第4話 そしてメイドはいなくなった
avant-title:錬金術士《シュラクシアーナ》
チェルノートの上空に現れた巨鳥は、エリザとマリナの真上で動きを止めた。
エリザが「シュラコシア」と呼んだ人工の巨鳥は、朝陽を受けて白く
これが――
エリザの胸に抱かれながら、マリナは戦慄する。
全長300メートルはあるだろう。こんな巨大な飛行機械は米軍だって持っていない。あのB-52爆撃機が、そのまま巨鳥の腹に収まりそうだった。
そうこうしている内に、空中で静止している
その数十体の
まるで『決して逃がさない』と宣言するかのように。
――こいつは、
マリナはエリザの胸の中で、奥歯を
今のオレには、周囲を取り囲む
だが、
「大丈夫、マリナさん」
マリナの不安をよそに、対するエリザの顔は穏やかだった。
念話から伝達されるマリナの感情を読み取ったのだろう。エリザは優しくマリナの髪を
「――あの子がなにか
「あの子?」
マリナが眉をひそめるのと同時、上空から『ガコン』という音が響いた。
それは、異様な姿をした集団だった。
十数人居る全員が同じ白衣を
そして、
「ふわあーはっはっはっはっはっはっはっはぐッ――ぐぇ、おぐ、げほッげほッ……やば、むせた。ごめん、もっかい! もっかいやる。スゥ――――ふわあーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
聞こえてきたのは、何とも力の抜ける高笑いだった。
居並ぶ仮面の男たちの間を、ちんまりとした人影が歩み寄ってくる。
仮面も、着ている服も他の男たちと同じ――だが、ややサイズが大きいのか袖が余っていた。高笑いの声からして女の子なのだろうが、身長も随分低い。10歳――小学生くらいか、とマリナは推測する。もっともマリナ自身は小学校に通ったことが無いので、喩えが合っているか分からないが。
そうしてエリザの目の前までやって来た女の子は、仮面から唯一覗く口元をニヤリと歪ませた。
「やあ、バラスタイン嬢。久方ぶりだな」
聞こえたのは、やはり舌足らずな女の子の声。
それを聞いたエリザは「なあに、その話し方」とクスクス笑い、
「まあいいけど。――久しぶり、リーゼちゃん」
「ちゃんではないッ!!」
リーゼと呼ばれた女の子は突如として怒りだす。
「子爵! リゼの事は『子爵』って呼んでっていつも言ってるでしょ! リゼはシュラクシアーナの当主なんだからッ!」
「ごめんねリーゼちゃん、つい癖で……」
「あ、また! ちゃんって呼んだ! エリザ
「はいはい。シュラクシアーナ子爵、リーゼ・ヘルメシア・マイトナー様」
「……うん、それでいい」
ようやく、エリザに「子爵」と呼ばれた子供は落ち着きを取り戻した。
どうやらあのチンチクリンは子爵――つまり貴族らしい。しかも『当主』と名乗っているという事は、周りにいる十数人の大人は家臣団か何かか。
『貴族はあんなのばっかりなのか……?』
『そんな事ないよ――たぶん』
念話で問うも、否定するエリザの声には力がない。
ともかく知り合いならひと安心か、とマリナは
内面がどうであれ、戦闘機並みの破壊力を持つ貴族とやり合わなくて済むのは良いことだ。
リーゼという名の娘は落ち着いた途端、「それで?」と周囲をキョロキョロと見回した。
「リゼの
「え?」
「だ、か、ら、
「もしかして、リーゼちゃ――子爵がお父様に
「そうっ!」
えっへん、と声が聞こえそうなほどリゼは胸を張り、
「リゼは
「え、お金――そんなにかかったの?」
「俗な言い方は嫌いだけど――少なくともシュラコシアが10隻は作れるほど金がかかったぞ!!」
「……へ、へえ。すごいね」
「そうだ。すごいのだ。――――それで、今どこにいるんだ?」
早く見せろ、と
つられて見るリーゼ。
二人から見つめられ、マリナは仕方なく唯一動く首だけをリーゼに向けた。
「よう、オレになんか用か?」
「――――――――――――――――――――え、もしかして」
「
「壊れた
「壊れた
目を丸くして固まるリゼ。
しばらく誰も言葉を発さなかった。
そして、
「はああああああああああああああああああああああッ!?」
絶叫と共に一瞬でエリザに駆け寄ったかと思うと、リーゼはマリナをひったくる。
「ど、どどどどどどどどどどうしてそんな事になってるんだ!? ぼ、ボロボロじゃないか! というか身体! 身体が無い! アルフヘイムから大枚はたいた精霊樹で作った素体だぞ!? どれだけ特許権利売り飛ばしたと思って――なんだってこんな、」
「リーゼ様」
いつの間にか隣にやって来ていた仮面の一人が、リゼに耳打ちする。
「恐らく炎槌騎士団では? 王からもそのような話があったかと」
「そ、それか! ああ、もうッ――」
リーゼは頭を掻きむしり苦悶の声を漏らす。まるで癇癪を起こした子供だった。――いや、事実子供なのだろう。そう、マリナは半ば呆れながらリーゼという少女を見つめていたが、続く言葉には“呆れ”で済ませられるものではなかった。
「エリザ姉、なんだってそんな馬鹿なことを……領民なんか幾ら死んじゃってもいいじゃんか。あんなの捨てて逃げれば――」
あんなの捨てて――だって?
リーゼに抱きしめられたまま、マリナは柳眉を逆立てる。
エリザの知り合いだろうと、
「――おい」
「え?」
マリナは唯一動く首を大きく振り上げ――
――わめき散らすリーゼへと頭突きをかました。
「痛ったあ!!」
頭を押さえてリーゼは後ろに尻もちをつき、マリナも地面に放り出される。「マリナさん!」と慌てるエリザに再び抱きかかえられてから、マリナはリーゼという貴族へ叫んだ。
「オレの主人を馬鹿にすんじゃねえ、このチビッ!」
「チビ!? チビって言ったの、この
「何度でも言ってやるよ、背も小さけりゃ心も
「なんだと!? この
叫びすぎたのか、リーゼは涙声になりつつあった。
それに気づいた家臣たちが、慌てたようにリーゼのもとへ集まってくる。「落ち着いてくださいご当主」「リーゼ様は威厳に満ちあふれたお方です」「それに成長速度は人それぞれ。リーゼ様にはこれからがございます」「そうです、
「おいちょっとリゼを
「――ちょっと待て、」
聞き捨てならない言葉があった。
「なんで、オレが
「そんなの当たり前だ」
尻もちをついていたリーゼは立ち上がり、改めて胸を張った。
「
「なに――」
「証拠を見せてやる。――個人旗を掲げよ!!」
「「「「は!」」」」
リーゼの号令と共に家臣達は整列し直し、どこからか取り出した旗を掲げた。
身の丈以上ある旗棒に
『すごくえらい』――と。
「どぅおおおおだ!!
君たちの言葉で『高貴で麗しく威厳に満ちている』という意味だろう? ふふ、リゼの英知に恐れおののくがいいッ!!」
「いや……」
マリナは少し
「威厳っていうより、背伸びした子供みたいな感じだな」
「……え」
胸を張り、高笑いしようとしていたリーゼが固まる。
「ほんとに?」
「ほんとに」
「え、ちょっとどんな感じで書いてあるのか翻訳してくれない? 言い換えるイメージで話せばこっちの言葉で発音出来るから」
「そうだな……」言われた通りにイメージする。「『すごいえらい』って書いてある」
「………………ああぁぁぁ、やっちゃったあ」
マリナの言葉を聞いたリーゼは膝から崩れ落ち、頭を抱えてしまう。
途端、家臣達が「リーゼ様!」と心配そうにリーゼの下へ駆け寄った。「大丈夫ですよリーゼ様、次がんばりましょう」「そうです、リーゼ様はがんばれる子です!」「
そんな主人と家臣たちを見て、マリナは思う。
あれは秘密警察なんかじゃねえ。
――アイドルと、その親衛隊だ。
見慣れているのだろう。マリナを抱きかかえるエリザはクスクスと笑っている。
「――これじゃあ、ここに来た理由は訊けそうにないわね」
「それは私から説明いたします」
答えたのは、いつの間にかエリザの隣に来ていた家臣の一人だった。
仮面のせいで区別が付きにくいが、確か『ロジャー』と呼ばれていた男のはず。
ロジャーはエリザへ一礼してから、説明する。
「当家はこのたび、炎槌騎士団と竜翼騎士団との間に起きた紛争の仲裁を命じられました」
「仲裁……? まさか、」
「はい、ブリタリカ王――シャルル七世陛下より仰せつかっております」
ロジャーはエリザの思考を肯定する。
それから周囲を見回し、
「ところで、炎槌騎士団は……? 既に戦闘状態にあると考え、
「炎槌騎士団はその――」
「コイツが倒した」
言いかけたエリザの機先を制して、マリナはエリザを視線で指した。聞いたロジャーは「なんと、」と
途端、念話で抗議の声があがる。
『ちょっと、マリナさん!?』
『間違ってねえだろ?』
『でも、ほとんどマリナさんが……』
『オレがやったと言うより、エリザがやったと言っておく方が
『そうかもしれないけど、』
『どうせ罪に問われるなら、力を示しておいた方がマシだ。どうでもいい存在になるよりは生存確立が上がる』
『――――、』
まだエリザは何かを言いたげだったが、ロジャーの「では、全員戦死されたのですか?」という言葉に遮られ、仕方なく抗議を打ち切った。
「――いえ、騎士団長のリチャード・ラウンディアは生きています。今は
「なるほど。身柄を引き渡して頂いても?」
「はい、もちろん」
エリザの承諾を得て、ロジャーは家臣団の一部に指示を飛ばす。それを受けた家臣たちは数体の
それを見送り、ロジャーはエリザへと向き直る。
「それとバラスタイン嬢――
「わたしも、ですか?」
「はい」
その封書に描かれた紋章を見たエリザは「戦乙女と竜の盾――ブリタリカ王家の、」と声を震わせる。エリザが封書を開いて中身を広げると、ロジャーは内容を補足するように告げた。
「我々が王より受けた命は二つ。一つは炎槌騎士団と竜翼騎士団との戦闘を止めること。
そしてもう一つは、両騎士団の責任者を王都ロマニアへ召喚せよというものです」
「召喚命令――」
エリザの
「シャルル七世陛下は、査問会を招集されました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます