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二十一/判決
報せはすぐに西門達のところにも届けられた。彼らのよく知る友人だったその生徒は、今や無残にもトラックに轢き潰されて体の一部は完全に切り離されているほどだった。その凄惨なさまを見ることなしにいれた和久田は幸運だったかもしれない。彼は事故死した両親にぼんやりと思いを巡らせながら、夕映えの西の空が色を失い燃え尽きた夜の色が空を塗りつぶす頃、西門や、時や、若くして友を失った面々の悲しみの場から離れていく。
彼にはその悲しみを共有できなかったし、その悲しみを共有しようとも彼には思われなかった。彼が気にしているのはもっぱら武藤のことだった。彼女の怒りを思うにつけて、あの美神の、人を殺す超常に対して抱く、裁きの日にその蓋を開く巨釜の、永遠の懲罰の火獄に伍する憤りを思うにつけて、一つにはそれを和久田に向けないことが疑問といえば疑問であったし、身を焼くほどの憤怒と憎悪に不合理を感じもした。
怒りは和久田の欲するところでなかった。彼が欲するのはこの美神の苦鳴と刹那的な残虐と嗚咽、そしてその肉のを毀しながら尚殺すことで、彼女の義憤への共鳴もその欲には届かなかった。しかし彼が従うのは、その指令がひとえにこの極東の秋津洲に降りたヘラスの処女狩猟神から発せられたものだからだ。そしてこの神は和久田が隠し持つ後ろ暗い欲望を知っている。彼が告白したのだ。そしてそれを知って、快楽殺人を望む悍ましい者を措いて何故ただ生きるために人を食う超常を敵視するのか。和久田は表立って武藤が彼をほとんど憎まないことを疑問に感じていた。
そしてもしも今和久田が人死にのあったことを伝えれば、彼女の義憤は瞬く間にあの白くかぼそい矮躯の全体に充ち、九時の門限を破ってでも夜通しマリヤを探し回ったとて不思議はなかった。彼女の真の、復讐の願いを成就させるには、「平穏無事に」生活することが絶対条件だった。ビオスがそう定めたのだ。
和久田の願いを現実のものにするためにも、ここで武藤を爆発させるわけにはいかなかった。彼は西門らの一団とこうして別れて、夜九時前のニュースの存在を片隅に残しながら、晩春の夕暮れを帰った。
次の日の朝武藤から連絡があった。
昨日の高校生の事故死はパルタイの仕業なんですね?
夜のニュースで知ったらしかった。即座に家を出ようとしたが、ビオスとの契約によって縛られている彼女には遅い時刻に自宅から遠く離れることはできなかった(少なくともそのように和久田に語った)。
平日を挟んでその日は休日だった。二人は九時に待ち合わせて駅からやや離れた喫茶店で会った。武藤の目はよく研がれたメサーの光を湛えていた。
「パルタイによって人が死にました。願いを叶えた人間の命が消えたのでもない、願いを叶えるために人が殺されたのです」
本当にそうだろうか? 和久田は一度だけ目にしたあの間美羽の顔、面構えを思った。
「幻覚を生じさせる能力があるなら、薬物による幻覚と同様の効果を及ぼすことも出来るでしょう。たとえば肌の上を毛の生えた毒蜘蛛が大挙して這いまわっているような。マリヤと契約した彼女は恒常的にそのような幻覚を見せられ続ける環境に被害者をおくことで精神的苦痛を与えようとしている。わたしはその復讐の内容についてとやかく言うつもりはひとまずありません、しかし彼女はパルタイの手を借りるべきではなかった。命を天秤にかけなくとも証拠を揃えて然るべき機関に提出すれば十分社会的制裁を加えることはできたでしょう。なのにそれを、怠って、とはいいませんが、とにかくあれらに頼った、結果死人が出た」
「どうする」
彼は武藤に仕える戦士だった。彼女の鎧であり、盾であり、槍であり、劍だった。美神に傅き命令を全うする神兵の一だった。
「武藤が願うなら、おれは今すぐだってマリヤを殺していい」
「当然」
武藤は言った。それが神判だった。
「残る二人があのザインの手にかかる前に、パルタイの息の根を止める。われわれでマリヤを殺す」
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