第5話 誰がためにメイドは走る

scene:01 従者たち(その1)

 両手で支えていたM2きかんじゅうせた。

 かと思うとマリナを浮揚感が襲う。馬車すらも姿を消したのだ。


 木製の身体が砲弾もかくやという速度で宙へ投げ出される。

 それでもマリナがとっに受け身を取れたのは、幼少から青春までを泥に塗れて過ごしたお陰だろう。


 マリナは混乱する思考を捨て置き、素早く姿勢を低くして周囲を見回す。


 月明かりもろくに届かぬ洞窟内で僅かに見えるのは周囲の岩肌と、今しがた突入したばかりの洞窟の入り口のみ。『門』から『回廊』へと転移すると聞いていたが、どうひいに見ても、『回廊』などと呼べる場所ではない。


 そして見渡す限りに馬車は無く、御者台に居たはずのエリザも皇帝陛下の姿も無かった。

 つまり――、


「ぷぎゃるッ」


 思考をさえぎる間抜けな声。

 同じく馬車から投げ出され、顔から着地したらしい魔導士――アトロ・パルカだ。フードとぼうじんマスクで隠した頭を「なんだ、何が……」と、キョロキョロ動かしている。

 その、あまりにのんな態度にマリナは少しだけいらつ。コイツ正気か。困惑なんて“ぜいたく”は後にしてくれ。


 だが、マリナが指摘するまでもなく、もう一人の同乗者が声を張りあげる。

 修道女だ。


「アトロさぁん! 早くしてくださぁい。来ますよぉッ」

「は?」


 修道女と魔導士の間抜けなやり取りに構わず、マリナはスカートをひるがえす。

 当然の対応だ。

 アイホルト回廊へ転移とやらをしていないならば、いまだ危機が迫ってきているということ。たとえるなら北の装甲車に追われている最中に、即製戦闘車トヨタ・テクニカルから放り出されたようなものだ。ボケボケしていたやつは皆死んだ。


 ドシン、ドシンと、笑えてくる程の質量が地を揺らして迫る。

 洞窟の入り口へ突進する巨鈍魔トロール動く死体アンデッドだ。

 主人あるじを見失った混乱と焦燥をねじ伏せて、マリナは新たな武器を担いだ。


 ソレの見た目はパンツァーファウスト3とほとんど変わらない。

 異なるは、その弾頭だ。

 通常のものよりズングリとした形の弾頭は、通称『バンカーファウスト』。

 ――その名の通り掩蔽壕バンカーを破壊する為の、対建造物兵器である。


「身を隠してください」


 返答を待たず、マリナは引き金を絞る。

 パシュリと、どこか間抜けな音を立てて飛び立った弾頭はしかし、凝縮された暴力の塊である。弾頭先端の成形炸薬HEAT巨鈍魔トロールの分厚い胸板をいとも簡単に切り裂き、弾頭後部のりゅうだんをねじ込む。


 ――瞬間、さくれつする。


 遅延信管よって起爆したりゅうだんは、千以上の破片と900個の鉄球を巨鈍魔トロールの体内でらす。それは建物内部の兵士を殺す為の暴力。コンクリート造の建物ならば中身をつぶして終わりだが、肉塊ではそうもいかない。

 巨鈍魔トロールの肉体は内側からの圧力に耐えきれず、水風船のように破裂した。


 残ったのは腰から下だけ。

 上半身を失った両脚はそのまま膝をつき――――

 ――――かけて、踏みとどまった。


「おいおい……」


 冗談だろ、と口にしなかったのは、なけなしの意地だ。


 巨鈍魔トロールの腰から、ブクブクと泡立つように肉が湧き上がる。

 あぶく肉は見る間に腹を、胸を、肩をかたちづくった。そうして肉体が再生している間にも無事だった両脚は、洞窟に潜む小さな獲物を逃すまいと前進する。


 マリナは新たな武器を取り出そうとして、舌打ちを漏らした。

 ――距離が近過ぎる。

 これでは無反動砲のたぐいは使えない。しかし重機ごときでは足止めにもならないだろう。

 いちばちか、あの巨体の脇をすり抜けて森へと逃れるしか――


「メイドっ!」


 聞こえたのは、ようやく正気に戻ったらしい魔導士の声。

 チラリと視線を送れば、アトロは巨鈍魔トロールの巨体へ両手をかざしていた。その双腕そうわんには青白い光で描かれた魔導陣が、複雑にう歯車のように幾重いくえにも展開している。


 魔導式か。

 マリナは巻き添えを避ける為に、岩壁へと身を寄せる。

 ――と、ほぼ同時に巨鈍魔トロールの背後に小さな“黒点”が出現した。


つかまれ!」


 ぼうじんマスク越しの叫び。

 マリナは答えず、ただスカートからナイフを取り出して洞窟の壁に突き刺す。


 途端、が“黒点”へ吸い込まれた。


 洞窟内に風が吹き荒れる。高々度を飛ぶ航空機のハッチを、気圧調整も無しに開いたかのような騒ぎだ。あっという間に身体が吹き飛ばされそうになり、マリナは慌てて岩壁に突き刺したナイフにすがりついた。


 暴風の行く先――黒点を見やる。

 景色そのものが、排水溝に流れる水のようにゆがんでいた。

 空気が、石くれが、巨鈍魔トロールの肉体が黒点へ吸い込まれていく。


 まるで世界に空いた"穴"だ。

 そんな馬鹿げた印象を抱くほどの光景だった。


 ――この世界に来たばかりのマリナは知るよしもない事だが。

 アトロ・パルカという魔導士が産みだした黒点は、重力をただ一点に集中させ、光さえ逃れ得ぬ特異点を生み出す重力操作式の到達点。一歩操作を誤れば、国どころか星さえらい尽くしかねない、しゅうえんを呼ぶ魔導式。


 ソレを、魔導士たちは畏怖を込めて――貪食極点ブラックホールと呼ぶ。


 やがて巨鈍魔トロールはミキサーにぜられる果物のように身体を崩壊させ、黒点へとちて消えた。


「――散れ!」


 吹きすさぶ風に溶ける声。

 風に飛ばされないよう修道女ケイトかかえられている、魔導士アトロの叫びだ。


 途端、の世全てをかへ流し去るかに見えた黒点は霧散。マリナの身体を浮き上がらせていた暴風も消え去った。


 マリナは小さくため息を吐いて地に足をつける。

 やれやれ、まったく恐ろしい。

 武器とかっちゅう頼りの『騎士』なんぞより、『魔導士』とやらの方が余程やっかいだ。修道女に立たせてもらっている魔導士を横目で見つつ、マリナは独りごちる。


「やっと、倒したか……」


 マリナの視線の先で、アトロという魔導士はフードとぼうじんマスクの下で大きくため息を吐く。

 すがに先ほどの魔導式は大技だったのだろう。羽織っているローブの上からでも肩で息をしているのが見てとれる。魔導士相手につけ込める点があるとすれば、自身の体力を消費して能力を行使するという部分かもしれない。


 対して魔導士の隣に立つ修道女――ケイト・リリブリッジは表情一つ変えずにキョロキョロと周囲を見回す。


「それにしてもぉ、馬車はどうしちゃったんでしょう……?」

「それはわたくしも伺いたく存じます」


 マリナは軽くメイド服のほこりを払い、魔導士と修道女へとを向けた。


わたくしは魔導式にうといもので判断がつかないのですが――馬車は何処どこへ消えたのです?

 わたくし主人あるじと、皇帝陛下はどちらへ?」


 その問いに、アトロという魔導士が平然と答える。


あれらだけを残して、ヒロトと辺境伯だけが回廊へ転移したのであろ」


 ――ヒロト、か。

 皇帝陛下を随分と気安いものだ。そうマリナは目を細める。

 コイツはあの優男の情婦か何かなのか。ローブとぼうじんマスクの下は案外わいらしいのかもしれない。


 だがまあ、今はそんな事はどうでもいい。

 エリザの姿が消えてしまった事も、脇に置いておくしかないだろう。

 巨鈍魔トロールよりも大きな問題が、が迫っている。


 それは、魔導士が――アトロ・パルカがこちらへ向けてくる“目”だ。

 フードの奥底で光るアトロの瞳が、マリナを射抜く。


なれの仕業であろ?」

「――違います」


 声が固くなったのが、自分でも分かった。


 巨鈍魔トロールを倒して安全が確保されたにも関わらず、マリナの脳内では非常事態の警報が鳴り続けている。

 原因は、この杖も持たぬ魔導士の、呼吸、筋肉のこわり、そして視線だ。


 呼吸は即座に動けるよう浅く、筋肉も同様に神経が研ぎ澄まされ、視線はマリナの一挙手一投足を見逃さぬようにとギラついている。その他にもあらゆる要素が、マリナへの害意を示しているのだ。


 俗な言葉を使うならば――それは"殺気"というものだろう。


 マリナの白木の体に緊張が走る。

 あんな暴力手段を持つ人間から殺意を向けられて落ち着いていられるほど図太い神経を持った覚えはない。反射的にほこりを払うフリをして、スカートから自動拳銃スチェッキンを抜いてしまった。半身で魔導士と修道女にあいたいしているのは、洞窟の薄闇と自身の陰に拳銃を隠す為である。


 元の世界に居た頃であれば、既にマリナはスモークグレネードでもいてとんそうしていた事だろう。人間が一番気を抜くのは脅威が去ったその瞬間なのだから、逃げるなら巨鈍魔トロールを倒した直後が望ましかった。


 ――だが、今のマリナはその選択を採らない。

 マリナは主人を得たからだ。

 誰かが決めた上官ではない。自分で選んだ自分だけの主人。

 全身全霊で尽くしたいと、命をささげたいと、『主人の幸せこそが自身の幸せ』としてしまえるほどの雇い主を。


 その主――エリザベート・ドラクリア・バラスタインが、今ここに居ない。

 事情を知っていそうなやつは、眼前の二人だけ。

 踏みとどまるには、充分過ぎる理由だ。


 マリナは焦点をあえてズラし、視野を広くかんするように保つ。

 魔導士と、その背後でキョトンとしている修道女――せいどう騎士ケイト・リリブリッジの動きを見逃さぬ為だ。


 事態は一刻を争うかもしれない。荒事は出来るだけ避けたいところだが、魔導士の態度からしてそう簡単にはいかないだろう。だが普通に考えれば、ここで争っても意味が無い事は向こうもわかるはず。ならこの殺意は演技か。それとも単にテンパっているだけか?


 まあ、どうせ戦闘を避けられないのなら揺さぶってみるか。

 そう決断すると、マリナはわざと見透かしたような笑み作ってみせた。


「むしろ、そちらの策略にわたくしのお嬢様を巻き込んだのでは?」

「……なに?」

「たとえば――皇帝陛下の誘拐をでっち上げて戦争再開の口実にする、とか?」


 不快気に、アトロの眉がピクリと動いた。

 ビンゴ――とは言えないが、今の言葉に後ろめたい“何か”がある反応だ。


 そしてアトロは自身の反応をすかのように「ははは」と、わざとらしく笑い始めた。


「まったく……」


 馬鹿げた発想だとばかりに、軽く額を押さえて首を振り、


「……――――ごとをッ!!」


 腕が振り上げられる。

 その動きを、マリナは以前に見た事があった。

 チェルノートでたいした憂国士族団が放ったいばらを生み出す魔導式。その予備動作。


 全力で退く。

 ほぼ同時。マリナが一瞬前まで居た地面から大量のいばらつたが生み出された。

 つたの壁の向こうから「チッ」とアトロの舌打ち。


 ――そこか。

 マリナは声の方向へスチェッキンをフルオートで連射。20発ものマカロフ弾を二秒弱で撃ち尽くす。手応えは――――無い。


 代わりに返ってきたのは、洞窟の壁や天井から襲いかかるいばらの群れだった。


 まったく短気な小娘ガキだ。これが“演技”なら大したものなんだが。

 マリナはいばらの群れをかわしつつ洞窟の出口へ向けて駆ける。

 そして置き土産にと、スカートからフラッシュバンを大量にばらいた。


 洞窟から飛び出たマリナは木陰に飛び込み――瞬間、洞窟が光を吐いてほうこうした。


 洞窟という閉鎖空間ではあまりに強力なソレを十数個である。さながら巨大なスピーカーの中に放り込まれたようなものだろう。非殺傷兵器とはいえ、普通の人間ならショック死しかねないほどの過剰攻撃オーバーキル


 だが、そうまでしなければあの二人を拘束出来ないだろう。

 何らかの身体的障害が残る程度なら構わない。マリナとしては尋問さえ出来れば良いと考えていた。極論、エリザの居場所を吐かせられるのなら問題ない。


 マリナは恐る恐る、木陰から顔をのぞかせる。

 魂魄人形ゴーレムの身体には何の不調も無い。人間だった頃であれば、この距離であのごうおんを浴びれば自身も倒れる羽目になっていただろう。戦術の幅が広がった事はありがたい。

 マリナは中の状態を確認しようと腰を上げ、


 途端、洞窟から火球が撃ち出された。


〔爆裂式〕ってやつか――!

 慌ててマリナは射線から退き、地面に伏せる。

 間一髪、〔爆裂式〕の火球から逃れたマリナに土砂と爆音が降り注ぐ。チェルノートで受けたソレよりも段違いの爆発。しゅりゅうだんなんぞの比ではない。この威力は迫撃砲のたぐいだ。


「あのアマ! 殺す気かよ」


 自身の所業を棚上げして毒づき、マリナはスカートに手を突っ込む。

 そうして取り出したのはドラグノフ狙撃銃SVD単眼暗視装置JGVS-V8

 速射性能の高い突撃銃アサルト・ライフルを選ばなかったのは、敵に近づきたくないからだ。


 なにしろ敵魔導士の能力は以前やりあったえんつい騎士団の魔導士とは比較にならないほど高い。しかも修道女の方はいまだ手の内を見せていないのだ。戦闘能力を持っていない可能性もあるが、馬車の上で魔導式を使っているのは確認している。それだけでも充分に厄介だ。


 望ましいのは、敵への接近を避け、こちらの位置を特定させずに無力化すること。

 なおつ、片割れは生かしておく必要がある。


 ――わなめるしかない。

 マリナは暗視装置を額につけ、そのまま音を立てずに森の奥へと後退する。

 が、


「随分といらたせてくれるな」


 背後から声。

 いつの間に!? ――そう驚く心より先に身体が動いた。

 振り向きざまに引き金を絞る。そのまま後方へ跳躍。距離を取った。


 狙いをつける余裕は無かったが直撃コース。

 騎士甲冑サークとやらを持たない魔導士なら、殺せなくても手傷は――


「そんな〔レイルバウ〕モドキであれが殺せるか」


 そう期待したマリナの前にはしかし、無傷の魔導士の姿があった。


 ここで外すか。つくづく運が無い。

 そう舌打ちするマリナへ、淡く青白い光を放つ右手が向けられる。


 させるか――!

 マリナは再びドラグノフの引き金を絞る。

 撃針が7.62㎜x54R弾をたたき、火薬の相転移による爆圧が弾丸本体を押し出す。施条ライフリングによって回転を得た弾丸は、その運動エネルギーを喪失するまで直進し続ける“殺意”そのもの。人体を通り抜けようものなら内包するエネルギーをばらき、肉と骨をぐちゃぐちゃとかくはんする事だろう。


 人間相手には充分過ぎる威力をもった鉄のつぶてが、魔導士へ襲いかかる。


 そして弾丸は――

 ――魔導士の眼前で動きを止めて、ポトリと地に落ちた。


「まさか、」


 ぜんとするマリナを、魔導士が鼻で笑った


 似たものを、マリナは目にした事がある。

 チェルノートにおいてリチャードの〔断罪式〕による衝撃波を防ぐ為、憂国士族団が展開した〔三次力量操作式〕。

 だがそれは、三人の魔導士が協力してようやく成立させていたもの。エリザからも『高度な魔導式は複数人で協力しなければ成立させられない』と聞いていた。魔杖や魔導陣によって魔導神経を拡大したものを複数人で同調させる事で、ようやく世界に介入できる『式』として成立するのだと。


 故にマリナは無意識に除外してしまっていた。

 アトロ・パルカという魔導士が、たった一人で複数人分の魔導式を扱える可能性を。


 スチェッキンの連射や、振り向きざまのドラグノフの一撃で倒せなかったのは運悪く弾が外れていたのでは無かった。

 単に、コイツにとっては弾丸ごとき何の脅威でもない、というだけの話。


「――チッ、」


 これは、どうしようも無い。

 マリナが選んだのは逃走だった。


 即座にスカートをひらめかせ、スタングレネードとしゅりゅうだんを複数個ばらく。

 自滅覚悟の召喚。だが、やらねばならない。

 遅まきながら相手にしているのが歩兵ではなく戦車だと気づいたのだ。速やかに距離を取り、身を潜める必要がある。それに魂魄人形ゴーレムの身体であれば、四肢一つの欠損程度で済むはずだ。


 だが、マリナの浅はかな思考は、魔導士によって文字通り握りつぶされる。


 ばらいたしゅりゅうだん及びスタングレネード、計8個。それら全てが突如として意志を持ったかのように虚空で動きを止め、一箇所に集結したのだ。

 そして、爆発する。

 ――しかし、爆炎は拡散しない。透明な球体に押し込められているかのように炎と破片はその場にとどまり続け、やがて唐突にえた。

 ポトリと落ちたのは、しゅりゅうだんの破片とおぼしき焼け焦げたてつくずのみ。


 それを成したのがアトロ・パルカという魔導士である事は、彼女が掲げて見せる握り拳が示していた。


 すがに言葉をうしなった。

 ケタ違いだ。

 かないっこない。


 マリナの脳内に生まれた一瞬の空白。

 その空白を狙い、魔導士がふわりと浮き上がってマリナへとしょうする。


 マリナは慌ててスカートへと手を伸ばす。

 この瞬間、マリナが求めたのはだった。

 この魔導士に勝てる存在に助けを求めようとした。

 何者にも負けず、圧倒的な暴力で主人の敵を追い詰め、仕留める猟犬。

 仲村マリナという少女が憧れてやまない、最強の武装戦闘メイド。


 手に頼もしい重みが宿る。

 生身であった頃ならば決して片手では振り上げられなかったであろうソレを、マリナは魔導士へと向けた。

 生み出された武器は――


 ――スパスかよッ!?


 マリナの手にあったのは、フランキ・スパス12。

 いわゆる12ゲージの散弾銃ショットガン

 確かに憧れていた『婦長様』が扱っていた武器だ。しかし、この異世界ファンタジアではあまりに非力なソレ。しかも自身の感覚が正しいのであれば『飛ぶ敵を撃ち落とす』事を求めたあまりに、狩猟用の対小動物散弾バードショットそうてんしてしまっている。一発弾スラッグどころか大粒散弾バックショットですらない。

 そんなものをこの土壇場で生み出してしまうとは――!!


「――クソがぁッ!!」


 自身への罵倒と共に、引き金を絞る。

 たとえかなわないと分かっていても、もろを挙げての投降をこのこんぱくは許さない。最後まで抵抗し、その命を賭して僅かな時間を稼ぐ。自爆上等、特攻上等。生き恥をさらすくらいなら一人でも多く殺して死ね。


 悲しいかな、それがマリナの魂にまで刻み込まれた民兵――ニッポン防衛戦線特二級抵抗員としての戦い方だった。


 放たれた200以上もの散弾ペレットがアトロへ殺到する。

 だがそれは鳥を撃ち落とす為のもの。直径3㎜程度の鉛玉が幾ら集まろうと、装甲板を貫通する事など不可能。ましてや魔導士の鉄壁の守りなど破れはしない。


 当然、散弾を意に介さずアトロは突進――

 ――するかに見えたが、その直前でその姿がえた。


 トン、という音が左手側から届く。

 銃口を向ければ、そこには森の泥土に膝をつくアトロの姿があった。

 フードの下からこちらをにらみつけ、魔導式を放つのではなく再び突進の構え。


 なんだ……今のは?

 マリナはアトロの行動に戸惑いつつも、チャンスとばかりに森を駆けて距離を取る。追いすがってくるアトロへ向けて、再度スパスの引き金を絞った。

 やはりアトロは、放たれる散弾を残像すら見えるほどの動きで避けてみせる。


 弾丸を避けられるのは驚きだが――お陰で充分な距離が稼げた。


 メイド服のスカートから生み出したのは数個の発煙筒スモークグレネード

 煙が放出されるまでの僅かな時間を稼ぐ為、スパスをセミオートのまま連射。周囲一帯に拡散した赤い煙に紛れてその場から離脱する。


 マリナは暗視装置を頼りに木の根がのたうつ森の中をひた走る。

 これで、ひとまず魔導士をくことが出来ただろう。


「へへ、ざまあねぇ……っと!!」


 あんからこぼした悪態が一条の光に遮られる。

 赤髪をかすめたソレは憂国士族団が使っていた〔凝集陽光式〕というやつだろう。まるでコミックで見たレーザーだかビームさながらだ。

 ――あのチビめ、米軍だって可視光の光学兵器など持っていなかったというのに。しかもそれを、ぼやき声だけを頼りに当ててきたのか。


 ったく、何でもアリだな。

 髪が焦げた臭いに苦笑しつつ、マリナは足音を立てないよう慎重に森の中を進む。そして行く手に降りられそうな崖を見つけると、その崖下に身を隠した。ここならば熱線暗視装置サーモで直視でもされない限り見つからないだろう。


 さて、これからどうするか。

 スパスを抱きかかえ、マリナは思考の回転数を上げる。

 即座に思い至るのは、アトロという魔導士の不可解な行動だ。


 何故なぜやつは散弾を避けた?


 貫通力で言えば、ドラグノフの小銃弾と対小動物散弾バードショットなど比べるべくもない。無論、生身の人間相手ならば対小動物散弾バードショットは死ぬよりも悲惨な結果をもたらすが、弾丸を止めるようなやつには関係ない話だろう。更につけ加えるなら、避ける必要があったのなら何故なぜ、接近して来るのか。遠方から魔導式を放てば良い話では無いのか。


 考えろ。

 考えろ、仲村マリナ。

 エリザが消え、念話も通じない。

 それだけで心がみだされ、不安と焦燥に駆られ、無いはずの脳髄がしびれたようになる。


 だからどうした?

 そんな弱音などクソらえ。

 エリザが置かれている状況がわからない以上、一秒でも早くあの小娘ガキ排除ころして、修道女に事情をたださなくてはならないのだから。自分をあわれんでいる時間など、天地の何処どこにもありはしない。


 そう自身を鼓舞して、砂利をんだ思考の歯車を回す。

 生前の癖のままに眉間をトントンとたたきながら、マリナは魔導士の行動を最初から思い返した。


 あのクソチビの使っている魔導式は強力かつ多岐にわたる。だが、それらのほとんどは憂国士族団も扱っていたものだ。魔杖を使わず、魔導陣を描くなどの準備もせずに式を成立させられるのは驚異なのだろうが、結局は同じもの。ならばその原理も変わらないはず。弾丸を止めたのは『力量制御』だか『操作』とかいう魔導式だろう。

 それを使っていたのは憂国士族団のリーダー格のグラマンとかいう魔導士。それと――


 魔獣使いビーストテイマーのダリウスだ。

 これだ、という直感がマリナのこんぱくに走る。


 思い出せ。思い出せ仲村マリナ。

 あの刺青男ダリウスはアヴェンジャー機関砲の反動を抑え込むために何をしていた?

 悪態を吐きながら機関砲に様々な細工をしていたはずだ。

 魔導式の原理が同じと仮定するならば、アトロという魔導士はダリウスが手間暇かけて行った事を高精度かつ瞬時に行っている事になる。なおつ、あくまで近接戦を挑むというのはこちらの捕縛という目的以上に、という事。


 と、すれば。

 クソチビが散弾を避けた理由は――


「……なるほど、ね」


 マリナの口元がゆがみ、白磁の牙が顔を出す。



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