scene:03 メイドの戦い

 ……気のせいか?

 仲村マリナは頭上後方を振り返り、首をかしげた。


 無人偵察機に見られている時のようなムズがゆさを首筋に感じたのだ。

 だが、振り返った空には何もない。


 とはいえ、ここは異世界ファンタジア

 見えない〝何か〟に見られる事があってもおかしくはないだろう。


 マリナは自身の直感を信じて屋根から飛び降りると、そのまま建物の陰に身を隠す。石が焼かれる音を遠くに聞きながら、肩に担いでいたバレットM82A2型を地面にそっと下ろした。

 耳を澄ます限り、爆撃は一旦落ち着いたようだ。マリナの狙撃が功を奏したのだろう。狙撃手の存在をアピール出来たのは重畳だ。

 マリナは「ふぅ」と、深く緊張を身体の外へと吐き出す。


 と、途端に、


『マリナさん!? 聞こえますか?』


 エリザからの念話だった。


「おう、エリザか。――状況はどの程度把握してる?」

『いえ、あの、あまり……。町から火が上がってるのが見えたので、慌ててわたし――あのマリナさん、もしかして、』

「ああ、騎士団が攻めてきた」


 マリナの答えに息をむ気配が念話から返ってくる。

 だが、そこから読み取れる感情は動揺よりも前向きなもの。マリナの言葉を聞いた瞬間に腹を決めたのだろう。悪くない、とマリナは思う。

 こうして相手の感情の機微が分かるのは、無線よりも便利な点だ。


 マリナはそのまま町の周囲を魔導士が焼いていること。避難誘導をシュヴァルツァーとカヴォスに任せたことを伝える。ついでにマリナが「魔獣をエリザが倒したと言ったら避難を決めた」との言葉には「なんでそんなウソを」と抗議してきたが、マリナは「そんな事より」とソレを無視する。


「敵の戦力について把握したい。シュヴァルツァーは襲ってきてる連中を『炎槌騎士団』とか言ってたが――」

『え、炎槌騎士団!? エッドフォード家のですかっ!?』

「そんな事言ってたな。強いのか?」

『……はい。特に騎士団長のリチャードは『断罪のごう』の二つ名を得ている、王国きっての騎士です。副長のアンドレも二つ名持ちですし、他の二人も『大騎士』の称号を得た実力者だと聞いたことがあります』


 エリザの声は深刻そうだったが、マリナとしては「ふぅん」以上の感想はない。『二つ名持ち』だの『大騎士の称号』だのと言われても、マリナにはちんぷんかんぷんだ。

 まあつまり、エースパイロットで構成された戦闘機の中隊といったところだろう。

 そう雑に理解して、マリナは話を進める。


「ところで魔導士ってやつ等なんだが……。あいつ等は『騎士甲冑サーク』とやらを着てないのか?」

『――え? あ、はい。魔導士の個魔力オド量じゃ『騎士甲冑サーク』なんか着たら死んじゃいますから……』

「なんだそりゃ」

 

 エリザの説明によれば『騎士甲冑サーク』は、膨大な個魔力オドを消費する魔導武具であると言う。個魔力オドの量は血統によって決まるところが大きく、貴族は代々、膨大な個魔力オドを持って生まれるらしい。


「なるほど。どうりで」

『……?』


 マリナはエリザの問いかけるような念話を無視する。

 魔導士をバレットM82で狙撃した際に、威力が減衰した様子が無かったのが不思議だったのだ。

 マリナとしてはよろいか何かに弾かれる事を前提に、注意を引くために撃ったので、スコープの先で魔導士が真っ二つに吹き飛んだ時には驚いてしまった。狙撃任務でたびたび人間へ50口径を撃ちこむことはあったが、そもそも『対物銃アンチマテリアルライフル』という名前なのだから、人間に撃つには威力が過剰なのだ。


 ならコレは必要無いか。

 と、マリナはバレットM82を地面に転がす。


 なにしろ当たれば必ず殺してしまう銃など、使


「それでエリザ。やつら火の玉をバンバン町へ撃ちこんでるが、アレは何だ? 魔導式ってやつか?」

『はい。魔導士は魔導神経を有してますから、魔導器具に頼らなくても大魔マナを扱った複雑な魔導式を扱うことが可能で――』

「悪い、エリザ。細かい仕組みを聞いてる余裕はない。やつ等が出来ることだけ教えてくれ」


 マリナがそう問うと、エリザは少し考えてから魔導士の特色を説明する。

 その説明を総括すれば、魔導士とは様々な魔導式が扱える代わりに、騎士のような防御力を持っていない存在らしい。身を守る魔導式もあるそうだが、弓矢をらせる程度で騎士甲冑サークには遠く及ばないとのこと。


 まあ、旧式の戦闘ヘリくらいかな。

 と、マリナは魔導士の危険度を分類する。


 ――つまり、恐ろしい敵だ。


 上空から狙い撃ちされ、小銃弾程度ではビクともしない。建物に隠れていても赤外線カメラで発見されて、壁越しに機関砲やミサイルを撃ちこまれる。マリナのいた部隊にはロケットランチャーで落とそうした馬鹿が多くいたが、大抵のヤツが撃つ前に20ミリの餌食になっていた。歩兵が相手をすべき敵ではないのだ。

 

 だが、それらの苛烈な攻撃は、戦闘ヘリも歩兵を『危険な敵』と認識しているからこそ。

 そこが『戦闘ヘリ』と『魔導士』との大きな差である。


 魔導士はマリナが何を出来るかを知らない。

 少数で多数を相手にする戦術を知らない。

 そして、マリナは『町に潜んで敵部隊を足止めする』事を主任務にしてきたゲリラ兵だ。やりようはいくらでもあるだろう。


 と、魔導士についての説明を終えたエリザが『マリナさん、一つお願いがあります』と切り出した。


「なんだ?」

『魔導士は……出来るだけ殺さないでくれますか?』

「はぁっ!?」


 思わず大声を出してしまったマリナは、慌てて周囲を警戒する。幸い、誰かが近づいてくる気配はない。むしろ魔導士たちが町への爆撃を再開したような音が聞こえ始めていた。住民を避難させるためには、そろそろ魔導士への攻撃をしなくてはならない。


 だが、そこで『魔導士を殺すな』とはどういうことか。


「エリザ、悪いがそれは無理だ。オレは一人で戦うことになる。あまりちやを言わないでくれ」

ちやなのは分かっています。けれど、魔導士たちのほとんどはなんです。魔導士の能力が認められて士族――準貴族として扱われてますけど、中には無理やり登用させられた人も多くて……』

「望まぬ戦いを強いられてるから、殺すな――そう言いたいのか?」


 念話からは、肯定の意思だけが返ってきた。

 なんともあきれた話だ。

 マリナは罵倒を返そうとした自分をやっとの思いで抑え込む。


 武器も持たず戦う意思もない現地住民を逃がせというのは分かる。マリナも散々こなしてきた任務だ。しかし、武器を持ってこれから虐殺を行おうとしている兵士を殺すなと言われたのはこれが初めてだった。


 マリナのあきれた感情が伝わったのだろう。エリザは慌てたように、

 

『だから、で構いません。降参したら殺さないくらいで良いんです。マリナさんにも、町の人にも死んで欲しくないですし……』

「だが、魔導士にも死んで欲しくないわけか?」

『…………』


 肯定の意思。

 エリザの『貴族は民を導き守るから貴い』という信念は固いらしい。

 マリナとしてはアホらしいことこの上ない。


 だが思い出してみれば――その頑固さにマリナはれたのだ。


「……分かった、善処する。オレはあんたのメイドだからな。多少の無理難題は、い紅茶を出した罪滅ぼしと思うさ」

『マリナさん――、』

「そっちも避難民の収容をしっかりしてくれよ? オレの努力を無駄にしないでくれ」


 言って、マリナは『これで終わり』という意思を込めて念話を切る。

 途端、マリナは大きなため息を吐いた。


 面倒な約束をしてしまったと思う。

 だが、せっかく憧れていた武装戦闘メイドになれたのだ。そこそこ理想的な主人にも巡り会えた。

 なら、多少の馬鹿をやっても良いかもしれない。


 マリナは記憶を探る。使う武器を選ばなくてはならない。

 市街戦。

 単独。

 現地住民の避難支援任務。

 武器弾薬に制限なし。

 強化外骨格相当の筋力補助アリ。

 敵戦力である魔導士は『数機の軍用ヘリから降下する歩兵部隊』と仮定する。


 となると狙撃も出来てある程度の速射性を持つ、ある意味が欲しい。


 なら、これを使ってみるか。


 マリナがスカートを翻し取り出したのは、全長約1.2メートル、中身をくり抜かれた特徴的な銃床を持つ、セミオートマチックライフル。

 ――ドラグノフ式狙撃銃だった。

 

 正直、狙撃銃として考えれば他にもっと良い銃が幾らでもあるし、連射性能を求めるなら、突撃銃アサルトライフルを選ぶべきだろう。

 だが、それでもマリナは、かつてかくして使っていたこの銃のことが好きだった。


 というのも『市街地における単独の遅滞戦闘』という、市民ゲリラの狂人集団が下してくる馬鹿げた命令をこなす場合に限り――ドラグノフ式狙撃銃は悪くないのだ。


 そもそも単独任務の場合は、位置の露呈が致命的な事態を招きかねない。

 にも拘わらず、一箇所に隠れているとミサイルで建物ごと焼き払われる。

 つまりいやおうしに、敵から隠れて動き回り、隙を見て一撃離脱ヒットアンドアウェイを繰り返すという戦法しか取れないのだ。


 故に発砲は最小限でなければならず、アサルトライフルのように弾をバラくような銃では邪魔になる。だからといってボルトアクションの狙撃銃では不意の遭遇戦に対応しづらい。時には泥や砂の中に潜むこともあるし、あちこち動き回る以上、武器は最小限にしたい。


 となると『狙撃も可能で頑強なセミオートマチックライフル』が、どうしても一丁欲しくなる。

 それを満たすのが、ドラグノフ式狙撃銃なのだ。


 かつては、これを使うと『非国民』『売国奴』と罵られるため、使いたいのに使えないという場面が何度もあった。

 ――そのせいだろうか。

 マリナにとってドラグノフを撃つというのは一種のという意識がある。かつては弾薬が手に入りづらく、女の身で扱うには重心が上に反動も大きいという難点も、魂魄人形ゴーレムの身体が持つりよりよくと、メイド服から幾らでも弾薬を取り出せるという能力のお陰で帳消し。


 で、あれば。使わない手は無い。

 なによりマリナは、この銃の引き金の感触が好きだった。

 ちやをするからには、せめて気分よく仕事をしたい。


 ドラグノフのほお当てに軽くほおずりをしてから、マリナはエリザの言葉を思い出す。


 殺してはいけない。

 ならば、殺す以外のすべてをやるしかないだろう。


「さて、ちっとヤリ方を考えないとな」



    ◆ ◆ ◆ ◆



 また一人落とされた。  


 チェルノート上空で眼下での戦闘を見つめる筆頭魔導士――ゼーニッツ・グラマンは、隣に浮かぶリチャードに気づかれないようにみした。


 これでメイドに落とされた魔導士は五人。

 既に魔導士隊の半数をメイドの捜索と撃滅に充てているが、いまだメイドを捕らえることは出来ていない。町の建物を巧みに利用して姿を隠し、気づくと誰かが落とされている。〔爆裂式〕に似た音が響くたび、魔導士が身体を押さえて地面に落下していくのだ。それを助けに行った魔導士もまた、同じように落とされる。

 グラマンも〔動体探査式〕で捉えた情報を元に指示を飛ばしているのだが、仲間の被害を減らすことが精一杯だ。


 このままではリチャードの機嫌を損ねかねない。

 その損害を真っ先に受けるのは、炎槌騎士団筆頭魔導士であるグラマンだ。


「導士長」


 そらきた。

 グラマンは己が不運を嘆きながら「はっ」と素早く応じる。さて、どんな叱責を受けるのやらと考えていると、リチャードは意外にも穏やかな口調でグラマンへ告げた。


「あのメイドを捕らえたまえ」

「――はっ……?」


 予想外の言葉にグラマンは言葉に詰まった。

 てっきり「早く殺せ」と言われるとばかり思っていたのだ。グラマンとしても、メイドをさっさと殺して地上へちた五人の救助へ向かいたい。捕縛となると、時間も労力も桁違いにかかる。何故なぜ、そんなことを。


 その疑念が応答にも乗っていたのだろう。

 リチャードの代わりに副官であるアンドレが答えた。


「あのメイドは、かんちようの報告によれば魂魄人形ゴーレムだ。しかもあの不可思議な力――魔獣使いが操るティーゲルを撃退したのもやつかもしれん。……あとは言わずとも良いな?」

「はっ! では、町の包囲から数名引き抜いて――」

「いや導士長、全魔導士であたれ。火の手はあれだけで充分だろう」


 アンドレの言葉にグラマンは再び驚かされる。住民を確実に殺すことよりも、魂魄人形が欲しいということだからだ。確かに魂魄人形ゴーレムは貴重品だし、それが騎士甲冑サークを着た魔獣を撃退できるとなれば唯一無二の存在かもしれない。だが、本家からの任務をおろかにするほどのものだろうか。


「どうした? 早くしろ」

「――はっ!」


 いらつようなリチャードの声に、グラマンは思考を切って、地上付近を飛ぶ同僚たちへと念話を飛ばす。


 ――任務変更。

  全魔導士をもってメイドの捕縛にあたれ。

  なお、目標は魂魄人形ゴーレムであり、魔獣を撃退できるだけの戦闘能力を有する。

  充分注意されたし――


 全員からの了解の返答を得て、グラマンは自身も上空から〔動体探査式〕を最大範囲で展開するため魔杖を振った。魔杖を介して大魔マナを収集、魔導陣を展開し魔力に特定の波長を与えてから町全体を覆うように放出。波長を与えられた魔力は、建物や地面、そして動く人間に当たると跳ね返ってグラマンの下へ戻る。それを魔導陣に組み込まれた式が分析することで、町で動き回る存在を把握できるのだ。


 いまだ、メイドが扱う魔導式がなんなのか見当もつかないが、位置を把握しながら距離を取って追い詰めれば安全だ。少なくとも相手が隠れ潜んでいるということは、こちらの攻撃は通じるという事だからだ。


 そうして指揮を執ろうとしたグラマンだったが、それを見たリチャードの「何をしている」という言葉がそれを遮った。


「導士長、私は全魔導士であたれと言ったはずだが?」

「? はい、ですからそのように――」

何故なぜ、貴様は降下しない?」

「は! ――しかし、」


 建物に隠れ潜むメイドの位置を把握するには、上空からの〔動体探査式〕が必須だ。今も、〔動体探査式〕でメイドの位置を把握しているからこそ、部下の被害を最小限に抑えている。


 そこで監視の目であるグラマンが降下してしまえば、その目を魔導士隊は失うことになる。低空では建物が邪魔をして〔探査式〕がく働かないからだ。


 それでも代わりにリチャードかアンドレが指揮を執るというなら良い。

 だが、魔導神経を持たない騎士では、魔導器具か特別な契約の補助が無ければ念話は飛ばせない。しかも魔導士が許可なく念話を飛ばすことは非常に礼を欠く行為とされており、そういった支援は期待できないのだ。


 だが、


「導士長、私は行けと言った」

「…………はっ」


 リチャードは取り付く島もなかった。

 諦観を抱えて、グラマンは上空から町へと降下する。中途半端な高度にいればメイドの魔導式によって狙い撃ちにされるだろう。

 グラマンは部下に『総員降下、ペアを組め』と念話を飛ばす。孤立するのは危険だ。せめてツーマンセルで動かねば。


 と、途端に副長のウォンから念話が届く。


『グラマン! なぜお前が降りてくる!?』

「……からのおたちしだ。我々全員で、かのメイドを捕縛する」

『全員? お前が指揮を執るから部隊として動けるんだぞ!? それをあの坊ちゃんは――』

「いざとなれば自分でやれば良いと思っているのさ。俺たちと魂魄人形ゴーレムを戦わせて、それを愉しむつもりなんだろう」

『――まさか、?』


 不安げなウォンの念話。

 それはグラマンも考えたことだった。メイドと魔導士を潰し合わせるために指示したのではないかと。我ら『士族』の――平民たち全ての悲願が知られたのではないかと。

 しかし、それをグラマンは否定する。


「リチャードは、そんな回りくどい事はしないだろう。バレてれば、既に俺たちの村ごと【断罪式】の餌食になってるさ」

『だが万が一、』

「ウォン、今はメイドの捕縛に集中しろ。片手間に捕まえられる相手じゃない」

『――わかった。指示をくれ』


 グラマンは自分以外の14人に二人組での行動を指示。一方が〔魔力探知式〕での探査を行い、もう一方は攻撃を受けた際にすぐに反撃出来るよう準備させる。これは魔導士全員をおとりにしたわなだった。


 魔導式を扱う時には必ず周囲の魔力に影響が出る。〔魔力探知式〕は、いわばその大魔マナの揺らぎに耳を澄ませる魔導式だ。効果範囲は狭く、周囲の魔力環境や術者本人の技量に大きく左右される。位置にしても方角とおおざつな距離が分かる程度だ。しいて強みを上げるなら、建物越しでも反応を読み取れる事だろう。


 そんな術式でも、強力な魔導式を扱う敵には有効だ。

 グラマンは地上100メルトまで降下し、副長と合流するため東へと身体を滑らせつつ、念話を飛ばす。


「ひと区画ごとに探索し、安全確認が終わった区画はしらせろ。捕縛用の荊棘いばらを魔導陣で刻んでか――」


 肩に衝撃。


 何度も聞いた〔爆裂式〕のような音は後から聞こえた。

 グラマンはたまらず、手にしていた魔杖を取り落とす。途端、〔飛空式〕に乱れが生じ、グラマンの身体を持ち上げていた魔力が霧散していく。急速に落下。そこでようやく『メイドにやられた』と思い至った。


 上下感覚が失われ、まるで地面が空から落ちてくるような錯覚がした。それでもグラマンは歴戦の魔導士である。とつに自身の個魔力オドを回し、〔重力制御式〕を展開。自身の肉体の重さを20分の一まで減らして、両手足を大きく広げる。空気抵抗を得て落下速度を削り、地上へ不時着する。


 グラマンは地面から起き上がり、急いで近くの民家へと飛び込んだ。

 何度か地面をバウンドしてしまったが、大きなはない。だが右肩に矢傷のような穴が空いている。まるで〔凝集陽光式〕でも受けたような穴だ。違うのは、傷口が焼けることなく、止めどなく血が流れ出していること。


 魔導神経の補助具である魔杖を失ってしまっては、本格的な〔治癒式〕は望めない。逃げるにしても、〔飛空式〕のような複雑な術式を編むことは不可能だ。

 グラマンは血の流れを制御して、流血を最小限に抑える。


『グラマン! グラマン無事か!?』

「……ああ、何とか。だが魔杖を失った」

『くそ。おい、何人かそっちに――』

「やめろ!」


 副長の言葉をグラマンは拒否する。


「メイドに狙われるぞ! 俺を助けようと思うな、いいな?」

『だが、お前が居なくなったら――』

「万が一のことがあればダリウスに引き継げ。それよりも周囲からメイドの位置を、」

『導士長、見つけました! やつはでかい商会の建物の中です!』


 発見の報が、グラマンとウォンのやり取りに割り込んだ。

 よし。グラマンははやる気持ちを抑え「位置を補足し続けろ。ガリルとダニーの班は応援に向かえ。他の班も周囲から押し込めろ」と指示。


『……ん? なんだ』

「どうした?」

『変です、魔力反応が消


 遠くから爆発音。

 途端、念話が中途半端なところで切れた。 


 向こうから意識的に切ったものではない。不穏なものを感じて「どうした! おい!」と呼びかけるが返答もない。

 もしや念話を妨害するような術式か? しかしこちらの魔力防壁を破れるほどのものが存在するだろうか。


『グラマン聞こえるか?』

「どうした」

『ガッツェルたちがやられた。やつは商会にはいない』

「どういうことだ」

『遅延系の〔爆裂式〕を仕込まれたようだ。メイドの位置を確認しようと、ガッツェルが向かいの建物に入った瞬間、建物が爆発した』

「な――」


 それほど高度な魔導式を編み、魔導陣として土地に固定化。魔導士が踏み入った瞬間に〔爆裂式〕を作動させるなど。無論、やろうと思えばグラマンにも出来なくはないが、こんな短時間に仕込めるものではない。

 そして何より、こちらがどの建物へ入るのか読んでいたという事ではないか。


『こちらガリル。導士長! やつです!!』


 再び発見の報が入る。


「どこだ」

『西側の目抜き通り! このクソメイドが、ここで落として――』

はやるな、応援を待て。そのまま追跡して、」

荊棘いばらの魔導陣をこの先に敷いてあります! そこまで追い込


 再び、念話が切れる。

 グラマンはまさかと思いつつ、「ガリル! ガリルどうした!? おい、そこにミッシェルもいるんだろ? 応答しろ」と念話を飛ばした。

 が、返答はない。

 声は、虚空に消えていくばかり。


 一人、民家に潜むグラマンは、まるで暗闇に放り出されたような感覚に陥る。


「……一体、何が起こっているんだ」


 グラマンが恐怖にとらわれつつある間にも、念話は飛び続ける。


『こちらマイク。標的を捕捉、ジームと共に封じ込めに』

 爆発音。

『ジャックスだ! ジームとマイクがやられた、誰か〔治癒式〕を』

 爆発音。

『導士長! 助けてください、誰か!! やつが、メイドが――』

 念話だけが途切れる。

『くそがあ!!』

〔爆裂式〕の反応。念話の応答ナシ。

『どこだ!? どっから狙って、』

 応答ナシ。

『なんだその魔導武具は! 魔力探知にかからな』

 応答ナシ。

『シン、やつは建物の陰から狙ってる。一旦、民家に隠』

 爆発音。

『グラマン逃げろ! やつがそっち』


 ――その念話を最後に、あらゆる音が途絶えた。 

 周囲から聞こえるのは、パチパチと火が木材を燃やす音だけ。火の手が近づきつつあるのだろう。

 しかし、そんな事はどうでも良かった。


「――おい、」


 グラマンは所属魔導士全員へ向けて念話を飛ばす。


「誰か応答しろ。おい!」


 しかし、念話がつながる反応は無い。

 行き場を失った魔力が、虚空へと霧散していく。

 グラマンは思わず民家の奥へと後ずさった。


 みんな、どうしたんだ。

 急に、いなくなったみたいじゃないか。 

 それに『やつがそっち』ってなんだ。副長は何を言おうとしたのだ。その続きはなんだったん


 ガタリ、と民家の扉が開く。


 グラマンは確認もせずに〔爆裂式〕を放った。魔杖がなくとも単純な式なら幾らでも扱える。ドアを開けたのが何であれ、巨鈍魔トロールすら吹き飛ばす一撃には耐えられまい。


 当然、〔爆裂式〕の煙が晴れた後には何も残っていなかった。

 

「は、はは――」


 グラマンの口から乾いた笑いが起こる。


「なんだ、簡単じゃないか。所詮、メイドが――」

「所詮、メイドが……なんでございましょう?」


 首筋に、何か冷たいものが当たっている。

 視線だけで自身の首へ視線を落とした。銀色に輝く刃物が、グラマンの首にピタリとつけられている。その先端は、何故なぜか滑る赤い液体にれていた。


 そのやりの穂先にも似た剣は、グラマンの背後から伸びてきていた。

 持ち主は、確かめるまでもないだろう。

 

 あの、メイドだ。


「――お連れ様は19名で、お間違いありませんか?」

「お、俺の部下たちは……どうした?」

「皆さま死ぬほどお疲れのようでしたので。眠っておられます」

「そんな全員、」

「ところで――」


 背後のメイドがグラマンに近づいてくる。

 首筋の刃物が下ろされ、代わりに別のナイフがグラマンの首元へと絡みつく。気づけば、体温が感じられるほど近くにメイドがやってきていた。

 耳元へ寄せられた口から吐息が漏れて、グラマンの耳をくすぐる。


「導士長――とは、あなたのことでよろしいでしょうか?」


 グラマンの沈黙を肯定と受け取ったのだろう。

 背後のメイドは、少しだけほほむような気配を見せてから口を開く。


「幾つか、お尋ねしたいことがございます」

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