scene:04 断罪の劫火《リチャード・ラウンディア・エッドフォード》

「さて、と」


 リーダー格の魔導士が潜んでいた民家を出て、マリナは空を見上げる。

 数百メートル上空に浮かぶ、四つの影。

 翼やツノを持った馬にまたがる騎士がそこにはいる。

 太陽光を浴びてきらめく甲冑を建物の陰から見つめて、マリナは考える。

 まずは状況確認だ。


「――えー、あー、エリザ? 聞こえるか?」


 念話というものをイマイチよく理解していないマリナは、エリザをイメージしながら実際に声を出して呼びかける。

 すると、案外すんなり声が返ってきた。


『マリナさん? よく無事で……』

「おう、それなりに大変だったけどな」マリナは苦笑する。正直に言えば大変どころでは無かった。「それで避難は進んでるのか?」

『はい。――町からはほとんど出てこれたはずです。でも城に収容するにはまだ時間がかかりそうですけど』


 それはそうだろう。

 町から城までは曲がりくねった道を30分は登らねばならない。

 つまり、城へと続く道にズラリと町人が並んでいるわけだ。


「つーことは、

『……マリナさん?』


 マリナはスカートの下から、以前も使った武器を取り出す。

 パンツァーファウスト3。

 騎士のよろいを貫徹できると判明している、数少ない武器だ。 


「エリザ、オレはもう少し騎士様の注意を引いてから帰るわ」

『いえ、もう充分です。マリナさんも早く城へ――』

「何言ってんだ。騎士どもが動かないのは、オレが町に残ってるからだぜ? オレが逃げたのがバレたら町の人間も狙われるぞ」

『それはどういう……』

「どうやら騎士のリーダーがオレに。まったくありがてえ話じゃねえか――ほんと、むしが走る」


 それは『導士長』と呼ばれていた男から得た情報だった。



    ◆ ◆ ◆ ◆



 ――ところで、

 マリナは戦闘行為を『砲火を用いたコミュニケーション』だと考えている。


 目指すところはお互いの生命なだけで、根っこの部分では女が男を誘惑し、男が女を口説くのと同じ。

 つまり『戦場』は、少し血なまぐさいダンスホールだ。

 お互いがれであれば、合理的な思考のやり取りができる好ましい場所だ。命がかかっている分、くだらない要素を差し挟む余裕がない。挙動のひとつひとつが、お互いの狙いを明らかにしていく感触は、手を取り合ってダンスをしているような気さえする。


 ――だが、先ほどの戦闘はそうではなかった。


 舌を巻くような統率を見せていた魔導士集団が、唐突にごうの衆へと変貌したのだ。そのキッカケは上空から一人の魔導士が降りてきたこと。無防備に降下してくるソイツをマリナが撃ち落としてからすべてが変わった。


 恐らくソイツが指揮官だったのだろうと気づいたのは、魔導士二人組が唐突に見当違いの方向へ飛んで行った時である。


 それまではマリナの動きを明らかにマークしているような気配があり、マリナは建物から建物へ移動するたびに魔導士からの追跡を受けていた。

 それが無くなったという事は、上空で早期警戒管制機AWACSのような役割を担っていた何者かが消えたとしか思えない。


 つまりドラグノフ狙撃銃で撃ち落としたアレだ。


 だが、では何故なぜそんな間抜けなをしたのか。

 どんな魔導式とやらを使っていたのかは分からないが、あの『導士長』とやらが上空にいれば、マリナは大変な苦戦を強いられたはずなのだ。


 加えて、地上にいる魔導士たちはマリナへの攻撃をギリギリまでためう癖があった。マリナを捕捉しても応援を待とうとするわ、わなへ追い込もうとするわで、言ってみれば――殺意がまるで無い。


 まるで、


 そこから先は簡単だった。

 殺す気のない兵士など、マリナの敵ではない。遭遇した順番に排除していくだけで良かった。最後の方では位置をさらしてしまう銃弾を使うまでもないと、ドラグノフ狙撃銃に取り付けた銃剣で近接戦を仕掛けたほど。


 あまりに簡単な作業だったため、マリナは思わず導士長に聞いてみたのである。

 ――どうして生け捕りになんかしようとしたのですか? と。



    ◆ ◆ ◆ ◆



 その答えが『四人の騎士からの命令』だったのだ。


 まったく、あきれた話である。

 馬鹿な上司を持つことほど、不幸なことはない。

 ――もっとも、それを言えばマリナ自身も『出来るだけ殺すな』なんて命令をする少女が上司なのだが。


 マリナはそう自嘲しつつ、パンツァーファウスト3を担いで駆け出す。

 騎士の視界を避けながら、家々を跳び回って騎士の背後へと移動。

 騎士たちの高度は、目算で地上から400~450メートルというところ。パンツァーファウスト3の射程ギリギリだ。


『マリナさん』


 と、エリザがこちらを案ずるような念話を飛ばしてくる。


『お願いします。……あと少しだけ、騎士を引きつけてください』

「いやもちろん、そのつもり――」

『いいえ違います』

「あ?」

『マリナさんは、わたしのメイドです。だから、これはわたしが命令したことです。だから、その――』


 よどみながらも、エリザはそれを言った。


『帰ってきたら、わたしを叱ってください。――なんてちやな命令をしたんだって。絶対に『オレが勝手にやったことだ』なんて、言わないで下さいね?』

「……ああ、分かった」


 よくわからないが、エリザなりの励まし方なのだろう。

 悪くない主人を持ったと思う。

 まあ、部下からの叱責を求めるような上司が良いとも思わないが。


 マリナは「それじゃあ、またな」と念話を切り、物音を立てないようにある家の屋根へと登る。その煙突の陰に身を隠して、マリナは弾頭のプローブを伸ばした。こうしないと成形さくやくが作るメタルジェットで騎士甲冑サークを貫通できない。

 そうそう当たらないだろうが、運の良さを期待してのことだ。


 煙突の陰から、騎士たちの場所を確認する。

 マリナがいるのは、騎士のやや斜め後方。騎士たちからすれば、自身の肩が邪魔で見下ろせない位置。完全な死角である。


 そういえば、と。

 マリナは同じように輸送ヘリを撃ち落とした時のことを思い出す。

 今回はそれよりも簡単だ。的は静止しているし、当たらなくても良いのだ。目的はマリナの存在をアピールして避難民から注意をらす事で、撃ち落とすことではない。


 マリナはパンツァーファウスト3を肩に担ぐと、半身を煙突に隠しながらスコープをのぞんだ。

 スコープの中に、天馬にまたがった騎士を捉える。

 騎士たちがマントを羽織っているお陰で、上空の気流がよく分かった。これなら本当に直撃させられるかもしれない。マリナは風が弱まるのを待つ。

 永遠のような一瞬――実際には3秒もっていなかっただろう。


 風が――――んだ。


 引き金を引く。

 発射される弾頭。安定翼が展開し、ロケットモーターに点火。一気に秒速250メートルまで加速し、マリナの悪意は騎士へと殴りかかった。


 ――当たる。

 マリナ自身でも驚くほどの精度で、弾頭は騎士へと一直線に飛んだ。しかも斜め後ろからの攻撃。騎士は自分が何をされたのかも分からない内に、身体を吹き飛ばされるだろう。


 だが、


「――は?」


 マリナは思わず情けない声を漏らしてしまう。

 スコープの先で起こった出来事が信じられなかった。


 スコープの中にいる騎士は突如として背後を振り返り、ぐ飛んできたつかのだ。


 しかもつかんでいるのは、弾頭の中ほどである。

 それはつまり、弾頭の軌道を自身の手で遮ったのではない。

 秒速250メートルで飛んでくる弾頭を、それ以上の速度で横合いからつかったということ――!


 そして信管に触れる存在を見つけられなかった弾頭は、ついに時限装置によって爆発。爆煙は上空に渦巻く気流によってすぐに拡散し、中から無傷の騎士が現れた。

 騎士は弾頭が消えた左手を、不思議そうに見下ろし、握ったり開いたりを繰り返している。

 そう――手の中で対戦車りゆうだんが爆発したにも関わらず、だ。


 ケタ違いだ。

 マリナは白木の身体では流れるはずのない冷や汗を、背中に感じた。


 確かに騎士という存在は『騎士甲冑サーク』によって身体能力を向上させているとは聞いていた。マリナ自身、主従契約テスタメントを結んでから魂魄人形ゴーレムの身体能力が向上したのを経験している。

 だから、せいぜいその程度だろうと思っていたのだ。


 しかしアレは次元が違う。

 

「あれが、異世界ファンタジアの騎士――――ッ」


 その騎士が、手綱を引いて馬の向きを変えた。

 かぶと隙間スリットが、マリナを捉える。


 やば、


 半ば放心状態にあったマリナはようやく自身の間抜けさに気づく。爆音を立てて位置を露呈しておきながら、悠長に敵の姿を眺めていたのだ。マリナは慌てて屋上から飛び降りると、あらかじめ確認していた逃走ルートである裏路地へと駆け込


「どこへ行くのかな?」


 目の前に、白銀の甲冑があった。


 薄暗い一本道の路地に、燃えるような赤いマントを羽織った甲冑騎士が立っている。パンツァーファウスト3の弾頭をつかった騎士だ。


 あり得ない。

 500メートル上空から飛び降りたとしても間に合うはずがない。

 それなのにやつがそこに居るという事は――自由落下よりも速く、この裏路地へ先回りしてきた事になる。

 

 マリナは反射的に腰に差していたスチェッキンを抜き、騎士へ向けて発砲。三連射。しかし全弾が鈍い音を立てて弾かれる。薄い鉄板をたたいたものではない。まるで戦車の装甲に弾かれたような音――。


「気は済んだか?」


 マリナが動きを止めたからだろう。騎士は少しおどけたように、肩をすくめてみせた。どうやらすぐにマリナをどうこうしようという気は無いらしい。


 

 となれば、対話も可能かもしれない。


「お名前を、伺ってもよろしいでしょうか?」


 拳銃を下ろしたマリナの問い。

 それを騎士は鼻で笑った。


「あいにく、メイドに名乗るような名前は持っていない」

「……左様でございますか」


 まあ、言葉を交わせるだけマシだろう。マリナはそう結論する。

 すると、今度は騎士の方から口を開いた。


「貴様、魂魄人形ゴーレムだな?」

「――――、」


 マリナは意趣返しとばかりに沈黙を返したが、騎士は特に気にする様子もなく「まあ、捕まえてから確かめれば良いか」と一人納得してしまう。

 そして騎士はマリナへ右手を差し出し、


「さて、メイド。こちらへ来い、俺のものになれ」


 と、言い放った。

 思わずマリナは「は?」と聞き返してしまう。

 似たような台詞せりふはゲリラをやっていた時にも言われた事があるが、そういうやつは戦場の空気に酔っているバカが俳優気取りでやるものだ。

 こんな、さも当然のように言うイカれと会ったのは初めてだった。


 赤いマントの騎士は、言葉を続ける。


「それで、主人の罪はチャラにしてやろう」

「罪?」

「俺のわい魔導士たちを殺した罪だ」

「殺したのはわたくしですが……」


 マリナの言葉に、騎士は面白い冗談を聞いたかのような笑い声を返した。


「ペットの不始末を、ペット自身に問うような愚者ではないよ、私は」


 なるほど。

 騎士のその言葉で、マリナの中に浮かんでいた様々な疑問が氷解した。

 こいつらは、平民を自分と同じ人間だと思っていない。


 貴族であり騎士であるこいつらにとって、それ以外の人間は『言葉をしやべる動物』でしかないのだ。


 だから、マリナではなく主人のエリザに魔導士殺しの罪を問うと言った。

 だから、自身の部下である魔導士たちを『俺のわいい魔導士たち』と呼んだ。

 だから、メイドに名乗るような名前を持っていないと言った。

 犬や猫や鳥や馬や牛や羊に人間が名乗ったりはしないだろうという事だ。


 この異世界ファンタジアでは、貴族以外の人間は『家畜』以上の意味を持っていないのだ。


 それも仕方のない事かもしれない。

 これだけの力量差があるのだ。剣も槍も弓も通じず、数の暴力に訴える事もかなわない。唯一平民でも成れるという魔導士ですら『騎士甲冑サーク』をまとった騎士には傷一つ付けられない。

 ここには理想も建前も存在しない。

 単に『強いやつが、弱いやつを支配する』という構図があるだけ――――。


 だが、そうなると分からない事がある。


 何故なぜエリザベートという少女は『』などという信念を掲げているのか。


 あり得ないことだ。

 しかも父からの教えということは、バラスタイン家は代々それを信じてきたという事になる。バラスタイン家の教えは、マリナが居た世界に例えるならば動物愛護団体も真っ青な博愛主義。『家畜と人間は対等であり、家畜を繁栄させるために人間は彼らに尽くし、その代わりに乳や食肉を分けてもらうのだ』と言っているようなものだからだ。アイヌ民族もかくやという精神性。


 いやむしろ、この異世界ファンタジアでは


 エリザベートという少女は一体――――


 と、


「で、大人しくついてくるかね?」


 マリナの思考を、騎士の言葉が遮る。


「でなければ、手足をむしってから連れていくことになる。魂魄人形ゴーレムといえども、魂を引き裂かれれば痛かろう」

「……ひとつ、伺ってもよろしいでしょうか?」

「許す」


 騎士のおうような返答に「では」とマリナは問いかける。


家畜ペットに罪を問えないということでしたら。エリザベートお嬢様だけを害せば良いのでは? 町の人間まで手にかけることはないでしょう」

「なるほど、すがは畜生だ。主人よりも自分の身がわいいらしい。面倒をみてもらった恩も感じないとは」


 騎士の言葉に、マリナは今すぐに殴りかかりたい衝動に駆られた。

 しかし、それをグッと抑え込む。

 時間だ。

 時間を稼ぐのだ。

 今のこいつは、公園で見つけた野良猫に「うちの子になるか?」と口説いているオッさんと同じ。

 ならばオレも、野良猫のようにびを売ってやろうじゃないか。


「教えてはいただけません、か?」

「いいだろう、教えてやる。――なに、大したことではない。さっきも言っただろう? いきなり首を狙うよりも、服をぎ、手足をむしってからの方が楽だという話だ」

「――――左様でございますか」


 あ、無理。

 オレこいつ嫌いだわ。

 この男にはびとか売れねえ。

 

 そうマリナは結論する。


 平民を家畜としか思えないというのは、育った環境と価値観のせいだと言えなくもない。わいそうな未開の蛮族に、こちらの価値観を押しつけても仕方がないだろう。

 だが、こいつは同じ貴族にも家畜と同じことをすると言った。

 それは異世界ファンタジアの価値観からしても筋が通らない。

 そんなものはコイツの中では建前で、結局自分のやりたいことをしたいだけ。

 つまり、マジもんのクソ野郎だ。


 マリナは脳の片隅で考え続けていた『逃走方法』の実行を決めた。

 メイド服のスカートから取り出す武器をイメージする。


 騎士様がパンツァーファウスト3の弾頭をつかるには、単に反応が早いだけでは説明がつかない。正確には優れた聴力で接近する存在を察知し、優れた動体視力で目標を追いかけている、という事になる。

 つまり、このクソ野郎はびっくりするほど


 マリナが選んだのは、XM84。

 いわゆる閃光手榴弾フラッシュバンと呼ばれるものだ。


 マリナはそれを、ピンを抜いた状態で十数個召喚。スカートの裾を翻し、騎士へ向けてバラく。

 そのまま騎士のいる方向とは反対方向に駆け出した。

 フラッシュバンの爆音と閃光の効果範囲は約15メートル。魂魄人形ゴーレムの身体が強い音や光に弱いかわからない以上、その場に居てはマリナまでこんとうする事になりかねないからだ。


「はっ! 逃げられるとでも――――」 


 そう騎士が駆け出そうと足を踏み出し、

 途端、180デシベルの爆音と、100万カンデラ以上の閃光が騎士に殺到した。



    ◆ ◆ ◆ ◆



「……ぐ、うが、」


 何なのだ今の爆発は。

〔爆裂式〕とは比べものにならない閃光にを焼かれ、リチャードは痛みに耐えるようにうめいた。


 即座に〔身体強化式〕によってと耳の治癒が開始。球に焼きついた影も、えいごうに続くかと思われた耳鳴りも数秒と待たずに消えていく。グワングワンと地面が揺れているように感じたのは、あまりの音と光に平衡感覚を失っていたかららしい。


 だが、その数秒のうちに魂魄人形ゴーレムのメイドは姿を消していた。


「逃げたか」


 腹立たしいが仕方ない。

 リチャードは裏路地を出て、指を鳴らして愛馬を呼んだ。途端、翼をはためかせて天馬ペガサスが、リチャードの下へ舞い降りる。そのまま天馬ペガサスまたがると、リチャードは三人の騎士が待つ上空へと舞い戻った。


 途端、アンドレがおどけた態度で声をかけてくる。


「嫌われてしまいましたか?」

「まあ、畜生だからな。仕方あるまい」

「リチャード様は昔から、動物には好かれませんからね」


 その言葉に、リチャードは軽くアンドレをにらみつける。

 アンドレも「そう怒らないでください、口が過ぎました」と笑った。

 おさなみのアンドレは、時々こうしてリチャードをからかうことがあった。それをリチャードは信頼のあかしだと思っている。心許せる友人は掛け替えのないものだ。軽口くらい大目に見なくては。


「それで、どうします?」


 アンドレに問われ「ふむ」と考える。放っておいても良いが、メイドの能力は鬱陶しいものだ。魔獣を撃退したというのだから、ここで逃がせば野垂れ死ぬことも期待できないだろう。


「逃げられても面倒だ。『断罪』を行う」

「そうですか――よし、二人とも少し下がれ。リチャード様の邪魔にならんようにな」


 アンドレが、ニコライとガブストールと共に背後へ下がったのを確認し、リチャードは腰にいた一本の剣を抜きはなった。1メルト半ほどの長さを持つ両刃の剣である。広い刃幅を持ち、その中心線に九つの宝玉が埋め込まれている。


 剣の名は、炎剣レイバティーネ。

 人魔大戦において、十三騎士の一人が使っていたごうの剣である。


「さあ、ティーネよ。断罪の時間だ」


 リチャードの言葉に呼応するように、炎剣の宝玉の一つが光り始める。

 宝玉にリチャードの膨大な個魔力オドが注ぎ込まれ、炎剣に刻み込まれたある魔導式――――魔道武具がそれぞれ数個保有する固有式が発動したのだ。


 発動したのはリチャードが【断罪式】と呼ぶ、広域破壊用の固有式。


 リチャードが剣を高く掲げると、その先端に光球が生まれた。

 注ぎ込まれる個魔力オドに方向性を与え、一点に凝縮したものである。あまりの魔力量に、周囲の大魔マナが反応してバチバチと〔雷火式〕のような干渉光を放ち始めた。


 その火花に照らされながら、リチャードは下へと視線を向ける。

 その先にあるのはチェルノートという小さな町。


「断罪――――執行」


 言って、リチャードは剣を町へ向けて振るった。

 光球が放たれ、町の中心へと落下していく。


 そして光球が地上から3メルト程度の高さに到たちした途端、魔力が周囲約50メルトへ拡散する。

 その全ての濃密な魔力が、与えられた魔導式に従って一気に爆発した。


  ――それはつまり、50メルト大の〔爆裂式〕が放たれたということ。


 爆発に巻き込まれた建物は消し飛び、その周囲へれきを伴った爆風をらす。爆炎は石を溶かし、爆風は全てをたおした。


 なにより爆風は町へ深刻な被害をもたらした。一秒に満たぬ間に半径500メルトへ拡散した爆風は、町全体を包み込むのに充分だった。吹き荒れる爆風は建物の骨格を破壊できずとも、窓や扉からその内部へと襲いかかる。その中に人間が居れば、急激な気圧変化に耐え切れず死に至るだろう。


 そして、爆発の衝撃はそれで終わらなかった。

 揺り戻しが起こる。


 当然の話だ。爆発によって空気が退けられたのならば、爆発が収まれば元の場所へ戻ろうとする。爆発点はほとんど真空。気圧が極端に下がった中心点へと空気がみ――その激流が町へトドメを刺した。


 そして中心へ流れ込んだ空気はそこで止まらない。

 爆発による急激な温度上昇によって引き起こされた上昇気流に合流し、空高く舞い上がる。そこに残っていた爆煙を細く――高く巻き上げた。


 その煙は、まるで伝説に語られる世界樹のように高い幹と、巨大な傘を作る。

 細い幹に大きな傘。

 マリナが居た世界では『キノコ雲』と呼ばれるソレである。

  

 まさに、神が炎のてつついを振り下ろしたかのよう。

 故に『断罪のごう』。

 故に『炎槌騎士団』。


 今でこそ真っ当な『騎士団』の形態を取っているが、かつては『炎槌騎士団』とはリチャード一人を指す言葉だったのだ。


「リチャード様」


 上空まで上がってきたほこりを払いながら、アンドレがやってくる。アンドレからすれば見慣れたもの。この程度の威力であればリチャードが疲れることも無いと知っているからだろう。賞賛もねぎらいもなく、常の通りに声をかけてきた。


 リチャードはレイバティーネをさやに戻しながら「なんだ?」と応える。


「逃げていく住民はどうしますか?」

「そうだな……」


 破壊できたのはチェルノートの町だけ。魔導士たちが放った火の裂け目から、多くの住民が町から逃げおおせていた。爆風の余波で少しは被害が出たようだが、それでも既に多くの住民がチェルノート城へ避難したようだった。


 リチャードは悩む。

 このままチェルノート城へ侵攻し、内部を焼き払うのも一つの手だ。魔導干渉域のせいで外から【断罪式】は使えないが、中へ飛び込んでしまえば幾らでもやりようはある。リチャードの武器は【断罪式】だけではないし、他の三人にも固有式はあるのだ。


 だが元々の計画では、住民を一気に焼き殺した後、エリザベートだけが残る城を接収して、対帝国の前線基地として利用するつもりだった。もしここで城ごと焼き払ってしまっては、これから戦争を始めるにあたって色々と困るだろう。


 どうにかして無傷で手に入れたい。

 そのためには、住民たち自ら城の外へ出て来させなければならない。


 ふと、リチャードの脳裏にひらめくものがあった。

 メイドにかけた言葉を思い出したのだ。


「なあ、アンドレ」

「はい」

魔獣使いビーストテイマーはまだ殺してないな?」

「……ああ、なるほど」


 それだけでおさなみには、全て通じたらしい。

 打てば響くようなやり取りに満足しつつ、リチャードは「そうだ」と続けた。


「公女には、我らの魔導士を殺した罪を償ってもらわねばならん――つまり、ただ殺すのでは足りない」


 リチャードは騎士甲冑サークかぶとの下で、薄く笑みを浮かべる。


「せっかくだ。

 公女様には愛する領民たちに殺される栄誉を与えようじゃないか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る