scene:02 敵の姿


 ――ヒュオオォォォォォォ……

 うなる風鳴りは、魔獣のとおえなのだろうか。


 とおえには、剣を突き立てるような音が混じっている。

 ガチン、ガチン、ガチン、と。

 四方を白灰石に囲まれた回廊に、その音はよく響いた。


 一定のリズムを刻み近づくつるぎの音に、エリザは思わず手綱を握り締める。


 一体、何が近づいて来ているのか。

 いいえ、そんなことよりさっさと逃げなくちゃ。

 けれど動けない。思考が、状況の変遷についていけない。巨鈍魔トロール動く死体アンデッドに追い回された挙げ句、皇帝と二人だけで『アイホルト回廊』へ転移してしまっただけでも頭が破裂してしまいそうだ。わめき散らして誰かに責任を押しつけてしまいたい。だが、それを自身に許せるほど無責任にもなれなかった。


 ――ガチン、

 目前に迫った剣の音に、幻獣ウマが疑似感情を刺激されて細くいなないた。


 そして、

 淡く光を放つ白灰石の通路の先。

 十字路になっている場所の真横から、ニョッキリと白い大木が生えた。

 先端をくいのようにとがらせた、純白の丸太。

 しらくいがゆったりと天井近くまで高く掲げられ、一息に白灰石の床にたたきつけられる。


 ――ガチンッ


 木材ではあり得ない音をとどろかせ、

 ゆったりと『剣の音』の正体が姿を現した。


 十字路から姿を見せたのは、八本の脚を持つ白い脂肪の塊だった。

 水を一杯に満たした革袋に足を生やしたような姿。一歩進む度にたぷたぷと表皮が揺れる。頭とおぼしき場所には、うみのように濁った瞳が無数に浮いていた。


 うみの群れがぶるりと震え、こちらを指向する。

 そしてうみの少し下。皮がだぶついている部分の一部が裂けると、びっしりと刃がきつりつした穴が開いた。


 ああ、察したくはないのに。

 滴るヨダレを見て、それが“口”だと分かってしまった。

 そして、


 ――――ヒュオオォォォォォォ……


 聞こえたのは、回廊内に響いていた風鳴り。


 全身の毛が逆立つ感覚。

 考えるまでもない。

 あれはアイホルトの魔獣だ。


 あのまがまがしい外見は、崩壊したこんぱくに肉体が冒されたもの。

 ならば、あの白いブヨブヨが姿を見せた理由は一つだ。

 魔獣は蒸発し続ける自身のこんぱくを保とうと、生きたこんぱくを求める。主たるさんこんしちはく、従を含めればしちこんはっぱくを備える人類種のこんぱくは、彼らにとって中々のごそうだろう。


 同じ事を考えたらしいルシャワール皇帝――ヒロトが「こりゃあ、マズイな」とつぶやく。


「逃げようか」

「はい」


 ヒロトの言葉に応じ、エリザは荷台の万槍を取って馬車を飛び降りる。

 この狭い回廊で馬車を反転させている余裕はない。幻獣ウマと馬車は惜しいが、諦める他なかった。


 しかし、

 ――ガチンッ、と音がする。


 その音は聞こえた。


「陛下、今のは――」

「あ~……辺境伯」


 馬車の後方へと視線を向けたエリザに、ヒロトが困ったような笑みを返す。


「お連れ様のご到着らしい」


 馬車の後方に立つ皇帝の、そのまた向こう側。

 白灰石の通路の先には、前方から迫る魔獣と同じ姿があった。


 ヒロトは「はは、こりゃまいったな」と青い髪をグシャグシャといて、


「辺境伯、残念だが戦うしかないようだ」

「…………はい」


 そのひと言を絞り出すだけで、勇気の蓄えが尽きかける。

 万槍をつかんだものの、エリザの心に湧き上がるのは不安ばかりだった。


 本当にわたしは戦えるのだろうか。


 万槍はいまだに使いこなせていない。〔増殖式〕で槍の数を増やすだけならともかく、狙いをつけて撃ち出すなどもってのほかだ。

 こんな逃げ場のない狭い通路でまともに使えるのか。


 ――だけど、と思う。

 この皇帝が死んだら戦争が再開する。

 終戦の機会はもはやどちらかが倒れるまで訪れないだろう。


 それはダメ。

 それだけはダメだ。

 民草の平穏の為に、何としても彼を

 エリザは強く万槍を握り締める。


 変化はその瞬間だった。

 生物の背骨のような柄に、竜の頭蓋を押し潰したような穂先。

 その竜の瞳にあたる部分。圧縮された魔導式が保存される宝玉にこうこうと光がともった。


 ――魔導干渉光。

 それは槍に封じられていた竜が息を吹き返したかのように。

 万槍は「腹が減った」とばかりに、エリザの個魔力オドをズルズルと吸い上げる。つながれた魔力経路パスからは魔導式の鼓動。掌には焼けるような熱。槍から感じるのは巨大な生物の尾でもつかんでいるかのような圧倒的な存在感。


 エリザは困惑と同時に、かすかな高揚感を覚える。

 槍にかされているような、感情を犯されるような、背徳的な善意。

 この槍は、わたしに一体何をさせようと――


「辺境伯ッ!!」


 ヒロトの鬼気迫る声に、エリザは現実へと引き戻された。

 慌てて魔獣へ万槍を構えようとする。

 だが、


「違うッ」


 ヒロトは魔獣を見据えたまま、槍を構えようとするエリザの手を押さえた。


「槍を地面に突き立てるんだ!」

「――は、はい!」


 言われるがままにエリザは万槍を白灰石の床へ振り下ろす。槍の穂先は白灰石をバターのように切り裂いて、アッサリ突き刺さった。エリザの知らない固有式が発動しているのかもしれない。


 だけど一体、陛下は何を――

 いぶかしんだエリザはヒロトの視線を追った。


 視線の先には当然、ギチギチと口をうごめかせる白い脂肪の塊がいて。

 その頭上に――小さなが浮かんでいた。


 次の瞬間、回廊に嵐が吹き荒れる。

 嵐の中心は宙に浮かぶ黒点だった。周囲の空気どころか、空間そのものが黒点へ向かってちるかのようにゆがんでいる。

 故に、あらゆるものはたきつぼちる木の葉と同様の運命を辿たどることになった。


 黒点の真下にいた魔獣は、その身体を紅茶に溶けるミルクのように崩され、黒点へと吸い込まれた。馬車につながれた幻獣ウマも、宙をひづめでかきながら黒点へとちる。ほろ馬車など、黒点へ辿たどく前にバラバラになっていた。

 黒点は全てを巻き込み吸い込みながら、それでもまだらい続ける。


 当然、エリザとて黒点のどんしょくから逃れきれない。

 既に両足は地についておらず、腰は水平に浮き、床に突き刺した万槍だけが頼りだった。ヒロトに至っては槍から手を滑らしエリザの腰に抱きついている始末。男に抱きつかれた経験など無いエリザは動揺しつつも、二人分の体重を支えるべく万槍に腕を深く絡ませる。黒点は更に勢いを増して大気を吸い込み、回廊はさながら竜の咆哮ドラゴンブレスで満たされているかのようだった。


 それでも終わりは来る。


 ――――ヒュオオォォォォォォァァァァ……


 回廊を破壊し尽くすまで永遠に続くかと思われた黒点の暴食は、二体目の魔獣の断末魔を最後に突如終わりを迎えた。


「ぎゅふッ」


 唐突に戻ってきた静寂に対応しきれず、エリザはべちゃりと床に落ちる。エリザの腰に抱きついていたヒロトも一緒だ。

 不格好だけど仕方ない。命があるだけ良かった。

 二人してゆるゆると身体を起こし、エリザは暴風にまれてグシャグシャになった銀髪をほぐしながら、


「今のは、一体――」

貪食極点ブラックホールだ」

「え?」


 エリザのつぶやきに答えたのはヒロトだった。

 ヒロトは素早く立ち上がり、あおい瞳を回廊の奥へと飛ばす。


「気を抜くには早いぜ辺境伯。

 そろそろ、貪食極点を使った奴らが来る頃だ」


 その言葉に誘われるように“彼ら”は現れた。


 魔獣が姿を見せた前後の通路から、黒いがいとうが舞いでる。

 丈の短いがいとうをなびかせ、風のようにく駆ける黒ずくめ。

 瞬く間にがいとうたちはエリザとヒロトを取り囲み、二人の退路を塞ぐ。


 二人を囲うおりとなった彼らは一様に、カラスに似た面を着けていた。


 水望鏡のように大きな黒がらそうぼうに、鋭くとがったくちばし。そして顔全体を覆う、つるりとした革で出来た仮面だ。がいとうの下は機能性を重視した衣服で身を包み、腰には魔杖とおぼしき短杖が提げられている。魔杖鍛冶が手作りする魔杖は一つとして同じものは無いはずなのに、不思議なことに彼らの魔杖はどれも全く同じ形をしていた。


 全てが画一的。

 全てが同質。

 そこに一切の個性は無い。まるで復体幻魔ドッペルゲンガーの群れのよう。


 大勢がマスクで表情を隠している様は、リーゼの家臣団で見慣れているはずだった。

 だが、これは違う。

 その挙動からすら一切感情が読み取れない事が、こんなにも恐ろしいなんて。

 エリザは思わず、隣に立つ皇帝へ答えを求める。


「……陛下の臣たちですか?」

「いや違うね」


 わかってるだろ、と言わんばかりの視線をエリザに返してヒロトはつぶやく。


「――そうか、あそこが動いていたか」


 青髪の皇帝は、猛獣のような笑みを浮かべてカラス達の名を口にした。


「彼らは――」



    ◆ ◆ ◆ ◆



 イカの触手はうっすらと粘液で覆われている。


 触手はマリナとアトロを縛り上げたまま、土と木々の根を裂きながら森を進む。その際に巻き上がったつちぼこりが粘液に絡みついて、ネットリとした感触の中にザラザラとした刺激が混じる。――それが魂魄人形ゴーレムの白木の肌に染みこんでくるのだ。


 最悪だ、不快などという程度レベルではない

 マリナは顔には出さず嘆息する。

 泥の中に潜りヒルに吸い付かれながら敵を待ち伏せた時の方が、まだマシだとすら思う。


 唯一の慰めは、隣で縛り上げられているアトロの顔が薄闇でも分かるくらいゲッソリしている事だろう。他人の不幸は自身の不遇を忘れさせる。


「はぁい、着きましたよぉ」


 そうしてアトロの顔色が青から緑色に変わる頃、ようやく二人は触手から解放された。


 メイド服に染みこんだ粘液が糸を引く感触にへきえきしながら、マリナは地上に降り立つ。触手には弾の一発でもブチ込んでやりたかったが、二人を解放した途端に地中へと潜ってしまった。アレが地面の下に潜んでいると思うと落ち着かないが、どうしようもない。


 マリナは触手の記憶を振り払おうと「それで、これから何をなさるのですか?」と魔導士と修道女へ問いかける。


「……“門”を、調べるのだ」


 答えたのはアトロのろうこんぱいした声。

 そう、三人がいるのはアイホルト回廊の“門”とされる洞窟だった。

 つまり最初の場所に戻ってきたのである。


「式に綻びがあったのなら、そもそも転移などしない。特定の人物のみを転移、ないし転移から排除するとなれば“鍵”か“門”のいずれかに細工をせねばならぬ」


 だから『門』だ、とアトロは面倒くさそうに答えた。

 不満たらたらなクセに、説明すべき事はきちんとするらしい。律儀な奴だ、とマリナは苦笑する。


 だが、それならば確かめておきたい事も出てくる。

 一応は協力関係を結んだが、押さえるべき所は押さえるべきだろう。


「話を蒸し返すようですが」マリナはケイトを見やる。「“鍵”の方は調べなくて良いのですか?」

「ああ、必要ない」


 やはり答えたのはアトロだった。


「鍵はソイツが所属する修道会が保管していたものだ。細工など誰もできんよ」

「修道女――せいどう騎士でも、ですか?」

「まあ――」


 途端、ケイトはうれしそうに声をあげる。

 マリナが口にしたのはケイトへの疑念だったのだが、この修道女は疑われることがうれしい変態らしい。

 そんなケイトをあきれたように流し見ながら、アトロは「はッ、」とマリナを鼻で笑った。


「コイツは裏切らんよ。

 ――この老亀は『面白い方』につくからな」

「面白い……?」

「宗教上の理由なのさ。――いや、性癖かな」

「もぉ、アトロさんったら~。急に褒めたりしてどおしたんですかぁ~?」

「…………まあ、こんな奴なんだよ」

「なるほど」


 油断ならないということだ。性質タチが悪い。

 マリナとアトロからあきれた視線を受けても、ケイトはほほむだけだ。分かっていてとぼけているのかすら判別がつかない。ある意味、最強のポーカーフェイス。こういう奴こそ敵に回すべきではない。


 まったく、このチビとは大違いだ。

 そうマリナはアトロへと視線を向ける。


 アトロは洞窟の入り口付近で片膝をつくと、左手を地面につけてまぶたを閉じた。

 途端、左手を中心にして魔導陣が展開される。複数の円が重なり合ったソレは周囲へと蜘蛛くもの巣状に光を伸ばし、毛細血管のような文様を描き出した。青白い光の血管は洞窟の入り口を覆い尽くし、やがて鼓動のような明滅を放ち始める。まるで生きているようで気色が悪い。


 対して、魔導陣を展開したアトロは死んだように動きを止めた。

 いつまでっても微動だにしない。

 少し心配になり声でもかけようかと思った所で、隣から「魔力の流れを読んでるんですよぉ」とケイトが解説が入った。


「わたくしもぉ、詳しくはわからないですけど。

 ここに組まれている〔式〕の構造ソース展開痕跡ログを洗っているんじゃないかなぁ~」


 魂魄人形ゴーレムの翻訳機能は、ケイトの言葉とマリナの記憶と照らし合わせて、概念の近しいコンピュータプログラミングに関するイメージを伝えてくる。


 だが、残念な事に仲村マリナはそういった方面が苦手である。


 故に訳知り顔で「なるほど」と返答するにとどめる。ニッポン防衛戦線の特戦教育課程でも電子戦はギリギリ基準値を超える程度の成績だったのだ。


「おかしい」


 魔導式が鼓動が収まった時、アトロが最初に口にしたのは疑問だった。


「何も異常がない」

「どういう事ですか?」


 余程、不可解なのだろう。マリナの問いにアトロはすんなり答える。


「〔門〕に細工をすれば根幹魔導式に痕跡が残る。どんな複合魔導式でも根幹魔導式を介して結果を導くからな。故に根幹魔導式には動作記録の全てが記されるのだ。実際、一度回廊へつながった記録ログは残っておる。――但し、正常に動作したという記録がな」

「それなら~、かいざんとは別にぃ、工作を隠蔽する式が組まれていたのでは~?」

あれ汎人種ヒューマニーごときの小細工に気づけぬわけがなかろう」


 あきれた声を漏らすと、アトロは立ち上がって手についたつちぼこりを払う。

 そしてケイトを見やり、肩をすくめてみせた。


「そもそも、それなら隠蔽の為の魔導式が残る。その痕跡すらない」

「まさか、魔導式そのものに自己分解の機構を組み込んでいたってことですかぁ?」

「そういう事だ」

「あらあらまぁまぁ、また面倒なことになりそうですねぇ~……うふふ」

「またなれはそんな事を言っておるのか」

「ちょっと待ってください。……どういう事ですか?」


 アトロとケイトの二人だけにしか通じない会話に置いてけぼりを食らったマリナは、眉根を寄せてただす。その表情でこちらの理解度を推し量ったのだろう。アトロは少し考えるような素振りを見せて、


「つまりな。痕跡も証拠も一切残っていないとなれば、逆説的に犯人はそれが出来る奴しかおらぬという事よ」

「出来る方をごぞんで?」

「無論」


 自信たっぷりの言葉とは裏腹に、アトロは目元に憂いを浮かべていた。

 それだけでなく悩ましく額を押さえている。出来れば外れて欲しいという願いと、それ以外にあり得ないという冷静な判断とのあつれきが彼女の眉間にシワを刻むのだろう。


「決まりだ。ヒロトと辺境伯を狙ったのは――」



    ◆ ◆ ◆ ◆



「――長命人種エルフだ」


 皇帝ヒロトは、瞬く間に二人を囲んだカラス達をそう呼んだ。


 長命人種エルフ

 ミッドテーレ大陸北部の大部分を支配する〔アルフへイム統合連邦〕に属する人種だ。

 身体的なからめっに他人種国家の領域で見かける事はないが、彼らが扱う魔導式は他人種のソレとは一線を画すものだという。エリザが長命人種エルフを目にするのは初めてだが、伝え聞く通りの人種であれば先の黒点を生み出す魔導式にも納得がいく。


 ふと、エリザ達を囲むカラスの群れが割れ、奥から一人のカラスが歩み出る。

 カラスはがいとうのフードを脱ぎ、その鳥面を外す。

 鳥面の下から現れたのは、汎人種ではめっに見る事のできない整った顔と、槍の穂先のようにとがった耳だった。


 性別すら判断しかねるほどの美形。

 その長命人種エルフが男だとわかったのは、彼がヒロトに向かって膝をつき臣下の礼を取って声を発した後だった。


「お初にお目にかかります。

 ルシャワール帝国皇帝、ヒロト・ラキシア・ヤマシタ・ルシャワール陛下」


 長命人種エルフの男が発したのは大陸公用語ではなく、りゅうちょうな帝国の地方言語だった。

 バラスタイン辺境伯領の公女であったエリザも一応学んではいたが、動詞の語尾変化と接語の種類についていけず、あくまで聞き取りが出来る程度。


 それを長命人種エルフは、まるで生まれ育った土地の言葉のように操る。


「私どもは連邦中央議会隷下の部隊。

 そして私は、この隊のおさであります」

「ほう」


 エリザを気遣ったのだろう。ヒロトはあえて大陸公用語で言葉を返す。


「いいのかい名乗ってしまって? “流れ長命人種エルフの反動勢力”とでも言った方が都合が良いだろう。議会を名乗るなら、連邦の宣戦布告と見なすよ僕ぁ」

「誤解です皇帝陛下」


 慌てた様子もなく、おさを名乗った長命人種エルフは笑顔で否定する。


「我々は貴方あなたを保護する為に参ったのです」

「幼子をさらった誘拐犯のげんに聞こえるぞ」

「これは手厳しい」


 おさは困ったような笑みを浮かべ「ですが本当なのです」と続けた。


「私どもは王国による陛下の暗殺計画を察知し、いち早く陛下をお守りすべく参りました。 なにしろ汎人種ヒューマニー国家で真っ当な国家は帝国ただ一国。

 その国家元首の危機は、ひいては人類種全体の危機でありますから。

 されど、手段がいささか手荒であったのも事実。――どうかお許し頂きたい」


 いんぎんに帝国式の礼をする隊おさを、青髪の皇帝は「そういう筋書きね」と鼻で笑った。

 相手を挑発するような態度をとるヒロトにエリザは驚き、思わず長命人種エルフたちの様子をうかがう。


 ――おさは、何も聞こえなかったかのようにほほんでいた。

 

 まるで、宮廷貴族たちが夜会で世間話せいじを交わすように。


 エリザはようやく皇帝とおさの会話の意味に気づく。


 この二人がしたのは、互いの立場の表明。

 それは言葉の内容ではなく、態度と手順によってなされたものだ。


 長命人種エルフおさは、こちらが抵抗出来ない状況を作ってから礼儀を尽くした。

 それは『こちらの脚本に従え』という圧力。

 ひいてはその余裕ある態度から力の差を強調するというもの。


 対してヒロトは殊更に反抗的な態度を示しつつも、相手の言葉を遮る事すらしなかった。

 それは長命人種エルフたちの『筋書き』に即興で合わせてみせる事で、相手へ従うという意思の表明に他ならない。


 だが同時に『そういう筋書き』と口にしたのは、筋書きから外れる事は許さないというヒロト側からの警告。相手にも『筋書き』に従うように強制しつつ、探りを入れたのだ。


 そして長命人種エルフたちは聞こえなかったフリをした。

「何の事やら」とける事すらしなかった。

 つまり舞台の登場人物が脚本という存在に触れることすら許されないのだ。それは彼らにとって『筋書き』の優先順位がかなり高い事を示す。こちらからすればひとあん出来る反応だ。『筋書き』に乗ってさえいれば、少なくとも保護対象であるヒロトの身の安全は保障される。


 と、そこでエリザの胸中に疑問が湧いた。

 そうなると、わたしの役どころは一体――


「ですが」


 エリザの思考を破る、長命人種エルフの声。

 町娘がひと目で恋に落ちそうな透き通った瞳が、エリザを見据える。

 そして宣告した。


「そちらの方は保護対象とうじょうじんぶつに含まれておりません。

 ――王国の貴族ともなればなおさらに」


 問答無用だった。

 おさの後ろに控えていた長命人種エルフがエリザへ魔杖を向ける。途端にエリザの足下に魔導陣が展開。魔力で形を与えられた無数の腕がエリザの両脚を固定した。つかまれた部分からエリザの個魔力オドで押し返せないほどの魔力が流し込まれ、一瞬だけ肉体の自由が奪われる。


 その行動の意図は、誤解しようのないほど明白。

 殺される。


 突きつけられた魔杖に個魔力オドじゅうてんされ、魔導陣が黒い輝きを放ち――


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