connect-part:風は死を喰らい事を成す【次回予告】


 夜の闇というのは、後ろ暗い事情を持つ者たちの味方だ。



 バラスタイン辺境伯領。

 そのチェルノートにそびえる古城で行われた、仲村マリナと炎槌騎士団リチャード・ラウンディア・エッドフォードとの苛烈な戦いが一応の決着を見た頃。かの【断罪式】によって破壊され尽くしたチェルノートのはいきようごめく“風”があった。


 より正確を期すならば、それは何者かが動き回り巻き起こした風である。

 しかし、肝心の風を巻き起こした者の姿はどこにも見当たらなかった。時折踊るように舞うじんは、確かに幾人もの存在を示している。であるにも関わらず、姿どころか足音一つ聞こえないというのは不自然を通り越し、自然の摂理に反していた。


「どうだ?」

 ふと、風の一つが声をあげた。

「使えそうなものはあるか?」


「いや」

 応えたのも、やはり風である。

「どれもこれもグチャグチャですよ」


 突然、れきの一つがひとりでに持ち上がった。そして、その下に押し潰されていたものがあらわになる。

 それは【断罪式】の爆風から逃げ遅れた住民の死体だった。


「ったく。『断罪の劫火』とやらも、もう少しれいに殺してくれりゃあいいものを」

「……仕方ない。つなわせて動けるように『式』を組むしかなかろう」

「ですね。――っと、」


 ふと、“風”の一つが慌てたような声を上げた。何かを探すような気配のあとに「すみません先任導士」と、そばにいる“風”を呼び止める。


樹片カートリツジを分けてくださいませんか? 予備を置いてきてしまったようで……」

「――急の事だったとはいえ、命綱を忘れるのは感心しないな」


 そして、あきれた声と共に“風”の姿があらわになる。


 突如として、虚空に男の顔が現れた。口元をぼうじんマスクにも似たゴテゴテとしたマスクで覆い隠した頭だけが、宙に浮かんでいる。まるで景色を映す映写幕スクリーンを切り裂いて顔をのぞかせたようだった。


 だが、見る者が見ればそのに気づいただろう。切り裂かれた映写幕スクリーンに見えたのは、陽光操作系魔導式の到たち点――〔透過迷彩式〕の魔導陣を編み込んだがいとうであり、“風”の正体はがいとうを頭から被った男たちだったのだと。


 頭だけの男は懐から木片の入った樹脂ケースを取り出して、隣に立つ“風”へと渡した。受け取った“風”も、やはり虚空からマスクで覆われた頭だけをのぞかせる。そしてマスクの口元にある樹脂ケースと、受け取った樹脂ケースを取り替えた。

 途端、ふたつの頭は光を屈折させるがいとうを被り、再び“風”へと戻る。


「……ふぅ、生き返る。ありがとうございます、先任導士」

「次は無いぞ。それより早く終わらせる、時間もあまり無いだろう」

「了解です」


 言って“風”は比較的原形を保っている死体を選び出し、その胸元に第五触媒エーテルを混ぜた液体で魔導陣を書きこんでいく。他の風たちも手分けして、数多くの死体に魔導陣を書き込んでいるようだった。

 そしてそれが数十体に及んだ頃、先任導士と呼ばれていた“風”が「よし」と声をあげた。


「起点はこれくらいでいい。あとは勝手に増殖する」

「いつ起動させるんで?」

「早い方がいい……が、動いている所を見られては奇襲が成立しない。埋葬されるまで待つしかないな。交代で状況を注視しろ」

「はい」


 先任導士は最後に軽く周囲から大魔マナを集め、死体に書き込んだ魔導陣に通す。そして魔導陣は他の“風”たちが死体に書き込んだ魔導陣と同調したのち、その姿を消した。王国の魔導士などに発見されないよう魔導陣を透明にして、痕跡を隠蔽したのである。面倒だがこれを怠るわけにはいかない。ブリタリカ王国のみならずルシャワール帝国でも禁術として規制されているものだからだ。


 “風”たちが使った魔導式。それは未練がましく肉体にこびりついた魂の一部を固着させ、その構成魔導式と魔力を改変――死体を術者の命令に従う動く死体アンデツドへと変貌させるものだった。


 そして、そのような魔導式を扱う者たちなど一つしかいない。

 チェルノートにうごめく“風”――彼らは死霊使いネクロマンサーだった。


「それにしても……」

 死霊使いネクロマンサーのうち、先ほど樹片カートリツジを要求していた男がつぶやく。

「この程度の数では、作戦の達成は難しいのでは?」

「なに、正面から戦って勝とうという話ではないのだ」


 応えたのは、先任導士と呼ばれていた死霊使いネクロマンサーだ。


「それに万が一のために、巨鈍魔トロールの死体を幾つか手に入れている。それをく使えばいい」

「……『門』は連合の領土に作ればリスクを冒さずとも済んだのでは? そうすれば反撃を警戒する必要も――」

「馬鹿を言え。獣人種ゼリアンどもの感覚器官をめるな。あやつら、目で見えなければ音で、音が聞こえなければ熱で探知する。最近じゃ蜘蛛人種アラクネイトまで加わっているから、動いた時の風だけで見つかりかね――――っと、」


 ふと先任導士が言葉を切る。

 見れば、既に空が白みだしていた。遠くに明けの明星が見える。そう時を置かずに夜明けが訪れるだろう。


「引き上げるぞ」

「はっ」


 号令と共に“風”と化した死霊使いたちはいきよを後にする。――夜明け前の冷たい空気が朝陽によって暖められれば、高原に強い風を巻き起こすからだ。

 彼らは〔透過迷彩式〕だけでなく〔音響制御式〕まで使って、視覚的にも聴覚的にも完璧な偽装を施してはいる。だが、突風に巻き上げられたはいきよじんがいとうに当たれば、その姿が虚空に浮かび上がってしまう。“風”たちは、自身がその場に居たことを何者にも知られるわけにはいかなかった。


 そうして、まさに風のように立ち去ろうとしていた死霊使いネクロマンサーたちだったが、そのうちの一人が「待て」と、静かに他の者を制した。彼らのリーダー格である先任導士だ。


 いぶかしむ他の死霊使いを尻目に、声を発した先任導士はある一点を見つめて歩き出す。


「これは――ずいぶんな掘り出し物だぞ」


 言って、先任導士が持ち上げたのは陽光を浴びてきらめく銀のかぶとだ。


 それは30㎜徹甲焼夷弾によって、花火のように身体を吹き飛ばされた騎士の肉片。

 炎槌騎士団が一人――ガブストール・アンナローロと呼ばれていた頭部である。







 ~前話のあらすじ~


 リチャードの示した刻限が迫る中、マリナとエリザは逆襲を開始する。

 マリナが担いだのは魔導式を施した対空機関砲。それは憂国士族団とマリナが計画した炎槌騎士団を打ち倒す策だった。騎士を次々と撃ち落としたマリナだったが、その前に断罪の劫火リチャードが立ち塞がる。そしてマリナの身を挺した賭けにより、エリザが放った対戦車ミサイルがリチャードへ突き刺さった。

 ――しかしそれでも尚、リチャードは倒れない。万事休すかと思われた時、リチャードを倒したのはエリザが振り下ろした農作業用の鍬だった。

 そして炎槌騎士団を退けた二人のもとへ、シュラクシアーナ家の航天船が現れる。





 ~次話予告~


 自動人形オートマトンを率いるシュラクシアーナ家。

 招集される査問会。

 ブリタリカ王、シャルル・ラウンディア・ロビスド・ブリタリカの真意とは。

 旧界竜エルダードラゴンはエリザベートに覚醒を促し、

 運命はエリザベートに憎むべきかたきとの出会いをもたらす。

 動く死体アンデッドに追い詰められた主人と従者は何を思うのか。



 次回、メイドin異世界ファンタジア

 ――第4話『そしてメイドはいなくなった』――



※【公女暗殺編】完了につき『あとがき』があります。

 よろしければ、お読み下さい。

https://kakuyomu.jp/users/oshino_sasuke/news/1177354054887703166

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