scene:01 従者たち(その2)

「くそ、どこに行った!?」


 アトロ・パルカの怒声が森の暗闇へ溶けていく。

 召使いメイドが放った赤い煙を〔暴風式〕ではらけた後には、ただ静寂だけが残った。アトロの怒りを恐れたかのように、小さな虫さえもが息を潜めている。まるでこちらが悪者になったかのようで腹立たしい。


 アトロはぼうじんマスク――魔素調合面レギュレータの下で舌打ちする。

 あれとヒロトの努力が実ろうという時に、その最初の一歩でつまずくとは。

 こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。一刻も早く召使いメイドを見つけ出し、ヒロトの居場所を吐かせなくては。


 アトロは自身の内側へ意識を集中させる。

 戦闘用に魔導神経へ常駐させていた複数の魔導式を強制終了シャットダウン。確保した余剰魔導神経リソースを使って別の魔導式を連続起動する。〔魔力感知〕、〔動体走査〕、遠見式の発展系〔天眼式〕。それだけでは足りないとばかりに〔視覚共有式〕を無差別展開。周囲50メルトに存在する小動物から羽虫に至るまで、その全ての視界を盗み見るハッキング

 その他十数の魔導式がもたらす情報が激流のようにアトロの脳髄へ流れ込む。常人なら気絶どころか廃人化しかねない情報量。それらをアトロは、やはり複数起動させた〔仮想思考展開エミュレータ〕で手際よく処理していく。


 もし王国の魔導士が知れば、自身の非才さを嘆いて自死しかねないほどの魔技。

 しかしアトロの胸中には自負も誇りも無く、ただただ焦燥で満たされていた。


 ヒロト。

 ヒロトを早く見つけ出さなくては。

 姉さんの大切なヒロト。あれヒロト。

 早く。早く早く早く早く――


 焦燥が、アトロから冷静さを奪う。


 ヒロトを連れ去ったとすれば、あの『門』を指定した王国側の何者かに決まっている。


 アイホルト回廊は『門』と『鍵』の組み合わせで動作する。そして『銀鍵』に異常が無いことはケイトが偽典多面黒水晶ゼ・トラペゾヘドロンで確認済み。確認したのがケイトで無ければ『教会』側の工作も考えたが、彼奴あやつとはもういまだに信用も信頼も出来ないが、彼奴はこういう事はたくらまない。だから異常は『門』の側にある。そこへ細工が出来るとすれば場所を指定した王国側だけ。なら共に消えた辺境伯が何らかの形で関わっていると考えるのが自然。その召使いメイドも何か知っているはずだ。――そうでなくてはおかしい。


 そう決めつけたアトロは、唐突に笑みをこぼした。


「見つけたぞ、召使いメイド


 召使いメイド――ナカムラ・マリナが扱う魔力を感知した。

 居場所さえわかればこっちのものだ。アトロは〔魔力感知〕以外の魔導式を切り、戦闘の為に〔身体強化式〕を起動。更に土壇場で息切れしないよう、先に魔素調合面レギュレータ樹片カートリッジを交換しておく。

 そしてアトロは〔音響制御式〕によって自身が放つ音を消すと〔飛空式〕を起動させ、マリナが潜む場所へと急いだ。


 途端、側頭部にピリッとした感覚が走る。


『アトロさぁん、どこにいるんですかぁ?』

『――なれか』


 念話を飛ばしてきたのはケイトだった。

 相変わらずの間延びした言葉遣い。これが歳のせいなら仕方ないとも思えるが、ケイトのそれは相手を油断させる為の“演技”なのだ。それを付き合いの長い相手にまで行うのだからあきれてしまう。


召使いメイドを見つけた。捕まえたら呼ぶ』

『ちょ、アトロさ――』


 返事を待たず、アトロは念話に使っていた魔導神経への魔力供給を強制的に切断する。

 普段であれば念話など大した負担では無いが、今はリソースが惜しい。

 何しろ、あの大量の鉄球を放つ武具レイルバウもどきに対抗しなくてはならないのだ。そう考えると、方向転換の為に木々を蹴る足にも力が入った。


 アトロがてつつぶてを止める為に使った魔導式は〔力量制御式〕である。

 この魔導式は、物体が持つ力量エネルギーそのものに干渉して上書きする術式だ。魔力と魔導式によって世界を形作る法則システムの側から制御する為、どれほど巨大で膨大な力量を内包していようとも消費魔力は変わらない。


 逆に言えば――僅かな力量しか内包していなくとも、消費する魔力と魔導神経、魔導式の数も変わらないのだ。


 その点で召使いメイドの放った礫は厄介だった。その数217個。しかも〔時間流操作〕によって自身の思考を高速化しなければ知覚出来ないほどの速度で飛び、夜の闇に沈みそうなほど小さい為に〔視覚強化〕しなくては捉えきれない。それでいて肉体を破壊出来る威力はあるのだ。

 身を守る為、1つ1つに〔力量制御〕を施すならば〔仮想思考展開エミュレータ〕による並列処理が必須となり、当然、魔導神経にかかる負荷はばくだいなものになる。そういった意味で、大量のてつつぶてくのは〔力量制御式〕破りとして最適だった。


 だが。

 来るとわかっていればどうという事はない。


 ――見えた。

 視界に黒いメイド服と赤髪が現れる。都合の良いことに、メイドはこちらに背を向けて足元で何かをいじっていた。こちらに気づいた様子はない。


 しめた。このまま捕らえてやる。

 アトロは魔導神経を圧迫する〔飛空式〕を切って、木陰に身を隠す。


 そして湿り気のある腐葉土へ、そっと左手を置いた。

 途端、指先から流し込んだ個魔力オドが、アトロの意思に沿って召使いメイドの足元まで伸びる。標的直下で個魔力オド内部に格納されていた魔導陣が展開。魔導陣は森の地脈から魔力を吸い上げ、その式を帯びた魔力が大魔マナと反応し青白い干渉光が発生する。


 足下に魔導陣が浮かびあがった事で、ようやく召使いメイドが異変に気づいた。

 ――が、もう遅い。

 圧縮されていた式が瞬時に解凍、実行された。


 途端、召使いメイドは何かにし潰されるように崩れ落ちる。

 地に突っ伏した召使いメイドは何とか身体を起こそうとするが、身をよじる事すら難儀する有様。

 まるで、身体そのものが鉛にでも変じたかのように。

 

 アトロが展開した式の名は、重力制御の発展系である〔重力奔流〕。

 本来、単一の物体にしか施せない〔重力制御〕を、魔導陣を用いてに施す魔導式だ。普段は大量の敵を一気に押しつぶす際に使っているが、魔導陣の展開面を小さくして変数を低くすれば捕縛にも使える。つまり、召使いメイドは自身の肉体そのものに押し潰されているのだ。


 アトロは木陰から歩み出ると、新たな魔導式を右手に宿す。

 起動させたのは〔自我境壊きょうかい式〕――いわゆる『思考洗浄』で使われる、他者の自我を消し去る複合魔導式だ。これで意思をくした者は、さながら問われた事に答えるだけの自動人形オートマトンと化す。嘘を吐く思考すら押し流す為、尋問には持ってこいの術式だ。


 欠点は対象の肉体に直接触れて術式を流し込む必要があること。

 だが、今なら――


 アトロは地面に突っ伏したまま動かない召使いメイドへと近づく。

 あと2メルトも無い。

 アトロは右手を伸ばし――

 ――途端、メイドが上体を起こした。


 何故なぜッ!? 50倍の重さに抗せるなどいるわけが。


 動揺するアトロの額に突きつけられる〔レイルバウ〕のきっさき

 引き絞られる召使いメイドの指。

 放たれるてつつぶて

217の礫がアトロ・パルカの額に殺到し、


「……ほうの一つ覚え、と言うのであろ?」


 そのすべてが虚空で動きを止め、地に落ちた。

 目を見開く召使いメイドを、とアトロはわらう。


 確かに数百の礫は脅威だ。

 対応するには膨大な数の魔導神経を運用しなくてはならない。

 そして、先ほどのアトロは処理しきれないと判断し回避を選んだ。

 だがそれは、伏兵や動く死体アンデッドによる襲撃を警戒して複数の魔導式を並列展開していたからに過ぎない。


〔魔力感知〕〔動体走査〕〔天眼〕〔視覚共有式〕などを使って周囲に脅威は存在しないとわかった今、必要のない魔導式は全て切った。魔導神経には充分な余裕がある。


 そうなれば、数百どころかの礫であろうとも全てに〔力量制御式〕をほどこせる。


「これでまいよ」

「――――ッ、」


 アトロは〔重力奔流〕の変数を調整し、召使いメイドの動きを封じる。

 そして再び〔自我境壊式〕をまとった右手を伸ばした。

 自意識さえ消してしまえば真実しか語れまい。その後は、都合の良い自我を植えつけてスパイにでも仕立て上げてやる。これで決着だ。


 ――――ふと、召使いメイドの口が動いた。

 今や召使いメイドの肉体にかかる重力は常の70倍。それだけ圧縮された空気の中では声を発することすら出来まい。


 故に召使いメイドは口の動きだけで、アトロをわらった。

 ――勝ち誇るには、まだ早うございますよ。


 召使いメイドの口は、確かにそう動いた。


「はんッ、なにを――」


 鼻で笑おうとして、アトロは気づく。

 召使いメイドの左手に隠された、小さな箱に。


 ――箱の突起を、召使いメイドが押し込む。

 途端、耳をろうするほどの爆音がアトロを包み込んだ。


 反射的にアトロは〔時間流操作〕と〔知覚拡大〕を行った。

 数十倍に加速された意識と五感が捉えたのは、召使いメイドが〔レイルバウ〕もどきから放ったものと似た無数の鉄球。


 しかし、その数が圧倒的だった。


 無論、今のアトロの魔導神経は充分に余力を残している。数百はもちろん、対象が数千に及んでも〔力量操作〕を施せるだろう。

 ――だが、今アトロの周囲を包み込んでいる鉄球の数はを超えていた。


 やつ、まさかあれを道連れに!? 

 浮かんだ思考の答えを求めて、アトロは思わず召使いメイドを見下ろし――即座に自身の考えを否定した。


 違う。

 やつは今、増加した重力を浴びた故に深く地面に埋まっておる。

 鉄球のほとんどは召使いメイドに当たる事はあるまい。

 つまり鉄球に襲われるのはあれだけ。


 この召使いメイド、そこまで読んで。

 加速された思考の中でアトロは戦慄する。



 ――無論、そんな事はなかった。


 なにしろ仲村マリナは魔導式にぞうけいが深い訳ではない。当然、アトロが扱うであろう魔導式など見当もつかなかった。マリナという少女は、あくまで戦場という環境を通じて他者の行動から意図を読み取るすべを身につけているに過ぎないのだ。


 マリナがアトロの行動から読み取ったのは次の二つ。

『〔力量制御〕は対象の一つ一つに施す必要がある』ことと、

『尋問の為にはこちらへ直に触れる必要がある』ことだけ。

 それすら、ダリウスが〔力量制御〕を三方向別々に施していた事からの推測に過ぎない。


 だが、そこまでわかれば後はいつも通り。

 ――相手はこちらを生け捕りにしたい。

 ――こちらは一人までは殺して良い。

 、逆手に取るのはやすい。


 どんな魔導式を使うにしろ最終的にこちらへ近づいてくるのだから、自身を中心にクレイモア地雷を設置するだけで簡単に殺傷区域キルゾーンを構築出来る。幸いこちらは魂魄人形ゴーレムなんてものになったお陰で重要器官バイタルパートが少ない。腕や足の一本や二本くれてやる。


 仲村マリナの思考は概ねこのようなものであり、ニッポン防衛戦線から幾度も『一人で敵部隊を足止めしろ』という命令を受けてきた彼女としては自然なものだった。

 故に、アトロ・パルカが〔重力奔流〕を使用せずとも結果は似たようなもだったはずだ。



 しかしアトロに、そんな事情はわかりはしない。



 ――やってくれたな、この化け物が!

 アトロは心の中で一度だけ悪態を吐く。

 だがそれ以上のぜいたくは出来ない。

 なにしろ万を超える鉄球が迫ってきている。のったりとした動きに見えるが、それはあくまでアトロの思考が加速されているからそう見えるだけのこと。千の罵倒をみ、アトロは大魔マナをかき集めて魔導神経へと注ぎ込む。


 しかし、こう囲まれていては、〔時間流操作〕や〔身体強化〕を駆使して避ける事も不可能だ。他の魔導式にしても起動までの時間を考えれば間に合わない。既に起動している〔力量制御式〕を使って迎撃するしかない。幸いアトロが現在使える魔導神経を総動員すれば、鉄球全てに式を施すことも可能だ。


 しかし、それは〔重力奔流〕を停止させるという事。

 召使いメイドを自由にするという事だ。

 その隙をこの性悪が見逃すはずがない。あれが鉄球を迎撃した途端、あの〔レイルバウ〕を放つに決まっている。それを防ぐ手段を、こちらは持ち合わせていない。つまりこの場所へ飛び込んだ時点で運命は決していたのだ。


 ――いや

 ひとつだけある。運命を変えられる力は。

 されど、それは隠し通さねばならない“力”だ。


 確かに“アレ”を使えば自分は助かる。

 だが、メイドも逃してしまうだろう。

 そうしてこの“力”の存在が露見すれば帝国の――ヒロトの百年の努力が水泡に帰す事になる。


 鉄球を迎撃し、召使いメイドの〔レイルバウ〕とたいするか。

 自分の身を守る為に、ヒロトと積み上げた百年を無駄にするか。

 ……………………――――――――――――――――ッ!


「こんのぉッ!!」


 アトロが選んだのは――前者だった。

 思考を圧迫する〔重力奔流〕を強制終了。確保した余剰魔導神経を全て〔力量制御〕へ注ぎ込んだ。万を超える鉄球全てから力がせる。


 同時、自由になった召使いメイドの右腕が跳ね上がる。

 再び突きつけられる〔レイルバウ〕のきっさき

 大丈夫、さっきもやれた。今度も〔力量制御〕で――――――――


 ――あ、間に合わない。

 ヒロト、



「はぁい、そこまでですよぉ~」



    ◆ ◆ ◆ ◆



 マリナが放った散弾は間延びした声に遮られた。

 正確には、声と共に現れた白い柱に受け止められたのだ。


 突如、マリナとアトロの間を割るように天へ伸びた白く太い柱。

 その先端がぐにゃりと鎌首をもたげる。

 ぶるりと震えた柱の先端には、かぎつめと無数の吸盤が敷き詰められていた。


 そこでようやくマリナは、地から生えたのが白い柱ではなく、巨大なだと気づいた。

 まるで――


烏賊の足ゲソか? って、うおッ!」


 白い触手はその身をくねらせると、目にも止まらぬ早さでマリナの身体に巻きつき縛り上げた。そのままマリナは戦利品が如く、天高く掲げられてしまう。


「まったくもぉ……おふたかたともやりすぎですよぉ」


 木々の奥から修道服が現れる。

 せいどう騎士、ケイト・リリブリッジ。

 この触手はあの女が生み出したものか。やはり尋常な人物ではなかった。――人が最も気を抜くのは危機が去ったその瞬間。今まで姿を隠していたのはオレが気を抜くのを待っていたのだろう。マリナはこちらを見上げてほほむ修道女をにらみつける。


 対して、アトロはあんの表情を浮かべ、


「助かったケイト、そのままコイツを――っておい!!」


 新たに地を割って生えた触手に縛り上げられた。

 アトロは怒りもあらわに「ケイト!」と、マスクの下から怒鳴り上げる。

 対するケイトは、あきれたように頭を抱えて、


「もぉっ、アトロちゃん落ち着いてください。この人は敵ではありませんよ」

なれは何を言って――」

「もしかしてぇ、アトロちゃん気づいてないんですかぁ?

 この方、魂魄人形ゴーレムですよ~。しかもぉ、異世界ファンタジアの魂魄を使ったぁ」

「なに……」


 困惑するアトロを見て、ケイトは大きくいきをつく。「まったくもぉ、ヒロトさんの事になるとすぐ頭に血がのぼっちゃうんですからぁ」とつぶやくと、マリナが落としたスパス12を拾い上げ、


「こんな武器、ヒロトさんの世界のものに決まってるじゃないですかぁ。それを無尽蔵に用意できるとしたらぁ~、もう主従契約テスタメントによるものとしか考えられないでしょぉ?

 その契約者である辺境伯を危険にさらすわけが無いのはぁ――アトロちゃんが一番よぉくわかってるんじゃないですかぁ?」

「――ならば尚のこと、二人してあれらをたばかっているかもしれぬではないか」

「熱くなり過ぎて脳みそ溶けちゃったんですかぁ? 辺境伯が貴族どころか陰謀好きなシャルル七世とすら繋がりが無いのは、アトロちゃんがだぁい好きなヒロトさんが作り上げた軍情報部が調べ上げたでしょう? 仮に王政府が仕組んだ事だったとしても、この二人は何も知りませんよ」


 アトロの視線がこちらを向き、そのそうぼうが妖しく金色に光った。

 魔導干渉光というやつだろう。何らかの魔導式を使用してこちらが魂魄人形ゴーレムであるかを確かめているのかもしれない。アトロは暫くして「わかったよ……」とだけ漏らした。


 ケイトは話は済んだとばかりにアトロから視線を外し、イカの腕に掲げられたマリナを見上げる。


「マリナさん、でしたよね? わたくしたちもぉ、この件に関しては何も知りません。証拠はぁ、ここで頭を沸騰させているお馬鹿さんです」

「……私を信用させ、だますという可能性は?」


 マリナは必要の無い問いを返す。

 既にこの二人が無実だという事はマリナも察していた。『王政府に皇帝が連れ去られた』として戦争を吹っ掛けるならマリナに構う必要はない。それにケイトはともかく、アトロの行動が演技だというなら迫真過ぎる。『きちんとだませているか』とこちらをうかがう素振りもない。つまりアトロという魔導士は本当にだけなのだろう。


 それでも聞き返したのは、単に相手の言うことをみにするのがしゃくだったからだ。

 そんなマリナの心中を見透かしているのか、ケイトはくすくすと笑いをこぼす。


「そうやって時間を稼ぐとぉ? そんな事をするくらいならぁ、わたくしのカトル様で貴女あなたの核になってる蓄魔石を壊してしまった方が簡単ですし確実ですねぇ。……もしそうして欲しいならぁ、何もかも終わった後で砕いて差し上げますよぉ?」


 ケイトは一切笑みを崩さぬままに、首をかしげてみせた。

 ――こういう手合いに意地を張るのは危険過ぎる。


「分かりました、信用します」


 拒否など出来ようもない。生殺与奪の権利は文字通り向こうが握っている。

 ケイトも分かっているのだろう。わざとらしく破顔して、


「よかったぁ! これで協力し合えますねっ。うちのボケ老人とは大違いです~」

「おい! ボケ老人はなれであろ!! あれはまだ若い!」

「まったくもぉ、わたくしより年上なのに落ち着き無いんですからぁ」

「黙れ老亀が。今にその厚化粧の下にあるこけだらけの甲羅をあばいて」

「はぁい、静かにしてくださいね~」

「……、…………ッ!」


 アトロのぼうじんマスクに触手が巻きつき、ようやく静かになる。

 二人の関係はまるで不出来な妹と、それをたしなめる姉のようだった。


「いいですかぁアトロちゃん。

 わたしたちはぁ、仲間割れなんてしてる場合じゃないんです」

「――――、―――――ッ!」


 恐らくアトロは『そんな事は分かってる』とでも言っているのだろうが、あいにく、マスクと触手越しではろくに聞こえやしない。

 ケイトも特に気にせず――というより無視して――話を続ける。


「今の状況はぁ、ヒロトさんを狙った何者かが仕組んだ事には間違いないでしょうし。その目的がどこにあるにしてもぉ……わたくしたちがはじき出されたという事は転移機構に細工されていたということ。――安全が確保された経路以外の場所へ転移したということですよぉ? つまりぃ――」


 ケイトの顔から、初めてほほみが消えた。


「このまま放っておけば、お二人は魔獣の腹の中です」

 

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