夕暮れの愛情証明

青キング(Aoking)

夕暮れの愛情証明

 橙に焼けた海を望める高台で、一組の若い男女が水平線へと沈みかけた夕日に照らされていた。

 男の方は、気弱そうで冴えない印象の十五、六の青年である。

 女の方は、身が細い肌白の物腰静かそうな、青年とそう歳の離れていない少女である。

 青年がおもむろに口を開ける。


「体の方はもう、大丈夫なの?」


 少女は目を向けぬまま、上品に答える。


「ええ、痛いところもありません」


 二人の間に、沈黙が訪れた。

 二人はしばらく、口を閉ざしていたが、やがて青年の方が沈黙に耐え難い顔をし出した。

 その横顔を目にして、少女が控えめにクスッと微笑を漏らす。


「……何で、笑うんだよ」

「あなたのその顔を見てると、知らずに笑いが出てきてしまって」

「そう……か」

「そうですよ」


 少女は優しい目をして、口元を緩める。

 夕日が二人をいまだに照らしていて、海がさざ波を立てる。


「あのさ」

「なんですか?」


 青年は何かを言おうとしたが、少女の微笑みを前に言葉が喉元でつかえて俯く。

 やはり気弱であった。

 青年を見つめている少女の瞳に、少々呆れたような色が窺えてくる。


「あなた?」

「なっ、なに?」


 何の前触れもなく思慮深げな声を掛けられて、青年は顔を挙げてうろたえる。


「こんな病床にいた私の隣に、いつまでも居てくださる人はいるのでしょうか?」

「いるよ……」


 青年はまた何かを口に出そうとしたが、胸に詰まって憚られた。

 子供を見守る親のように少女は、彼の言葉を待ったが、ダメだと踏まえて哀切に呟く。


「私はダメな女です。たった一度も人の想いを受け止めたことがありません。こんな女を貰おうと考える人なんて、見つからないかも知れません」


 少女の呟きは、青年の心にスッと深く入っていった。

 彼女を守りたい、と思った。

 それは彼女の傍にいたい、に変わった。

 そして、夕日が青年の望みを熱く照らして、

 海が青年の心を浮かべて、

 感情を体に現現させた。

 突然のことだった。

 青年が少女の華奢な体を力一杯抱きしめた。


「あな……た?」

「君を誰にも渡したくない! ずっと存在を感じていたい!」


 次は、少女がうろたえる番だった。

 それでも少女は変わらず、物腰静かに言った。


「ええ」


 彼女にとってこれが人生で初めて、愛する人に示された愛情だった。

 抱きしめたまま黙りこくった青年の背中を、和やかに擦った。


「ええ……」


 確かに受け止めました私も愛しています、と心の中でこっそり返事をした。

 彼女は、初めて想いを受け止めることができた。

 夕日は沈みきり、海が暗い青色に変わっていた。




 





 

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