第二十話 空白

 コンペウスの『ベーデル』、ヘリロイのトマス、『ザラマ』の『グスターブ』などが世を去り、大陸世界は英雄『空白』の時代にあった。

 けれども時代は、ついに多少のうねりをともなって動き出し、英雄が生まれる舞台を急速に、着々と、整え始めていた。


「戦の相手は『アンテラ』か?」


 ソラは神妙な面持ちで尋ねた。


「ご名答」


 彼女は人差し指で、宙をちょいと指して、肯定した。


「父の努力は無駄になったか」


 『アンテラ』とはハノンフェルトにおいて、タイスに次ぐ勢力を誇る族である。


 もちろんだが、遊牧民族は『領土』というものを明確には持っていない。ただ、『ここからここまでは、どこどこの族』といったような『行動範囲』めいたものはある。

 それは、族と族の間できっちり取り決められたものもあれば、暗黙の了解に近い曖昧あいまいなものもある。


 アンテラとタイスは行動範囲と行動範囲がぶつかり合う位置関係にあり、ゆえに、しばしば対立していた。

 彼らはヘイムリトンによって、一時期はタイスの支配下に置かれたのだが、彼がくと再び独立。ソラの祖父が族長であったころ、タイスとアンテラの間で大規模な軍事衝突が起こった。結果は、両者痛み分けだった。

 穏健派であるソラの父サインが族長になると、彼はこれまでの族の方針、つまり『アンテラとの対立路線』を完全に転換し、関係改善に力を尽くしていたのだ。


「ミライが長として立ってから、状況が変わっちまった」


 カナメはパンを口一杯に頬張りながら、言った。


 ――大事なことを話しているのだから、少し食べるのをやめてもらいたいな……――

 と思わないでもなかったが、また話が逸れてしまっては困るので、少年はぐっとこらえた。


「ミライ? やつは次男坊だろう。長男のバラはどうした? まさかとは思うが……」


 ソラは頭の中で、兄弟同士の骨肉の争いを想像した。


「安心しろ。バラはここしばらく体調を崩しがちで、とても族長としての役割を果たせそうにない。だからミライが跡を継いだのは、兄貴も納得の上だそうだ」


「そうか……」


 ソラは胸をなで下ろした。

 

 ヘイムリトンが実兄の『ハライ』をころして、族長の座を手に入れてからというもの、遊牧民族の中では『兄を押しのけて、弟が長になる』という出来事は非常に警戒されるようになった。幸い、今回は穏便な世代交代だったようだが。


「大丈夫。ヘイムリトンの後継者はお前しかいないって」


 彼女は、さらっと、とんでもないことを言った。


「まだそれをいうか」

 

 そう。過去に、


「お前は、ヘイムリトンの再来かもしれんな」


 という言葉を言い放ち、家中に緊張をもたらしたのは、このカナメである。

 あまりにも無粋な言葉だが、あのときの彼女はまだ十一歳の少女。己の言葉の重さを深く考えられる年齢ではなかったので、正直仕方ないことだった。

 

 しかし今の彼女は、といえば、二十一。

 もう分別がついていなければならない年齢である。

 

「ああ、あのときの軽率な発言は本当にすまなかったと思っている」


 ソラが渋い表情を浮かべたので、さすがのカナメも口いっぱいの食べ物をごくりと飲み込んだのち、頭を下げた。

 まるで、たった今の発言は軽率ではないかのような物言いだった。


「いや、昔の話はもういいさ。問題は今のことだ。さすがに、俺のことをヘイムリトンの再来扱いするのはやめてもらいたい」


 こう言われて、カナメは、いったんは口を開きかけたが、止めた。

 なにかを、ためらっているようだった。


 ――いつもずけずけと、物を言うこいつにしては珍しい。また、とんでもない発言が飛び出すのではないか?――

 ソラは少々、身構えた。


 しかし、彼女の口からようやく出たのは、存外考え抜かれた言葉だった。


「でも、族を離れて、別世界でしばらく暮らしてみて、思ったんだ。あたしの考えは正しいって」


「俺がヘイムリトンの再来だという考えか?」


「いや、違う。ヘイムリトン自体のことさ。ヘイムリトンって、本当に『虐殺者』っていう安い言葉で片づけていい男なのかなって」


 目線を泳がせているソラにも構わず、彼女は続ける。


「農耕民と話すと、彼らは今でもヘイムリトンをひどく恐れてんだ。で、やつへの恐怖は、すなわち『タイス族への恐怖』、もっといえば、『遊牧民への恐怖』だろ? 遊牧民のあたしたちが今まで、比較的ぬくぬくとやってこられたのは、やつのおかげじゃないのかな?」


 ソラは何も言わない。いや、何も言えない。確かに、彼女の言う通り、ヘイムリトン登場以降、農耕世界から遊牧世界へ攻撃がなされることは、ほとんどなかった。


「あたしは、やつもやっぱり『英雄』だったと思うんだよ。そのことはお前のほうが分かっているんじゃないか? 他の無知な連中はともかく、お前はなぜヘイムリトンを毛嫌いする?」


 彼女の推測は当たっている。


『ヘイムリトンは、彼の攻めたい場所を攻め、彼の奪いたい物を奪い、彼のころしたい者をころした』。


 ヘイムリトンの行動を端的に説明した名言である。いかにも私欲にまみれた男という感じである。


 しかし、物事というのは表があるのならば、必ず裏もあるわけで、彼には彼なりの理由があったのだ。戦史研究を欠かさないソラはそれを重々承知している。


 彼の行動を、『兄をころし、族長の座を手に入れる』、『農耕世界に侵攻する』、『アルパ城周辺において、虐殺を行う』という三つに、大雑把ではあるが、分けるとする。


 まず、兄ごろしの件。

 この行動は彼の独断ではなかったはずだ。タイス族民は血の気が多い。もしヘイムリトンが己の欲のためだけに動き、族民の多くが前族長のハライに心服していたならば、彼らも黙ってはいない。

 しかしヘイムリトンの族長就任の折、タイス内部が割れて争った様子も、あるいは反対派が造反を起こした様子も一切ない。


 つまるところ、『多くの族民が、ハライよりヘイムリトンが族長になることを望んでいたのではないか?』としか思えない。ヘイムリトンは少年時代より、賢い上に、勇猛であったという。『族長にはハライよりヘイムリトンのほうが相応しい』というのが族全体の総意ではなかったか。『ヘイムリトンは他の族民の強烈な後押しに従い、兄をころした』。そう考えられるのだ。


 次に、『農耕世界への侵攻』である。

 

 人に、『遊牧民とはどんな人たちか?』と問うと、

 『町や村など、特定の場所に定住することなく、羊や牛などの家畜に草を食べさせながら、一定の『行動範囲』の中を次々と移動していく者たち』といった趣旨の答えが返ってくるに違いない。


 その答えから『農耕民と違い、何にも縛られることがない、自給自足の生活を送る人々』を思い浮かべる人は少なくないだろう。

 が、実際の遊牧民はそんな印象とは真逆である。

 彼らは農耕民に乳製品や毛皮、馬などを売り、代わりに穀物や高価な装飾品を買う。また交易路の支配権を握り、そこから『税』という名の莫大な通行料を得ていた。

 遊牧世界は、非常に農耕世界に依存しているのだ。


 例えば、タイス族は、俗に『原っぱの道』と呼ばれる交易路を支配している。ここは農耕世界の北東と南東を最も速く、かつ安全に繋ぐ道だった。

 原っぱの道を通らない場合、険しい上に、山賊が多い山地帯を越えなくてはならなかった。それならば、高い通行料を払ってでも、この道を使用したほうがよいという商人は多い。


 ヘイムリトンの誕生前後、農耕世界ではキュクロス帝国が全盛を誇り、諸国を統制していた。

 キュクロスは調子づいて、様々な物の価格を操作した。『物価の操作』というのは当時としては、非常に斬新な政策である。けれども、その画期的ともいえる手法が、もたらしたのは、破滅的な結果だった。


 この政策によって、毛皮や馬の値が落ち、穀物や衣類の値が上昇してしまったからである。そう、輸出品は安く、輸入品は高くなり、遊牧世界側が交易で見るからに不利になったのだ。


 キュクロス帝国はあろうことか、さらに遊牧世界を刺激する。

 それが『アルパにおける築城』である。山地に建てられたこの城を中心に、森林を切り、山を削り、遊牧民族に頼らない、新しい交易路を形成しようという計画だった。


 こうしたキュクロス帝国のふたつの行動から、ヘイムリトンによる農耕世界侵攻が起きてしまったのだ。

 彼個人の欲というより、遊牧民全体の利益のためという意図が見えてくるだろう。


 最後に、悪名高い『アルパ城の虐殺』だが、今までの考察で、すでに『答えの半分』が出ている。

 ヘイムリトンはアルパ城を攻め落とすと、兵士のみならず、その周辺地域に住む人々を次々と撫で切りにした。

 

 『見せしめ』である。


 キュクロス帝国による遊牧世界刺激の象徴、アルパ城を破滅させることで、


「次に我々に不利な政策を採ってみろ! 今度はこの程度では済まさぬ!」


 という警告を彼は発したのではなかったか。


 さきほど書いた『答えの半分』は、以上だ。

 

 半分がどちらかといえば、政治的な要素だとすれば、もう半分は、軍事的な要素である。

 

 諸国からの求心力を集めることに熱心であったキュクロス帝国だ。この挑発的ともいえる残虐行為を行った敵を、おめおめと返すわけにはいかない。急ぎ、兵をかき集め、これに挑んだ。

 アルパ城の虐殺に秘められた、ヘイムリトンのもうひとつの狙いは、『典型的な敵主力の釣り出し』だった。

 

 そして大戦の結果は、引きずり出されたキュクロスの敗戦。

 確かにキュクロスに直接止めを刺したのは、ずっとのちの時代の、『ザラマのグスターブ王』である。けれども、この敗戦から軍事力、経済力、求心力を失い、キュクロスはゆっくりと衰退の道をたどっていく。


 少々蛇足だが、侵略された側の農耕民族はともかく、なぜ遊牧民族の間でもヘイムリトンが『非道な虐殺者』という扱いを受けているのかであるが、それはおそらく彼が実の兄をころしたからだろう。兄ごろしを『英雄』として賞賛してしまえば、今後もヘイムリトンにならって、兄弟を蹴落として、権力を手にしようとする者が出かねない。ヘイムリトンの評判を落とすことで、内紛の可能性を少しでも減らそうとしたのだろう。


 以上のように、少なくともヘイムリトンの行動は、彼の個人的欲望だけから発生したものではないのは明白である。カナメの、『なんとなくそう思う』という次元の話ではない。もっとはっきり、ソラは認識している。ヘイムリトンもまた、時代に望まれた英雄のひとりであるということを。


 ――なのに、なぜ俺はヘイムリトンを嫌うのだろうか。なぜヘイムリトンにはなりたくないと思うのだろうか――

 ソラ自身、よくわかっていない。


「話を戻そう。アンテラの族長がミライに交代してから、どうなった?」


 わざとらしく咳払いをして、ソラは話を本題に戻す。


「あっ、ごまかしやがったな……」


 カナメは一瞬、じとっとした目をしたが、ソラがあまり不機嫌になっても厄介なので、すぐに止めて、話し始める。


「アンテラが他の族を糾合きゅうごうして、大々的に合同演習をしてる」


 有象無象の遊牧民をまとめるのは、いつもただ一人の、強烈な英雄である。

 先ほど、散々話に登場したヘイムリトンもその例に漏れない。


 ――ミライにも、英雄足りうる器があるということか……――

 ソラはミライについて、聡明そうめいだという噂しか知らない。


「そうして猛者どもを集めて、因縁のあるタイスに攻めてくるかもしれぬと?」


「ああ。少なくとも族長はそう懸念している」


 さて、族長の懸念だが、これは完全に当てが外れる。

 ミライは、タイスを攻めるために、諸族をまとめているのではなかった。

 族長の座について間もないの彼のもとに、ある男が訪れていた。名をルーファー。彼は、北の大国『ザラマ』の、第三王子だった。

 

 『ザラマ』という国は、もとは北にいくつか点在している小国の一つにしかすぎなかった。しかしながら、『グスターブ』という王が立つと、急速に勢力を拡大。北の諸国を、時には滅ぼし、時には属国とし、大陸北部をほぼその勢力下に置く。


 ザラマは、勢いのまま、先ほど触れたように、ときの覇権国であり、中央全域を支配していたキュクロス帝国を滅ぼすまでに至り、それにとってかわった。

 現在、中央はザラマと、亡きキュクロスの有力者が立てた二つの国との争いになっている。

 

 飛ぶ鳥を落とす勢いのザラマだったが、実はソラの留学の一年目に、英邁えいまいなグスターブ王が暗殺されて、跡目争いが起こった。歴史にかんがみると、いかなる名君でもよく過ちを犯すのが『後継者選び』である。グスターブ王も、例に漏れなかった。後継者を公式に定めずに亡くなったのだ。


 自信家の王のことだから、

 ――自分はまだまだやれる。後継者など必要ない――

 と思っていたのだろう。


 そんなグスターブ王だが、子は多かった。母の身分が低く、『王子』にすらなれなかった者も含めて、九人も子がいた。後継者争いは第一王子であるジェラルドと第四王子『シルヴァー』との間で起こり、ついに武力衝突へと発展。他の子供らは、ジェラルドの側に立った。

 

 ただ単に、ジェラルドが、兄弟間で慕われていたこともあったが、もっと大きな理由もある。先王の特別な指定がない限り、第一王子が王位を継承するのは筋であると、考えたのだ。当然の判断である。

 一方のシルヴァーは、母の身分が高かった。彼の母親は、ザラマの属国では最も強大なディアカトルという国の王の妹だったのだ。シルヴァーは、ディアカトル軍の助けを受けて、兄ジェラルドに挑戦した。


 当初は、ザラマ正規軍を掌握したジェラルドが戦いを優位に進めていたが、突如として有力な武将の数人がシルヴァー側に寝返った。しかも、戦闘の真っ最中に。寝返りにあったジェラルド軍は壊滅。第二王子コンティもそこで討ち取られた。

 シルヴァーの逆転勝利だった。彼は現在、ザラマを統治している。

 

 そして第三王子ルーファーは、ハノンフェルトのミライのもとまで、命からがら逃げてきた。なぜ、彼がわざわざ遊牧民であるミライを頼ったのかは、よくわかっていない。しかし、彼らがなんらかの固い絆で結ばれたのだけは、間違いない。


 証拠に、こののち、ミライは諸族をまとめ、ルーファーと共にザラマを攻撃することになる。

 大国ザラマに挑んだ『ミライ』と『ルーファー』、アシュヴィ軍を見事に粉砕した『ゴハク』。

 彼らは英雄空白時代を打破すべく、最初に名乗りを上げた。

 『ソラ』、『ホウテン』、『モルぜヴィッツ』らが彼らに続くのだが、それはまだ先の話である。



「それで、父は俺に帰ってこいと?」


「えっ」


 カナメが頓狂とんきょうな声を上げる。


「えっ、違うのか」


 ソラは己の心が曇るのを感じた。

 

「いや戦争になったら、これ以上の留学資金を工面できないかもって……」


 上目遣いで、カナメは元婚約者の様子をうかがう。


「おい、それだけなのか……」


 わざわざカナメをひとりで、ソラの元に送らなくてはならないのだから、猫の手も借りたいはずである。


 ――それなのに、一切頼りにされていない……――

 ソラは、父の拍子抜けがする伝言に悔しさを感じざるを得なかった。

 もちろん留学資金が送られてこないというのは、死活問題である。

 

 しかし、

 ――俺は期待されていない――

 という事実を突き付けられたのは間違いなかった。


 留学させられたのも、所詮は息子に幅広い視野を持ってほしいという親心から来たもので、族の戦力として数えられていたからではなかった。そもそも、戦力として期待するのならば、自分のそばに置いておき、実践を積ませるだろう。


 ソラは、


「留学でつちかった知識や経験を存分に生かしてみよ」


 と父に、言ってもらいたかった。それだけでよかった。が、思いは叶わなかった。ソラの心を、誰にぶつけてよいかわからない苛立ちが支配した。


「と、とにかくだ。伝えるべきことは伝えた。あたしはエールイアにも用事があるから、そっちに寄ったあと、帰るよ」


 ソラの表情に不穏なものがあるのを認めたカナメは、雰囲気が悪くなるのを嫌うように、明るく、そう言った。


 ソラは彼女の言葉に、はっと我に返って、


「エールイアへ行くのは、やめておけ」


 と、止めた。


「ん、なんでだ?」


 意外にも制止されたので、カナメは少しだけ驚く。


「アシュヴィ軍が攻めてきた。エールイア周辺は、もはや戦場だ。町に入ることすら難しい」


 カナメも国境に漂う緊張感から、

 ――なにかミクトレンに良くないことが起きたのではないか――

 と思っていた。が、そのなにかの正体が戦争だという事実には驚きを隠せないようだった。


「サトは? やつはまだエールイアじゃないのか? そもそもなぜお前の側にいない?」

 

 むろん、カナメはソラの親友であり、従者であるサトのことをよく知っている。幼いころは、三人つるんで、悪さをして、大人に説教されるのが日常だった。くされ縁に近い。


「その件を話し出すと、ひどく長くなるな」


 ソラは立ち上がって、窓の外を見る。夜が更けてから、ずいぶん経つ。

 サトがこの場にいない理由を説明するには、エレンらのことも、不思議な石のことも、すべて話す必要がある。


 ――それでは、夜が明けてしまう――

 と考えたソラは、


「エールイアでの用事とは、火急のことなのか?」


 と、聞いた。


「いんや、ちょうどいいから、コニウェンさんと商売の話でもしたいなって思っていただけだ。戦時中じゃあ、無理だな。忙しくしているだろ」


「では、父に報告に戻らなくてよいのか? 『頼まれた言葉は、間違いなく俺に伝えた』と」


「それも答えは『いいえ』だな。むしろ、情勢的に危険だから戻ってくるなってさ。お前の親父殿は優しいな。羨ましい限り」


 父に勘当された彼女がいうと、妙に生々しい。


「そうか。他に抱えている仕事はあるのか?」


 ソラの意図を測りかねて、多少困惑していた彼女だが、この言葉に、活路を見出した気がして、


「おっ、なんだなんだ。このあたしに、なにか頼みたい仕事でもあるのか?」


 と食い気味に尋ねた。

 ソラから、なにかを頼まれることなど、めったにないことだからか、カナメは好奇心から目を爛々らんらんと輝かせた。


「あるかもしれない」


 カナメの様子から、

 ――こいつ、どうやら今は暇らしいな――

 と判断したので、ソラはこう質問した。


「トラウィス山脈に行ったことはあるか?」


 トラウィス山脈。エレンの石に関する情報を持っているかもしれない連中の居所である。

 

 ――彼女が、族を出ていくことになった事件。あのとき、こいつはハノンフェルトからパテカドリュへ向かうのに、トラウィス山系を通ったはずだ――

 というところまで、考えた上での、質問だった。


「あそこは治安最悪だからなあ。二、三度しか行ったことがないな」


「二、三度あれば、十分だ。依頼内容は『トラウィス山脈への案内と道中警護』だ。とりあえず、依頼主になるかもしれぬ者のもとまで、連れていくから、俺と一緒に来い」


 案内だけでなく、『警護』と、少年は、はっきり言った。

 実は彼女、腕も相当に立つのだ。伊達に『大陸史上初の女性冒険家』などというよくわからない肩書きを自称していない。


「ちょっと待て。依頼主は、お前じゃないのか?」


 彼女はソラの言に、意外そうな、かつ残念そうな声をあげた。


「違う」


 石はエレンと一心同体である。彼女が白き竜のところへ行くと決意しない限り、カナメに依頼がなされることはないのだ。


「とんでもなく危険な旅になる。どうだ? もし依頼されたら、受けるか、冒険家カナメ」


 ソラは若干の臭さを含んだ、大げさな問いをした。


 『とんでもなく危険』といわれたら、少し返答に詰まるのが普通の人間である。しかし、彼女は一切の迷いなく、不敵な笑みを浮かべて、言い放つ。


「危険上等。むしろ腕が鳴る」


 元婚約者の女性を危険な旅に巻き込もうとするソラは確かに大概なのだが、カナメの場合、むしろ巻き込んでくれないと怒るから仕方ない。



「なんで、そんな面白そうなことを教えてくれなかったんだ?」


 と。

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