第十一話 剣

「私に原因が……」


 案の定、エレンの顔から血の気がひいていく。


 ソラの思考を追っていく。

 まず『何故、敵が村を襲ったか』だが、これはすぐに答えが出る。敵の狙いは姉妹だ。そうでなくては、ここまで彼女らを執拗しつように追ってはこないだろう。


 次に『何故、姉妹を襲うのに村人や兵士までころす必要があったか』だが、『術に使用する死体を確保するため』、『姉妹に逃げられた時、その逃げ場を奪うため』というふたつの理由だと考えられる。

 実際、彼女たちは家を脱出したあと、兵士の詰め所や他の民家にたすけを求めたが、応える者はいなかった。進退窮まった少女たちが猛獣うろつく森の中へ逃げ込むことまでは敵も想定できなかったようだが。


 そして問題となるのは、『あの夜、ルートが無防備の状態で野営地内部を歩いていたのに、敵はなぜ手をつけなかったか』ということである。


 『ただ単に、ルートの外出を知らなかったから』という理由も考えた。しかし、万一の逃げ場を奪うために、村の者たちを始末しておくほど周到な敵が標的の位置を探ることもなく、行動起こすとはあまり思えない。となると、『敵の狙いはルートではなかったから』だとしか考えられない。

 要するにそれは『敵の狙いはもうひとりの少女エレンである』ということに等しい。

 

 むろん、三番目のこの考察にいたっては、推測の域を出ていない。あくまで可能性が高いという程度のものでしかない。


「確証はない……」


 だから、上に書いた考察をエレンに説明し終えたのち、ソラはそういった。彼とて確証もないのに、エレンの胸をえぐるようなことを本当はしたくはなかった。

 

「でも一応伝えて、注意を喚起しておく必要があると思った。許せ」


 しかし、もし敵がエレンひとりを狙っているのなら、本人に知らせないというのは危険なのだ。


 返事はなかった。彼女はうなずいただけだった。声も出せなかったのだろう。彼女の目から一筋だけ、涙が流れた。

 肉親や知り合いを失った上に、それが自分の責任かもしれないといわれては、こうなるのも必然だ。


 ――本音としてはここで話を切り上げたいところだが、逃げてばかりもいられない――


 ソラはさらに突っ込んでいく。


「何か、狙われる心当たりはないか? 例えば、犯人にとって、見られてはいけないものを目撃してしまったとか」


 エレンに原因があるかもしれない以上、それを探らねばならない。敵の狙いがはっきりすれば、敵の正体にも見えてくるはずだ。


「まずいものを見た記憶はないです」


 涙を指で払いながら、強く答える。


 ――自信があるようだな――


「あるいは犯人にとって重要な何かを持っているとか?」


「命からがら逃げ出してきたので、持ち物らしい持ち物は……」


 彼女はいったん言葉を切り、自分の服に手を入れて、首からさげた石を取り出した。


「この首飾りくらいしか……」


 緑色の綺麗な石だった。形は独特で、コの字に湾曲していて、三日月のようだ。石自体の輝きは失われているが、人の目を奪うしっとりとした美しさもある。


 けれども、ソラにはたかが石ひとつのためにあんな事件を起こす犯人の気持ちは想像できなかった。


「おじいさまが山で見つけた物で、私にくれたんです」


 亡き祖父を想いながら、エレンは説明する。


 ――祖父の形見というわけか……。寝る時も、風呂に入る時も、外出する時も、肌身離さず、持っていたに違いない――


「とりあえず、石をあずかっても構わないか? おじいさんの形見だから手放したくない気持ちもあるだろうが、俺が持っておいたほうがいい」


 ソラは、さすがにこの石が原因ではないだろうと考えていたのだが、一応そういった。

 可能性がわずかでも存在するなら、エレンのもとに、ないほうがよい。彼女のためを思っての提案だった。


「でも、あなたが危険では?」


「俺が、簡単にころされるような人間か?」


 心配そうに尋ねるエレンの質問に質問をもってこたえる。しかし、やさしい言葉だった。


「いえ、思いません」


 エレンは、自信満々なソラの態度に、ずっと引きつっていた表情をすこしほころばせて、彼に首飾りを託した。


 ほかにもいくらかエレンに質問をして、

 ――ほかに心当たりはなさそうだな。結局原因はわからずじまい。エレンが事件の鍵を握っているという俺の推測は外れかも……――

 落胆しながら、ソラはいった。


「では、このへんで話は終わりにしよう。そろそろ姉さんの我慢も限界に違いない」


 さきほど伝えられたソラの懸念、つまり『村が襲われた原因はエレンにあるかもしれない』という話を、彼女はすぐに姉に伝えた。ずっと隠しておくより、さっさと打ち明けたほうがよいと考えたのだろう。


 ルートは怒らなかった。


「あなたが悪いのではないわ。悪いのは犯人よ」


 と励ました。ありきたりの言葉だったが、声の調子から考えて、本心だろう。

 ソラが、ルートに席を外してもらったのは、このことでふたりの関係がギクシャクしてしまうことを恐れたゆえだったのだが、まったくの杞憂に終わった。


 さて、ソラは領主館にふたりの護衛としてサトとアレクを残して、通りに出てきた。昼飯を食べる前に、今一度、金を持ち逃げした看守長の母を訪ねようとしたのだ。

 ソラはコニウェンが大金を失ったのに責任を感じていた。


 ――奴を必ず見つけ出して、金を返させてやる――


 そんなことを考えていたソラだったが、ふと首にかけていたはずの、エレンの首飾りがないことに気がついた。慌てて、引き返して、どこかに落としていないか探したが見つからない。探すに探して、姉妹の部屋に戻ってきてしまった。


 姉妹に首飾りをなくしたことを伝えると、ふたりも探すといいだした。

 椅子からエレンが立ち上がったとき、ソラは何かが彼女の首にかけられているのに気がついた。


 彼女も気づいてはいなかったのだが、エレンの首にかかっていたのは『あの』消えた首飾りだったのだ。


 ――なんでここにあるんだ……――


 確かにソラはエレンから首飾りを受け取り、自分の首にかけて、館をあとにしたはずだ。


 ――首飾りが自らの意思で彼女のもとに帰ってきたとでもいうのか――


 ソラは試しに、再びエレンから首飾りを預かり、今度はこれをぎゅっと握り締めて、部屋を出る。


 ――ある――


 ――まだある――


 ――ある。ある――


 こう確認しながら、さきほどの通りまで出てきたときに神秘は起こった。


 石が鈍い光を放つとソラの掌中から紐もひっくるめて、徐々にきえてゆく。掴もうとしても掴めない。数秒も待たずして、首飾りは完全に消滅した。


 ――まさか――

 と思って、戻ると、やはりいつのまにかエレンの首に石はかかっていたのだ。


 ――これは魔法の道具だ! では、敵の狙いはやっぱりこの不思議な石に違いない――


 推測にすぎなかったソラの仮説が、正しいと証明された瞬間だった。


「やはり、私に原因があったんですね……」


「違うわ。あなたじゃなくて、この石に原因があったのよ。思いつめてはいけないわ」


 こうべを垂れる妹を、元気づけるようにルートはいう。

 

 襲われた原因が自分にあるとほぼ判明してしまい、エレンはさめざめと泣いた。

 もしかしたら姉に怒鳴られたほうがエレンにとってはよかったのかもしれない。優しさが辛いということは往々にしてあることだ。

 姉は涙の止まらぬ妹の頭を撫でる。


「もっとこの石のことを調べる必要がある」


 ソラはいった。


 できるだけ石の情報を集めておきたい。いざというときに、この収集をおこたると、命とりになる。それほど『情報』というのは戦いにおいて、重要な役割をもっている。


「調べるといいましてもどうやって……」


「サト、俺たちは元々なんのためにここロイデにやってきたんだ?」


「あっ、なるほど。そうでした」


 そう、ソラたちは商人を訪ねるためにロイデにきたのだ。ソラが求めたのは、古書専門の骨董商だが、もちろん宝石を専門としている商人もいるはずである。


 五人は許可を得て、町に繰り出した。エレンだけは館に残すことも考えたが、問題の石が彼女のもとを離れたがらない以上、そういうわけにもいかなかった。


 ――下手に館に置いていくより、目の届くところにいてくれたほうが守りやすいかもしれぬ――

 という思惑もあった。


 大小の露店が立ち並び、さまざまな呼び込みが騒々しく、飛び交っている。


 ソラは姉妹がこの喧騒に疲れてはいないかと心配した。

 エレンは人混みに関しては平気そうだった。

 心配なのは姉のほうだ。頭を抑えて、辛そうに表情をゆがめている。


「ルート、大丈夫か。こういう場所は苦手か?」


「はい。にぎやかな場所は苦手で……」


「もしよかったら、サトに送らせるが?」


 気遣って、提案する。


 ――やはりルートだけは館に置くべきだったか? とかく今から送り返しても遅くはない――


「大丈夫です。ゆきましょう」


 気丈にそういった。ルートとて、家族や村人の命を奪ったかもしれないこの石について知りたいのだ。ここまできて帰るわけにはいかない。


「そうか。本当に辛くなったら、遠慮せずいってくれ」


「ありがとう……ございます」


 ――また付け加えた。だから、敬語は必要ないのになあ――


 さすがにもうしつこくはいわない。


「へい、そこのお兄さん……。いい武器が揃ってるよ」


 ソラが、取ってつけたようなルートの言葉遣いにひきつった笑いを浮かべていると、頭巾をかぶった猫背の、怪しい武器商人に呼び止められる。

 急造の店先には斧や槍、剣。さまざまな武器が取り揃っている。


「おい、ソラ」


「わかってるともさ」


 武器に目移りしそうなソラに、アレクがきっちりと釘を刺した。

 出世を望むソラだ。武具にも当然、興味がある。


 ――とても気になる。が、今は石に関して調べるのが最優先だ――

 こう自らを戒めて、前の四人に追いつこうと、武器商に背をむける。店主は客を取り逃がして、舌打ちをした。不機嫌な様子を隠しもしない。


 が、一度は歩き出したソラだが、しばらくすると、人混みの中でまた足を止めてしまった。


 ソラがなかなか追いついてこないので、四人とも立ち止まって、ソラを見る。

 

 それでも来ない。いや動かない。長い停止だった。


 この時、ソラは不思議な感覚に襲われていた。

 物すべてに色がない白黒の世界。自分以外の動きが異常に緩慢に思える。いや完全に止まっているのかもしれない。不思議な感覚。

 音も何も聞こえない。


 ――いや……――

 どこかから聞こえてくる! 鼓動である。なにかを叩くような音。


 トクントクン。


 ――この音はどこからだ?――


 音の実体を確かめたくて、ソラは引き返す。

 ある場所に着くと、それは一層大きくなった。

 さきほどの武器の店だった。


「おや、お兄さん。やっぱり気になる商品があったのかい?」


 武器商人は、客が戻ってきたのに、すこし気色を改めた。

 彼の言葉にソラは答えない。そもそも彼の言葉はソラに届いてはいない。


 ――何かに呼ばれている――


 ―― 一体何に? わからない――


 ソラは店の前に並んだ武器たちには目もくれない。


 ――俺を呼ぶのは、こいつらではない――


 ソラは、ぐるっと迂回して、店の裏に歩いてゆく。


 ――こいつは商品を買いにきたのではないのか――

 呆れながらも、商人は引き続き、ソラの様子をじっと観察する。


 ドクンドクン。

 音が一段と強くなった。鼓膜を破りそうなほどに。


 ――あれだ!――


 店内の脇に一本だけ、他の武器から隔離するように剣が立てかけてあった。

 剣のまわりから、線がいくつも湧き出ている。この線はソラにしか見えない。


 ――手に取れ――

 強き脈動の中に、剣の言葉を聞いた気がしたソラは商人の許可も得ずに、剣に手を伸ばす。


「あ、ちょっとあんた」


 焦った商人は『お兄さん』とは呼ばず、『あんた』と呼ぶ。


「その剣はね……」


 ソラは剣を鞘から抜いて、目を見張った。

 

 剣には尖端がなかった。

 不思議な感覚から解放されて、男の声がようやくソラの耳に届く。


「折れちまってるんだって」

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