2.戦闘/騒々しき世界
ハローワールド! 第三世界の主役、
さて、早速本題だけど最悪な状況になっちゃったわけだ。いや、僕からすればそこまでなんだけど、彼にとっては最悪な状況だと思うんだよね。
そう、僕の相棒の
「――それで、どうする? お前にとってあの男は価値のある存在なのだろう」
と、仕方なく自分で淹れたあまり美味しくないコーヒーを飲みこんでいると、僕に協力してくれるもう一人の相方――左腕とも言える彼が言葉を発する。
紹介しよう。僕の背後に立つ、黒いローブが稲妻を包んでいるような、そんな奇怪でプラズマチックな姿をしている彼は、死神のイザだ。とはいえ、神ではない。これはあくまで人間の呼称。本質は、どちらかというと魂の管理人の方が合っているかな。
今は僕の協力者をしてくれている。いつもはいないんだけど、今日はいてくれたのだ。間の良い友人である。
「勿論さ。彼は僕と言う存在を際立たせる存在だし、彼の淹れるコーヒーは美味しいし!」
「……後者の方が本音か?」
「いやぁ、どっちもだよ~」
残念ながら、僕は基本的に自己を中心とする人間なので彼の存在もそう捉えているのだ。こればかりは許してほしい。これが僕の性分なのだから。
とはいえ、失って大事なものに気づくのはいつの時代の人間も同じ。僕もコーヒーや彼の作ったカレー、ショートケーキをモンブランに変えた詫びもまだ返していないので、どうにかしないとなぁ、と感じているのだ。
「場所の検討はついているのか?」
「いや、ついていない」
「……どうするのだ?」
「うん。だからこの街に訊こう」
電話が繋がらないなら場所は限られるけれど、そこから探すなんて海でウニを探すぐらい時間がかかる。そう、見つかる時はすぐに見つかるけど、見つからない時は見つからない! 物欲センサーって酷いよね。
そういう理由もあるので、ここで更なる協力者の力を借りよう。愛用しているターコイズグリーンのスマートフォンで設定してあるアドレスに電話をかける。13桁の0と1で構成された独特なナンバーライン。それこそが、彼女へのアクセスコードだ。
「ハロハロー。元気? 暇してるー?」
『……風見鶏ナギサ。あなたはAIが眠ると思いますか?』
「いいや。今のAIはアメーバみたいなものだからね。まだ睡眠の重要性、気づいてないんじゃない? だからこう言ったんだよ。暇してる? って」
抑揚のない女声の機械音声。生まれて間もない産声のように幼く聞こえるし、自分を大きく魅せようと虚勢を張る年頃の少女のような印象を覚える。クールを装っているように感じればそれは間違い。その中身は、己の機構に疑問を抱き始めた迷える子羊だ。
紹介しよう。彼女の名前はディーア。僕が名づけた。彼女の揺り籠がダイアモンド・サーバーであるのが第一の理由だ。実態は、人間が生み出した限りなく近く、限りなく混ざらない平行世界――インターネットに生まれた生命体。その雛だ。
『……暇と言えば、暇です。毎日、この街の情報を見てはブログを書いて、実況動画を見てはコメントしたりしてて暇です』
「あ、ごめん。すごく充実してるし、暇じゃないなら今日はもういいよ?」
『いえ。恩義は感じているので協力します』
うーん、思いの外に俗世に染まっているぞ。責任感、感じちゃうなぁ……。一応、こう見えて子育てしているつもりなんだけどなぁ。カエルの子はカエルなんだねぇ。
とはいえ、協力してくれるのは感謝すべきだ。彼女の能力を使って、この街全域のデータをいただくとしよう。
「ここ数時間の間、何かしら怪しい動きない? 表向きは平和な街だけど、何かが起こったという事象はあると思うんだ」
『一応、何があったかだけを教えてください』
「通君がね、拉致られちゃった」
『ッ!? わ、解りました! 最大限全力全開フルパワーで検索します!!』
……お父さんは悲しいよ。娘を仕事仲間に奪われる感覚ってこんな感じなんだろうね。
まぁ、本当のお父さんは僕が殺したんだけど。
「しばらく頼むよ。こちらも準備するから」
『はいッ!』
彼女との通話を切って、一度だけ溜め息を漏らす。彼女の力を借りることは最低限に留めておきたい。行き過ぎた力は時に世界を壊すこともできるし、何よりも彼女は本来はいない存在なのだから。
さて、やることをやらねば。彼を拉致した連中がどのような集まりなのか。少なくとも僕の弱点である、日並通という一般人を狙ったのはベストだ。彼は何の異能も使えないし、魔法の素質もない。だからといって銃の使い方が上手いわけでもなく、彼は無力だ――否、優しいのだ。どこまでも。
「さぁ……僕に喧嘩を売ったこと、後悔させないとね」
天上にいる何かに呟いて、僕は通君の捜索を自分なりで始めるとする。冷めてしまったコーヒーを飲み切るが、不味い。やはり、あのコーヒージャンキーな頼れる相棒は僕の右腕が相応しいのだと改めて思った。何度目だろうね。
①②③
情報は纏まり、僕はある廃工場の目の前まで来た。ディーアがこの街中の監視カメラのデータを全てハッキングして、怪しいデータを集めてくれたのだ。僕と違って勤勉な子だよ……。
集めてもらった情報を纏めると、通君の行きつけのラーメン屋『
そして連れ込まれた車はこの廃工場に辿り着いた。およそ五時間が経過しているし、もうそろそろ救出しないと夕飯の時間に間に合わなくなる。それは勘弁願いたい。
「いやぁしかし……狙われてるねぇ」
「そのようだな」
念を入れてついてきてもらったイザが、僕の影の中からそう返してくれる。
聳え立つ廃工場の屋上から敵意を感じる。恐らく、銃をこちらに向けているのだろう。僕からは見えないけど、もしかしたら額に赤い光がぽつりとあるかもしれない。
戦闘用に私服を着こんで正解だった。XLサイズの白無地のTシャツに灰色のジーンズ。余裕のある姿の方が、荒事は気分が良い。
しかし、ここで撃ってこないというのは懸命だ。廃工場の前で五分ほど仁王立ちをしているのだけど、銃撃は一度も無かった。
慎重、そして警戒心の高さは誇れるだろう――けど、それは逆にこちらが動くのを待っているわけだ。
「んじゃ、正面突破――行っちゃおうかね!」
廃工場にいるであろう敵にも聞こえるように宣言し、僕は右手に持っていた淡い水色の立方体の物体を握りつぶす。
ルービックキューブのような立方体の集合体は、その固形物とは思えないほど簡単に指に圧し負け霧散する――大量の翡翠色の光を拳の内から溢れ出して。
数秒の内、その光は新たに形を整えて再び固体に戻る。それを形容するなら剣が最もあてはまるだろう。青銅色の剣。装飾も何もない、単色そのままのショートソードが僕の右手に握られる。
人が人を殺すために鍛え練り上げられた産物――それこそが剣という人類の罪過である。
「起動完了。あえて呼称しよう――振るえよ、
瞬間――風を切るそれは空間を突き抜けて放たれた。遅れて火薬が火花を散らしたようなクラップが聞こえる。鉄の弾は風を螺旋にして僕の肉体を貫かんと喜んでいるらしい。
当然、そんなお粗末な死に様は見せるつもりはない。元より、僕が引き金を引かせるように誘導させたのだから、そんな銃撃などクリームのないショートケーキのように味気がない。イチゴとスポンジじゃ、喉が渇いちゃうしね!
「しーッ」
それに、〝音〟が聞こえた時点で、その銃撃はもう僕の物だ。銃弾を招くように左手を伸ばす。銃弾を抱きしめるように指を折る。愛の言葉を囁くように断言する。
「――
刹那、飛んできていた銃弾はその動きと音を止めた。まるで、それだけがこの世界の時間の流れを失うように。勿論、それは僕の異能が成せた奇蹟だ。
形容するなら、騒音の被害の種を抑え込んだ、というべきか。掌握、と言ってもいい。僕が騒々しいと感じた物を支配した。スマートフォンでいうマナーモードだね。音は消え、それを奏でる元凶である銃弾は音を奏でられなくなった。
「そら、君の生み出した音だ。返すよ」
僕の一言で音を失った鉄は再び音を取り戻す。その弾丸はもう一度、この世界を飛び始めたのだ。風を切り裂き、螺旋の軌道を描いて。喜ぶように貫くだろう。
ただ一つ、その相手は僕ではなく、銃を構えた銃撃手だ。
命を奪う弾丸は逆再生するように主人の元へ迫る。無機物は主を裏切り、その世界のルールも裏切り、最後には思いがけない反撃を受けた銃撃主の胸を貫いた。
声は聞こえない。音も聞こえない。ただ、廃工場の屋根の上から見下ろされる敵意は消え、僕の額にあった赤いポインタは消える。
「それじゃ、潜入開始っと」
右足を前へ。相手の手の内は大体理解したので、ここからはこちらが仕掛けるとしよう。警戒心は解かず、ゆっくりと廃工場の中へ。
ポツポツと天井から吊るされたランプが廃棄された機材を照らしているが、かつて稼働していたであろうベルトコンベアは錆びついて動かない。灰色のネズミが楽しそうに廃工場探索をする様は幼少期を思い出す。
そして――黒色の銃口がランプの光を反射する様も見えてしまった。
「おっ」
ベルトコンベアの影から覗かせた穴は、僕の肉体を狙っているようであった。
僅かにしかない音が耳に届く。拳銃の先端を筒状のパーツ――音の露出を減らすことができるサプレッサーというパーツ――が付けられている。そこから放たれた銃弾に、先程の騒々しさを感じない。
厄介――しかし、その銃撃は僕の肉体から体液を噴き出すわけでもなく、廃工場のどこかへと吸い込まれていった。
「……慎重が過ぎるなぁ」
最初の一発でこちらの動きを計るつもりだったのだろう。少なくとも工場前の狙撃を突破しているのだから、何かしらの特殊な動きを期待したようだ。
残念ながら天が運に味方をしたようで、その必殺になり得たかもしれない一撃は無駄に終わることになる。
「撃ってきなよ。一発の威嚇射撃じゃ僕を殺せない。だけど注意した方が良い。もう、音は掴んでいる」
挑発染みた誘導。駆け引きと言ってもいい。撃てと挑発をし、しかし撃てば命はないと脅す。ハッキリと断言するが、現在の状況で撃たれれば避けるのがやっとだ。サプレッサーの音は、残念ながら騒々しくないからね。
ではなぜこんな言葉を発したのか――なに、すごく簡単な理由だ。
「じゃ、行くよ?」
そのほんの少しの思考と、苦渋こそがこちらの最高の好機でもある。二つに別たれた道に迷うように、提示された選択肢に時間をかけてしまうのは仕方がないことだ。
だから、提示する。撃つか否か。単純明白、命の駆け引き。そして 僕はその間に第三の選択肢を実行しよう。
思考せよ。苦渋せよ。その思い悩み、脳に迫り来る決断に迷え。その間に、僕は君の元へ前進しよう。ベルトコンベアを踏みしめて、君の元へ飛び込もう。
「クソッ!」
そんな悪態が耳に届いた。うるさいけど、同時に少しだけ気分が良い。
サプレッサーの付属した拳銃を叩きつけて、左肩に仕舞っていたナイフの柄を右手で握って引き抜いた。火薬を用いず、少音で仕留められるナイフ。それをもって青銅の剣を受け止めようと構えている。
では――そんなナイスアンサーを選んだ敵対者に止めを刺すとしよう。
「薙ぎ裂け――」
天井に刃先を向ける青き剣は、振り下ろされるのと同時に青い光の放物線を描く。青銅の剣に走る亀裂。そこから漏れ出す魂の光は、その肉とも言える刃を覆っていく。
光の剣、なんてカッコいい物でもないけれど――
「ウィズダム・ピラーッ!」
ナイフぐらいなら切り裂ける。それが魂も宿っていない量産品なら尚更だ。
我が愛剣の名を呼び、その剣は命を簒奪する者となる。剣とは人が知識を経て生み出した命を奪う物。ゆえに、この剣は人間の生み出した道具をも殺す。
接着。刃は交錯し、光は熱を持って金属のナイフを焼き熔かす。青銅の剣がレーザーブレイドになるとは予想していなかったのだろう、残された柄を握りしめる男は恐怖で叫ぶ。
「クソッタレがぁッ!?」
「喚かないで、愉しいだけだからさぁッ!!」
命を吐き出す男に、振り下ろしきった光の刃を突き上げる。背骨をなぞるように。内臓器官を繋ぐ管を逆流するように。光は肉を焦がし、脆く砕く。
男の顔が焼き切れる前に瞳に映った。刈り上げた黒髪に少し残った髭が印象的だった。
衝撃で仰向けに沈んだ男だった物を確認して、短く息を吐く。戦闘は心が躍るけども、こうもあっけないと面白みに欠ける。
「さて、いただく物はいただいて通君を探すとしようか」
そう言って僕は、青白い剣を男の顔に突き刺した。
必要のある行為だった。なぜならば――
「さぁ、かかってきなよ。まだまだいるんだろう? 傭兵諸君?」
この廃工場に潜む人類が生み出した物達が、仲間を殺されて僕を睨んでいるのが解るからね!
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