3.種明かし/対究極個体複製人間

 1イー0リン0リンは耳に指を当て、小さく震えていた。その光景を俺は束縛されながらも見るしかない。

 幼少期に家で飼っていた犬が亡くなった時のことを思い出す。俺が生まれる前に飼っていた犬だったから、死ぬのも早かった。だから彼への想いは詰め込まれていて、老衰で亡くなった時は学校を数日休んだのだ。

 そんな自分の姿に似ているような気がしたのだ。


「……来るのか」

「来たよ?」


 低い男声を遮る、女声にほど近い声が聞こえた。100が目を見開いて、その声の主を見る。

 雪の流れる川の如き髪を持つ、苔色の瞳の青年。私服である、サイズが合わない無地のTシャツに灰色のジーンズというだらしのない恰好。まるで親友の質問に気軽に答えるような軽薄な姿には、余裕よりも呆れを覚える。

 風見鶏かざみどりナギサ。我が親愛なるクソッタレな所長だ。


「いやぁ、中々厄介だったよ。質はともかく、数はいた。ざっと四十はいたんじゃない?」

「……俺以外を全て殺した手際。流石はパーフェクト・セカンドと語られるだけはある」


 不敵にも笑みながら、ナギサはゆっくりと前方に聳え立っていた柱からこちらへ近づいてくる。

 右手に握られている武器は……簡易携帯兵装、キューブ。原理は割愛するが、言ってしまえば簡単に武器を取り出せる対能力者兵器。彼のそれは最もシンプルな剣の姿をしている。青白い光を纏っている状態から、あれが本領を発揮できる解放形態であるのは理解した。


「はははっ。まぁ、自称はしているけどね。でも意味、履き違えてない?」

「……完全から二番目。最上の存在よりも二番目の実力者と聞いている」

「あぁ、違う違う。そんな大それた名前じゃないよ」


 ナギサは自身をそう自称していた。100と同じく、俺も最初は自惚れからくる渾名だと感じていたのだが、彼の口から放たれるのはそれ以上に厄介な言葉。


「不完全。未完成。それが一番の意味だ。完成しちゃったら、それ以上になれないからね」


 ナギサという男を語る上で忘れてはいけないのは、この男の向上心と成長を望む心構えである。

 彼はどのような分野にも手を出しては、その分野を身に着けてきた。先天性の異能はともかくとし、魔法の分野を探し出しては学び会得し、キューブの技術を探せばそれを使えるように適合した。

 それを今でも続けている。彼はこの世界の全てをその手で手に入れるまで、無限に成長をし続けるつもりなのだ。ゆえに完成などなくパーフェクトゆえに不完全セカンド


「しかし、そう言う意味では君も僕に近いかもしれないね。少々、いや大きくその性質は違うけど」

「どういう意味だ?」

「うーん、では互いに種明かしをするとしよう。君も、大体僕の力を・・・・理解している・・・・・・だろう?」


 ナギサは右手に持った光の剣を床に突き刺して、両手を上げる。だが、その姿に油断は無い。彼の恐ろしい部分はその行動と心理が乖離している点だ。

 しかし、100がナギサの能力を理解していると、ナギサはそう言った。先程まで、ここで俺と会話していた彼が。ましてやナギサの能力は理解するのは難しいはずなのに。

 そう、俺が怪訝にしていたのをナギサが見たのか、彼はアイドルのようにウィンクを向けてくる。馬鹿にされた!?


「ではまず僕から――僕はこの廃工場で幾度も戦闘を行って違和感を感じた。どうにも、最初の敵を除いてはこちらの手の内を理解しているように、僕の能力の弱点を見透かした攻撃をしてきた。サプレッサーによる銃撃。、ナイフによる近接戦闘、スモークグレネードを利用した一斉射撃、とかね」


 逆に言えば彼はその攻撃を無傷で掻い潜ってきたわけだが、そこに驚きはあまりなかった。彼の能力は勿論弱点はあるが、それを他の力で庇うことができる。

 今回の場合で言えば、スモークグレネードは彼の異能を思えば厄介であるが、死神のイザがいればどうにかはなるのだ。


「あまりにも、的確だった。無線を使っているにしても、あまりにも。だからここで仮定を一つ。君たちは仲間内で状況を共有できる異能を持っている……どう?」

「……違うと言えば?」

「違わないよ。確証はある。けど、それは後だ」


 ナギサは焦らすように結論を先に延ばす。彼はあくまで、最後まで自分の言葉を言い終えてから問うのだ。逃げ道を消しながら。


「しかし、それはおかしい。たとえば、君が感覚を共有できる異能を持っていたとしても、相手が同じ異能を持たないとまともに機能しないはずだ。ましてや全員がそうならないと、この仮定は成り立たない」


 異能は認識の力である。ナギサは説明を省いているが、異能は使用者の認識に由来する。念動力サイコキネシスという一般的にも知られている言葉があるが、あれは物を認識しないと動かすことは難しい。ようは視覚を軸になる異能なのだ。

 しかし、それでは感覚共有の異能――シンパシーは条件に合わない。認識には幅があれど、この場合は五感を共有するということだ。そんなのは、同一人物でない限り不可能――同一、人物……。


「というわけで、第二の仮定だ。君の顔をハッキリ見て確証したんだけど、君、複製技術クローン人間だよね?」

「……違う」

「違わないよ。だって、四十人も同じ顔の人を殺せば嫌でも覚えちゃうもん」


 100の声が決定的に震えたのが聞こえた。

 クローン人間。生命の僅かなパーツを使い、複製する技術は太古より研究されていたとされる。そしてそれらが近年の科学で成熟されて形となった――禁忌なりし、人間をも複製を可能としたのだ。

 今この世の中に、一体どれほどの同一人物がいるかは解らない。それほどクローン技術は形となっている。勿論、一般社会には浸透していないが、いるにはいるのだ。


「というわけで、これで成立する。君たちは仲間を全て自分であると認識し、知識、経験、感覚を共有した。なぜならば、全て一つの個体から造りだされた複製だからだ。異能もコピーされ、共有能力はネットワークを形成する。だから、僕との戦闘データは全体に共有されて対策を練ることができた。ゲームの攻略と同じだね。当たって砕けて学習する」

「……そうだ。俺たちは、個から生み出された複製。お前のような、究極の一である存在を殺すために作られた、未熟なる百だ」


 経験と知識が積み重なって、一つの難題をクリアできるように。

 100のクローンはその命を砕きながら、ナギサへの対策を学習する。100がここで俺を守っていた理由が解った。彼は、ここまで散ってきた同胞たちのデータを持って立ち塞がる、対ナギサ用の戦士。複数を以て一を殺す、最後の一。


「だが、なぜそこまでの推測が立てられる。お前は、音を軸とした異能とその青く光る剣を扱う。それだけだ。だというのに……」

「それだけ、じゃないよ。それに、これはただの光の剣じゃない」


 突き刺していた青い剣を気軽に引き抜いてみせる。しかし構えると思えば、親友に物を自慢するように剣を振って見せるのだから、この男に緊張感は無いのだろうかと不安になる。


「ウィズダム・ピラー――和訳すれば、これは叡智の簒奪者と呼ばれる。剣は人が作り上げた命を奪う道具だけども、これはその先にある叡智をも奪う。まぁ、残念ながら有機物の情報を奪うのは厳しいんだけど……死んでしまえば、それはもう無機物だから」


 殺してしまえば、それはもう生きていない。

 叡智のウィズダム簒奪者・ピラーは、人の命を奪うことに特化する攻撃性を有し、尚且つ人のこれまで得た情報を奪うことにも特化している。まさに人が産みだした業。その極致。青は生物の海を意味し、光は彼らの生きた情報を意味する。

 それを使って、ナギサは傭兵の情報を会得した。全てが共有されるのだから、得られる知識もまた同じ。ゆえに確証を持つ。100がクローンであることも、能力者であることも。


「我が同胞の頭に突き立てたのはそのためか」

「挑発半分、簒奪半分かな? とおる君の場所がどこかも知りたかったし、黒幕も知りたかった。ありがとう」

「謝辞などいらない。お前の能力は理解した」

「あー、音源支配サウンドオンリーのこと? まぁ確かに、弱点はバレちゃったよねぇ。端的に言えばあれ、音を放つ物体のコントロールを奪うだけだし」


 簡単に言ってくれるが、ナギサの異能は俺が知っている限りでも厄介な部類だ。

 音源支配サウンドオンリー。ナギサの耳と目が音を認識した場合に発動される異能。条件は厳しい反面、この世に音を放たない物体はそうはない。認識できる距離、聞こえる音量でさえあれば、彼は万物を支配する。

 大抵、一度それを知ると対策が必要になる程度には厄介だ。何せ、認識できない状況を作らないとならない。だからこそ厄介だ。切り札を封じることが容易なのだから。


「君は本当に似ているなぁ。一つの力に拘るのではなく、様々な手段を持っている。方法こそ超常的ではないけれど、君は今でも僕を超える手があるわけだ」

「おかげでな。悪いが、死ねない。コーヒーを飲む約束があるんでな」

「……そうかい。ではその残りの命を――全力で殺してみせよう」


 最後の言葉だけ真剣味を持たせて、風見鶏ナギサは簒奪の刃ピラーを100に向けた。

 命を奪う時、ナギサは二つの表情を見せる。一つは作業として命を殺す時に見せる笑顔。もう一つは命に敬意を表して命を殺す時に見せる真顔。

 今は――後者である。目の前の複製人間の言葉を認め、彼は一人の人間として殺しをする。そう、そのはずだと俺は信じる。


「その挑発、受け取った――」


 100はそう短く言い、左手にナイフを、右手に拳銃を握った。俺に突きつけたコルトと呼ばれる拳銃。たったそれだけ。それが彼の同胞が見出した、ナギサ攻略への最善手。

 刹那。空気は一度死に、吐息だけが生ける空間となった――少なくとも、命を奪ったことがない俺にはそう見えた。

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