第3話
彼女の職場は、市内にあるコンビニのレジだ。
高校を卒業し、この仕事を始めて早五年。様々な人と会ってきた。
精算のために通るだけの何もない関係だが、彼女は通っていく一人一人に毎度毎度燦々とした笑顔を見せていた。
しかし近頃、愛する彼を亡くした悲しみがレジで立っているときに津波のように押し寄せてきて、彼女のぽっかり欠けた心の穴に深く入り込んでいくのだ。そのためか彼女の笑顔が仕事のマニュアルに乗っ取っただけの、念のない空虚なものに変わっていた。
「ありがとうございました」
レジで精算済まして店を出た男子学生の背中に、彼女は無理に笑ってそう言葉を浴びせる。
入り口の自動ドアのガラスから姿が見えなくなった瞬間、表情筋の全てが緩んでもの悲しい表情になった。
「最近、仕事してて辛そうだね」
レジの奥にある倉庫から丁度出てきたところの、店のエプロンの左胸に店長と記されてあるネームプレートを付けた、彼女より二三歳程度年上の黒縁眼鏡をかけた細身の男性が、彼女に背後から心配げに声を掛けた。
「やっぱり立ち直れるまで、仕事休むべきだよ。無理してるでしょ?」
「大丈夫です。私はいたって、いつもと変わりませんよ」
店長は困った様子でこめかみ部分に手を当てて、
「仕方ない……」と呟いて、彼女を厳しい目で見据える。
「店長命令だ。明日は土曜日だ、一日休め」
「わかりました」
彼女は突然の命令にも動じることもなく受け入れ、胸ポケットからメモ帳を抜き出してカレンダーの欄にペンをスラスラ走らせた。
「で、だな」
店長があからさまなに何か言いたげなを顔をして、
「一緒に買い物しないか」
「そうですか、私は構いませんけど。店長も休むんですか?」
「まぁ、有給あるしな。君の元気がない、とスタッフ全員が心配してたぞ。息抜きにどうだい」
顔色を探り探り誘う店長に、彼女はしばし考えるそぶりをしてから、
「お誘いを受けたいと思います。それで、何時頃待ち合わせをします?」
「それは後で。今は仕事に集中しよう」
二人が話をしている間に、彼女が受け持つカウンターの前に店の弁当を持った老婦人が佇んでいた。
彼女は急いで自分の仕事に取り掛かって、老婦人の会計を板についた手際で行った。
店の出入口に向き歩き出した老婦人に、無理矢理浮かべた笑顔を振り向けて、マニュアルに殉じた感謝の言葉を口にした。
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