ⅰ Logia/事件. 一日目

一/会合

 七時を過ぎた喫茶青い花は照明も薄暗く、ぞろぞろと集まる年若い人影はどれもこれもその場に似つかわしい服装を選んできたかのような出で立ちをして、何やら胡乱な雰囲気の充溢しつつあった。ワックスとデオドラント、それから乳液やファンデーション、化粧水、マスカラ、パウダーの匂いが漂う中に、黄金色の滑らかな彫像やシュメール人の立像のレプリカ、観葉植物のゴムの木や鉢植えの全高一メートルほどあるサボテンが並び、カウンターの背後の壁にはガネーシャ神を描いたきらびやかなポスターが貼られている。そこに、新たに二つの影が滑り込んできた。

 その二人は、明確に着崩された制服や私服姿の面々とは異なって、ま新しい詰襟のボタンを閉めホックまでしっかり掛けている。だが、その足取りや目付きには、場違いな所に来てしまったと焦ったり怯えたりする気色はどこにもなかった。長身の一人が奥へ進む後ろから頭二つ背の低いもう一人がついていく。店内の視線が二人に集まった。いや、正確にいえば、視線の多くは背の低い方をより注視していた。二人の内でもこの背の低い癖っ毛の少年は、この場にいる者の多くにとって覚えのない顔だったのである。

 背の高い異人の血の混じった少年、名を西門光生といったが、彼が椅子に身を沈めていた一人に目をやって言った。

「連れてきたぞ、とき

 西門は後ろの背の低い少年を指して、

「こいつが和久田だ」

「噂の正義活動のあいつだな」

 時、と呼ばれた彼はひとときニッと笑った。だがすぐに笑顔を引っ込めて、和久田を見た。

「竜に司るで竜司りゅうじで、時竜司だ。話は聞いてたけど、会うのは初めてか」

「ああ。徹の字は、なんて言うんだろうな……わからないけど、和久田徹」

「まあよろしく」

 時の握手の求めに応じて和久田も手を出した。ぐっと強く握ってぶんぶん上下に振る。時は眉を剃って、眼光も鋭かったが、どこか優しげなところがあった。

 集まった者の一人、といっても二十人程度しかその場にはいなかったが、その一人がぬっと首を突き出して和久田を見た。

「あれがその助っ人?」

「光生と高校同じなんでしょ」

「ねー、もっとロン毛だと思ってた」

 和久田は口々にいう二人の隣に同じクラスの小澤を発見した。

「小澤、クラスまで同じだったのか」

「え? ああ、小中でだいたいクラスは一緒だったな」

「それで、和久田」

 と時が言う。和久田も彼の方を向いた。

「パルタイに詳しいってのはほんとなのか、和久田」

 その質問の答えに、和久田はやや窮した。知っている、おそらく和久田は、この場にいる全員の中で最もよくパルタイの何であるかを知っている。彼の体には人知れずパルタイの力の一端が移植されてさえいるのだ。しかしもちろんそんなことをここで言うわけにはいかない。ついでにいえば、知っている、という言葉の意味する範囲は広い。ある対象について、ひとはどの段階から知っているといえるだろう? パルタイという固有名詞が示す集団についてどれだけのことを知っていればよいだろうか。そして彼自身、自分がどれだけパルタイについて知っているか、本当のところはよくわかっていない。

 しかし一方で、和久田はこのような質問を予測していなかったわけではなかった。とりあえず返事だけでもしておこう、という考えで、ああ、と頷くと、西門がやや遅れて和久田が一度も聞いていなかったことを言った。

「この前おれの通ってる高校が襲われたろ、あの時こいつは校舎の外にいた。多分一人だけ、パルタイに縛られずに済んでたんじゃないかと思う」

「なるほど。それで、もしかしてパルタイ見てるかも、ってことか。どうなんだ」

「まあ」

 和久田は二人から視線を逸らして天井を見た。クリーム色だったが今はくすんでいる天上に蝿がとまっていた。

「一人で飯食って、そのまま寝てたから、何もされなかったんだ。起きたら急に暗くなってて、みんな芋虫みたいに縛られてる真ん中に、パルタイと、カフカがいた」

 一週間と少し前のことである。和久田と西門の通う高校に《パルタイ》を名乗る男女が侵入し、校舎と敷地全体を覆う壁を作り出して一時的に内外を分断。大通りから一番離れた運動場にいた教師生徒を全員拘束したが、乱入して来た敵対する二人のパルタイ、そして《怪人》カフカを名乗る別の人物の間で乱闘になり、恐らくカフカが勝利して皆姿を消した。

 和久田はパルタイ・フリオロフを限界まで痛めつけた。それからまだ一週間と少ししか経っていないのだ。

「オッケー、パルタイは見たんだな。光生、こいつにあのLINEのメッセージの話したか」

「いや、まだ」

「わかった」

 時は携帯電話のスクリーンを動かして、目当ての画面を引き出すと、それをずいと和久田に見せつけた。グループ画面に映し出されたひときわ長いメッセージは所々に見えるラテン文字を除けばすべて漢字で書かれ、よく見てみれば漢文法を踏襲しているところもあるようだった。

「出鱈目な日本語さ、相手はとことんこっちを馬鹿にしてるんだ」

 曰く、これは復讐である。既に一人、八木大我は捕えた。これから各自このパルタイ・マリアPartei Mariaが捕え、罰し、誅する。この男は私の姿を見た時、逃げた。害される心当たりがあるからそうするのだ。心当たりのある者は、警戒し、その上で罰を受けるべし。

「このLINEが来てから大我から連絡がない。一応全員集まるようにって言ったのに、なお朱音あかねが来てないし、連絡もない」

 メッセージが投稿されたのは中学のクラスのものだった。パルタイが狙っているのは少なくとも、時や西門が所属していたクラスの人間なのだ。

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