十六/容疑

 和久田は西門、小澤と三人で寄り集まって校舎の端に来ていた。二人とも青い顔をしていた。和久田は深刻そうな顔こそ作っていたが、自分一人平気な顔色でいるのがどうにもきまりわるい。この場にフェルミがいれば「それは畜群道徳におもねる悪い疚しさですよ」と言うに違いなかった。彼女はこの件にはかかわらない気でいるようだった。《息子》たる和久田の持つ鎧を信用していたし、事件の黒幕……間美羽……が死のうと死ぬまいと、あのパルタイにとってはどうでもよいのだ。

 問題は一つ。

「なんではざまなんだ?」

 和久田が彼女を見たのは三日前のただ一度きりである。その時の間美羽からは、《超常》に何らかの傷の埋め合わせを破壊的な方法で託す者の持つある種の悲壮さは見受けられなかった。そう、たとえば武藤のような。

 西門は何も言わなかった。小澤が胸にかかる髪の一房を指で弄りながら応える。

「大川とか劉に髪引っ張らせるとか、トイレで個室にいたら水かぶせるとか、プリント丸めて投げつけるとか、体操着破くとか……」草々。

 この高校の優等生を適当につかまえてこのコンテントを聞かせたら眩暈を起こしそうだと和久田は思った。

 自身言えたことではないが、彼女らの中学の人間はお世辞にも公序良俗に反していないとは言えなかった。そのひどさたるや警官が来ない週がないといわれるほどで、そして一般的な子供と同様に無邪気だった。自制心がないともいうだろう。今では翠嵐に通っているという勤勉さも、多くは環境の劣悪さからの脱出というモチベーションに支えられていたことは想像に難くない。

「じゃあ、自業自得か」

「でも流石にここまでされるのは不当っていうか、無理筋じゃない? 私も他も美羽の骨折ったわけでも顔傷だらけにしたわけでもないよ」

 大川は全身の激痛でショック死寸前まで追い詰められていた。後でわかったことだが、刃物一般および事物の先端に対して著しい恐怖を覚えるようになっており、治療次第になるもののまともに包丁を扱えるようになるには数年単位か、もしかすると一生かそれ以上、かかるだろうという。

 事情を大づかみに把握した武藤は、小澤やとき、そしてその友人たちがかつては加害者でありながら正当な制裁を受けていないことについては正当に問題視していたし、ただその方法があまりに残虐であることには眉を顰めていたものの、……本当に、ほとんどでだが……ある種「仕方ない」ことだとも考えていた。彼女が問題にするのはあくまでパルタイと契約を交わしている、今回でいえば(おそらくは)間美羽の方で、人間の《生命への意志》、魂を食糧とするパルタイによって強制的な死を与えられることだけは、武藤の許容しないところだった。

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