五/幕間

 幸区のあるマンションの一室、そのリビングに、パンクファッションの男が椅子に腰かけて卓上の卵型のコップに入った虹色の球体を揺らしていた。

 彼にとっての食事に相当する。巷間の噂の種である怪人パルタイは、現状そのおおまかな姿かたちと何らかの超能力を持つという事実しか知られていない。グラフィティアート集団に類似した単なるお遊びの延長ととらえる向きさえある。しかし彼らが人間と決定的に違うのは、平たく言えば彼らパルタイが人間の魂を食うことでしか自己の肉体を維持できないという点である。

 パルタイ・マリヤは金属の串を虹色の球体に突き刺すと、ガラスともシリコンともつかない表面の透明な部分が破れ、自ら輝いているかのような色彩の虹色の液体がコップの中に流れ出る。パルタイ自身にも原理のわからない方法で人間の体から分離された魂、超人への《力への意志》に先立ち、その実存を担保する《生命への意志》であった。

 虹色の液体を一気に飲み干すマリヤ。すると彼の着ている革のジャケットの左肩にフラクトゥールで刻印された数字が「6」から「7」へと変化した。右肩には「3」。三番目に生まれたパルタイであることを示していた。

 パルタイが何から生まれたのかはわからない。彼らはいつの間にかこの、武蔵国に概ね相当する政令指定都市に存在していたし、マリヤも記憶を漁ったところで、薄暗い路地裏で裸で転がっていたのが起き上がって表通りに進んでいくにつれ衣服を身に着けるようになって、あてもなく雑踏の中へと進んでいったことしか覚えていない。

 しかし自分が何をすればいいかは明確だった。方法はわからないものの、《超人Uebermensch》に至るということ。

 これについてマリヤは、最初に生まれたパルタイのフェルミ、パルタイに親はいないから、姉ということになるのだろうか、ともかくあの誇張なしに青い目をした女の計画を気を揉みつつも静観していた。しかしどうにも失敗だったように思う。というのは、フェルミが作り出したものはあまりにも強大だったのだ。あれは一つの爆弾である。フリオロフの真剣に危惧していた通り、本当にパルタイを滅ぼしてしまうかもしれない。

 閑話休題。

 パルタイとしてすべきことは、もう一つあった。当座は生きるために、そしてもしかすると《超人》に至るために、契約した人間の願いを叶えること。

 彼は立ち上がって背後の一室へ入った。リビングには食べ物の匂いはなかった。しかしこの部屋には、鉄と酸と腐敗の匂いがほのかに舞っていた。

 天井近くに三本鉄パイプが通されていた。そこに結び付けられた鎖の床に向かって垂れるもう一方の先には手錠が組み込まれて、その手錠は手首を拘束し、同じ人間の両足は同じ鎖でもって閉じた状態で縛られている。部屋にはもう二人、全部で男二人の女一人が同じような方法で拘束されていた。

 三人とも既に抵抗を諦めているようだったが、マリヤは最も後に捕まえてきたひときわ大柄な少年を改めて殴りまた蹴りつけると、携帯電話を取り出して言った。

『もしもし』

 男は契約した人間の名前を言わなかった、その声は変成器を通したものであるかのように濁り、くぐもっていた。

『準備はできた、すぐに向かわせるし、時間ができたら来てくれるか。ザインはおまえさんにしか使えない』

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