第3話 ここは俺らのナワバリだ

 ドアに手をかけたまま思考停止している俺を

 フィレムは不思議そうに見つめている


「開けないんですか...?ドア...」


「フィレム...俺は昔....ここに来たことがあるかもしれない」


「ええ!?そんなわけ...現世に生きる響さんがどうして...?」


「分からない、ただ今...ここで結婚式を挙げた記憶が飛び込んできたんだ...前からも少し既視感があった...クリエイドラクションもヴァイヘリスも」


 唐突だが俺には幼い時の記憶があまり無い

 突然両親がいなくなり、祖父母が俺を育ててくれた

 学生時代はそれなりに過ごしていたのだが

 やはりどう頑張っても具体的な事が思い出せない

 社会人になり、いつかは気にならなくなるだろうと思っていたが...


「私からは何も言えません...というよりも正直言って分かりません...」


「そうか、俺も期待はしていなかった。ただ、記憶が飛び込んできたそれだけ知っていてくれ」


 教会の重いドアを開けようとした時


「勝手にヴァイヘリスに入ろうとは、命が惜しくないのかい?」


 後ろからお調子者のような声が話しかけてきた


「誰だお前は」


「俺かい?俺はレジアム....レジアム・K・ハイドルト、獣人族『狼の種』第37血統」


「どうしてヴァイヘリスへ入ることを....」


 フィレムが慌てて俺の口を塞ぐ


「おや、そっちのお嬢ちゃんは察したようだね」


「フィレム...?どうした...?」


「レジアム...クリエイドラクションで働く闇組織『グラド』の一味です...」


「ほう...妖精族にまで知られていたとは....嬉しいねェ.....」


 ニヤリと少し上がった口角は俺の背中を震わせた

 その風貌はスラッとしており、肌は青白く透き通っている、耳は頭頂部から突き出ており、牙が口元からは見えていた、毛並みは揃っており綺麗だった

 見ての通り獣人だ


「まさか...貴方方の一部まで転生に巻き込まれていたとは...」


「そうだなァ...俺らとしても完全な異常事態『イレギュラー』だ....この転生を利用するかしないかがアンタらとの違いだな」


「利用だと....?」


「細かい事はボスに口止め食らってるし、まだ分っかんねぇ事も多いからなァ~」


「ヴァイヘリスへは何故入ってはならない?」


      「ここは俺らのナワバリだ」


 低い声でそう言い切ると同時に目の前からレジアムが消える

 空気を切り裂く音が聞こえた瞬間に

 俺の首へと爪を立てていた

 冷や汗がにじみ出る


「やめて!」


「ハァ....出来るだけ手荒な真似はしたくねェ...」


「フィレム...大丈夫だ...」


「ヴァイヘリスへと来た理由は?」


「知らねぇよ...この妖精族のフィレムの老師が来いって...」


 息を飲み話を続ける


「フゥ...いくら闇組織の幹部の一人だからって無益な殺生は好まない、今回は見逃してやる、ただ、次出会った時お前が俺の邪魔になる存在なら」


    「殺す」


 そう言い残すとレジアムは消えた

 まだ首筋には感覚が残っている


 老師は闇組織のナワバリと知っていて俺らを招いたのか

 老師は何故この教会を指定したのか

 老師は一体何者なのか


 分からない事が多すぎる....

 フィレムも何故話してくれないんだ...


「怪我は?大丈夫?」


 心配そうにこちらを見つめる


「ああ、大丈夫だ...」


 ひとまず一命を取り留めたことを理解し

 上の空でぽつりと呟きながら

 教会のドアを開ける


「レジアムに目をつけられたのによく生きていられたな」


 低い声が教会の静寂を切り裂く

 牧師の格好をした老人が一人

 ステンドグラスを通った光に照らされ

 正面奥に立ち、こちらを見つめていた


 あの老人...

 あの結婚式の記憶の中で...


「やっと会えたのぉ...ヒビキよ...」

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