さんと一緒に行動出来て楽しいですし!」


「そうか...なら良かった」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 鳥のさえずりが心地よい朝

 夜風にあたった後に部屋に戻り、また眠ってしまった

 今回は前のような夢は見なかったが

 フィレムは行先を言わずに出かけると言って夜に出てしまったきり、まだ帰ってきてないようだった


「ふぅ...」


 水を口に含み一息つく

 いつもの癖で使ったが水道関係は生きているのだと驚いた

 フィレムがいなくなるだけで普段と変わらない日常の風景になる

 本当に異世界が転生してきたか怪しいくらいに


 ガチャ...


「ただいまです!!」


「おう、おかえり」


 行先を告げずに出たのは何か理由があるのだと思い、あえて聞かないでおいた

 それがお互いの為なんだとなんとなく察していたからかもしれない


「もう異世界に向かいますか?」


 何事も無かったかのように聞いてくるフィレム


「ああ、トウキョウに来てもあんまり収穫は無かったけど部屋の無事とトウキョウの様子も少し知れたからもう行こうか」


「了解です!!」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 転移魔法が終わると

 そこは見覚えのある看板が立つ場所だった


「まだ昼前だけど出来てるかな」


「職人の仕事はきっと早いです!!」


 フィレムは伝説の鍛治職人に会いたくてしょうがないのだろうと心の中で思った


「お〜いラクネス〜」


 店の扉を開けて気の抜けた声で呼びかける


「丁度今出来たところだ!!!!」


 そう言いながら店の奥から顔を覗かせる大男

 何十時間かぶりに聞く声はやはり頭の中に響く


「貴方がラクネスさんですか...!?」


「あぁ、ごもっともだが...嬢ちゃんどっかで...」


「お前が無理やり店に俺を連れ込んだ時に一緒にいた女の子だよ、お前全然気付いてなかったみたいだけどな」


「ああ!そういえばそうだったな!!こんな嬢ちゃんにまで名前を知られてるとは嬉しいなぁ!!」


「知ってるなんてレベルじゃないですよ!!その仕事の速さや正確さ、完成度、街中では常に噂されていましたよ!!」


「そうだったのか...最近街には下りてなかったからなあ」


「おい、そんなことより俺の装備は」


「見ろ!!!」


 ラクネスが指さした方向には空を限りなく薄くのばしたような青色に輝く一式の装備と横には鞘に収められた長い剣があった


「あれが...俺の装備なのか...?」


「ああ、俺も初めてあんな石で作ったが正直言って完成度は完璧だ、後はお前が実際に装備してみてどんな能力を発揮するかだな」


「どうやって着ければ...」


 そう言いながら胸元に丁寧に埋め込まれたゼナイト石に触れた瞬間

 突如全てのパーツが液状化し、俺の全身を纏うように覆った

 それはだんだんと先ほどの形に戻り始め

 いつの間にか元通りになっていた


「なっ...?」


「え...?」


 ラクネスもフィレムも言葉を失っていた


「は??」


 もちろん俺も


「ど、どうだヒビキ!!」


「す、すげぇんだが...お、重い...」


 そう、だんだん形が戻っていくにつれて重さも戻っていき今にも潰れてしまいそうだった


「分かった、いいかよく聞け、その装備はお前の心の奥底にある属性を帯びている、つまりはお前の状態によってその装備のポテンシャル自体が左右されるんだ」


「ああ...なるほど...?」


「力を抜け、ゆっくりと息を吐きながら」


 そう言われるがままに力を抜くとだんだんと身体が軽くなるのを感じた


「すげぇ...なんだこれは...」


「初心者に多いのは戦闘中に力みすぎて装備に潰されること、これはだんだん戦いに慣れることによって重さにも力のいれ具合にも慣れてくる」


「分かった...」


「よし、その剣を抜いてみろ、お前がこれから命を預ける剣だ」


 思わず唾を飲み込む

 なんとなく察しがつき、出来る限り最小限の力で握ってみた


「おお...コツを掴んできたぞ...」


「よし...やっぱお前にはソードが合っていたんだな...そのまま引き抜け!!」


「オリャァア!!!!」


 思わず瞑ってしまった目をゆっくりと開く

 そこには窓からの光に照らされた白刃が立っていた

 鍔の部分には俺から生み出したゼナイト石が綺麗に削られ埋め込まれていた


「やけに威勢がいいな、でもやはり剣に関してはまだ戦ってみないと分からないところがあるか」


「いや、すげぇよ...あんたただのガラの悪いおっさんかと思ってたぜ...」


「なんだとコラァ!!」


 鋭いパンチが以前のように再び腹を直撃するかと思ったが防具の一部が先ほどの様に液状化し、パンチを食い止めていた


「な...んだこれは...?」


 思わず自分から声が漏れてしまう


「お前、自分の意思で止めたんじゃないのか?」


「違う、勝手に...」


「こいつぁすげぇ...お前...やっぱ老師が装備を注文するくらいの才能はあるんだな」


「いや、これは作り手が凄いんじゃ...」


「まぁ、それも否定はしないが装備の能力を左右するのはやはり属性を吸収したゼナイト石だ、それを生み出すヤツの素質も関わってるんだよ」


「そうなのか」


「おっと嬢ちゃん寝ちまったみたいだな...」


「フィレム、起きろ」


「え、ああ、私...って、え!?それ響さんの装備ですか!?」


「お前どっから寝てたんだよ...」


「いや、響さんに渡したいものがあって、それを探しに昨日の夜出かけたら睡眠不足に...」


「俺に渡したいもの?」


「はい!!」


 そう言って腰元にある袋から取り出したのは

 1本の短刀


「なんだこれどうしたんだ...?」


「嬢ちゃんこれグレソラートじゃねぇか!!どうしてまたこんな高価なモンを...」


「そんなすげぇやつなのか?」


「やはり鍛治職人なだけあってよく知ってますね!」


 俺を差し置いて2人で鼻息を荒くして盛り上がっている


「なんだよそれ」


「知らねぇのかお前!」


「そりゃそうだろ」


「魔力を剣の中にこめて保存し、誰でも一定の魔法が放てるようになっているんです」


「ってことは慣れないうちはこれで無双ってことか?」


「いえ、この剣の耐久値も魔力の量にも限りがあります」


「ってめぇ、マジで何も知らねぇのか!」


 間髪入れずにそう声を荒らげるラクネス

 しかし、その拳は再び俺を殴ることはなかった


「まぁ、仕方ないですよ」


 そうなだめるフィレム


「ここに埋め込まれてるゼナイト石見る限り属性は火か、いいセレクトだな」


「そうです、水と聞いて補える属性の方がいいと思ったので」


「とりあえずありがとう、嬉しいよ」


「響さんもこれで頑張ってくださいね!!グラドが何を企んでいるのかまだよく分からないので」


「お前らグラドとなんかやらかすのか?」


「詳しいことは私たちもまだよく知らないんですが、響さん絡みで色々あるらしくて...何か知っている事があれば教えて欲しいんですが」


「なんとも言えねぇな、この転生騒動の後にグラドはだいぶ大人しくなってる、まぁ嵐の前の静けさとも言えるかもな」


「そうですか、色々とありがとうございました」


「ああ、ありがとう、そういえば勘定ってどうすれば...」


「んなもんサービスだバカ野郎!!とっとと行け!!」


 言われるがままに外に追い出されてしまった


 フィレムはおもむろに老師からの手紙を開く


 その時


 遠くから女性の叫び声が聞こえた






「この声...どこかで...」

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