第2話

 彼女が仕事から家に帰ったのは、十九時を十分ほど過ぎた頃だった。家には誰の姿もない。

 彼女の家は、ありふれた分譲マンションの三階にある一室だ。特に際立つ調度類はないが、場違いな黒く異質な置物が部屋の端に鎮座していた。仏壇である。

 ダイニングテーブルに持っていた物を置いて、まっさきに仏壇の前に正座した。


「ただいま、あなた」


 仏壇上の写真立ての中の大好きな彼に、帰宅の言葉を熱っぽい目をして告げた。


「すぐにご飯、用意しますからね」


 まるで目の前に彼がいるかのように言って、彼女は仏壇の前から立ち上がりキッチンに向かった。

 危うさのない慣れた手際で料理を二人分作り上げ、仏壇にそっと供えて微笑む。


「今日は唐揚げにしました。昨日焼き鮭だったので、連続で魚は嫌がるかなと思いまして。唐揚げは私の自信あるおかずの一つなんですよ。冷めないうちに食べてくださいね」


 傍から見れば夫婦のよくある会話にしか聞こえないが、彼女には一度も夫がいたことはない。

 でも、夫になってくれるはずだった人は一人だけいた。そして、彼女はその一人を愛している。

 神様は素敵だ。彼女と彼を引き合わせたからだ。

 人に愛という信じるに値する偶像をもたらしたのは、他にいない神様だ。

 神様は人を幸せにしようと、図ってくれている。

 憎むことなど何もない。憎しみは争いの生産工場だからだ。

 ただその理屈は、彼女の慰めの方便に過ぎないのだが。 

 

  



  







 


 

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