十/家族団欒

「いやザインは別にワクタさんほどのでなくても作れますよ」

 病院に顔を出したフェルミは彼を引き連れて和久田には場違いな風情の漂うきらびやかな喫茶店に来ていた。円い輪郭のマグカップの紅茶に続いて、柔らかな生地のパンケーキが、それぞれ二人分運ばれてくる。和久田はフェルミがやるのを見よう見まねでパンケーキを食べていたが、フェルミが二口三口食べたところでそういう話題になった。

 和久田も持つザインを作るための願いは、一般にどのようなものでなければならないのか?

 しかし彼は重要なことを失念していた。すなわちザインは本来的には、あくまで願いを叶えることの補助に使われるものということである。役割は所詮補助であるのだから、それがどのような願いであるかというのはザインにとってそれほど重要なことではないのだ。

「別にどんな願いでも作ろうと思えば作れると思いますよ、原則的にはね。まずワクタさんに理解してほしいのはあれですね、そもそも自分のザインがすさまじく特殊だっていうのと、それから……」

 するとフェルミはおもむろに携帯電話を取り出して、またもパンケーキを写真に収めた。食べる前も二三枚撮っていたが。

「聞きましたよ、マリヤがニシカドさんのお仲間を襲ってるとかいないとか、拉致監禁?」

 フェルミは右手にペンを持っていた。卓上の紙ナプキンを一枚引き寄せ走り書きをすると、和久田の顔の前に突き出す。

 Partei【3】weiss《Sein und Schein》Maria。

「あれは私の次の次に生まれたパルタイでしてね、まあ弟分みたいなもんです、冗談ですけど」

「《存在と仮象》?」

「存在と時間じゃありません。虚実ですね」

「どんな奴なんだ」

「見ての通りとしか。端的にいって荒くれ者ですけど、仕事は仕事としてまっとうにやりますよ、ええ。あとはそうですね、あいつのケルペルのモデルは」

 そこでフェルミがあからさまに不快な顔をしてみせたので、どうしたと聞くと、彼女は何も言わずに顎をしゃくってみせる。和久田が振り向くとそこには件の女生徒、武藤の姿があった。まっすぐ歩いてくると、澄ました顔で和久田の隣に座ってみせる。二人席が埋まっていたので和久田とフェルミは四人席に通されていた。

「どうも」

 フェルミが苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「デート中なんですけど」

「何してるんです?」

「武藤こそなんで小杉に」

「本を買いに来ました」

「へえ。どんな」

「一体何の話をしていたんですか? まさか色恋でもないでしょう」

 憎々しげな顔付のままのフェルミと顔を見合わせる。適当な嘘をついて騙せそうにもない。一体、と言う声の調子は何らかの確信に満ち溢れていた。

「西門さんの同級生がどうとか、たしかそういう話ではありませんか」

 ぎくりとしてしまう。二人して、特に和久田は、挙動が変わる。それを見て武藤は、コーヒーを注文して、付け加えて言った。

「下駄箱に置き手紙が」

 黒い封筒を卓上に置く。中には装飾のない白い便箋があって、大きく膨らんだ字で、別のパルタイが裏で糸を引く失踪事件に和久田がかかわっていること、その和久田共々フェルミが武蔵小杉の喫茶店に行く予定であることが記されている。差出人はパルタイのドミトリとあった。

 和久田は驚いて正面に座るイタリア人を見た。

「フェルミお前、情報漏洩じゃないか」

「世間話を横流しされましたね」

 既に名前が出ているが、ドミトリは、以前フェルミが実行に移した《鎧型のザイン》製造計画に賛同を示していたパルタイの一人だった。フェルミは和久田の肉体にザインをインプラントすることによって「人間とパルタイの相の子」である彼らの目標点超人に至ろうとしていた。それはひいてはパルタイのさらなる進化にも繋がることらしい。計画の中心であるはずなのに和久田には詳しいことはわからなかったが、とにかくあのトルコ人の顔をした超常が、和久田の体に眠るザインのさらなる進化を望んでいることは確かなようだった。武藤をけしかけて先行させさえすれば、和久田は自然それを追ってマリヤに近付いていく。

「何ですか、失踪って」

 武藤は、和久田が超常にかかわるにあたって自分を呼ばなかったことに立腹している様子だった。以前そのような取り決めを交わしはしたが、事実今回和久田はそれを意図的に無視していたのだ。

 いざこうして本人に追及されて彼は自分の不明を恥じた。細い目の三日月に似た鋭い輪郭の奥に見える瞳の

「西門と同じ中学だった面子がこの数日で何人も消えてる。マリヤって名前のパルタイが犯人らしい。もちろん、契約した誰かがいて、その人の願いを叶えるためにそうしてるんだろうけど」

「どうして話の一つ私に流さないんですか。口約束といえども約束でしょう」

「あくまで西門とおれの間の話だったから武藤がかかわるのも変な話だったんだ」

「それでもこっそり伝えてくれてもいいじゃありませんか。西門さんのところに直接行きなんかしません、別ルートでどうこうします。どうなってるんです」

 和久田はフェルミを見た。忌々しいとばかりに苦い顔をしているフェルミであったが、和久田に、次に武藤に視線を順繰りにやって、ついに肩をすくめる。

「別にほかのパルタイをどうこうしようって話を目の前でされたところでどうもないですけどね、まあなんです、マリヤと一戦交えるつもりでも私は協力まではしませんからね」

「フェルミごめん」

「親子の時間を邪魔されて拗ねてるだけです」

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