scene:02 劫火の下で

 時間を少し戻そう。


    ◆ ◆ ◆ ◆


 それはリチャードが【断罪式】を放つ少し前。

 マリナがXM84フラッシュバンを使って逃げた直後のことだ。


 マリナは音を立てないよう慎重に建物の隙間をすり抜けて、ある民家へと辿たどりついた。あまどいと窓枠を頼りにして、器用に二階へと登る。

 そして窓に設置したブービートラップを器用に解除して、中へと滑り込んだ。


 ――トン、と。

 マリナが床に足を突くと、部屋の中に転がされたおびえるように震えた。

 芋虫のような姿をしたソレらの数は19。手足を縛られ、口にはさるぐつわ。目隠しとらした布きれで耳栓まで施された、かつては人間だった芋虫たち。


 炎槌騎士団の魔導士たちだ。


 彼らは一様に身体のいずこかにを負っていたが、それと同時に応急処置も施されていた。指や耳を吹き飛ばされた者はいるが、致命傷を負った者はいない。動脈を損傷した者でさえ完璧な止血がなされている。


 ――それらは全て、マリナが行ったものだった。

 

 マリナはザッと魔導士たちを見渡し、彼らの服に直接書き込んだ1~3の番号を見やった。その内『1』と書き込まれた魔導士にだけ近づき、脈拍と体温、呼吸を確認していく。

 書き込んであるのは簡易的な識別救急トリアージ表記。

 殺さないよう加減して制圧したが、それでも重傷程度は負わせている。放っておけば死んでしまう以上、最低限の治療は施さねばならなかった。感染症を無視すれば一応、数時間程度は保つようにはしてある。


 本当、面倒なことを押しつけやがって。

 そう、マリナは内心で毒づく。

 だがこれもマリナが主人と定めたエリザの命令だ。


 これはマリナなりのきよう

 エリザから『出来るだけ殺すな』と言われ、マリナはそれを受諾した。であれば自身の能力の範囲で可能な限り遂行する。それは最低限通すべき『スジ』だと、マリナは思う。


 だが、命を助けたばかりに反撃をされてしまっては笑えない。


 故にマリナは彼らの自由を奪い、更に手足を縛ったひもにワイヤーをくくりつけ、その先に数個のM18――所謂いわゆるクレイモア地雷を設置していた。少しでもワイヤーを引っぱれば爆発する状況で、手足の拘束を解くのはマリナでも難しい。しかも失敗すれば自分一人ではなく仲間まで道連れになるとなれば、実行に移す馬鹿はそうそう居ない。


 幸い、魔導士たちの中にも馬鹿は居なかったようだ。


 マリナは要治療者がまだ保つ事を確認すると、ひとりの魔導士へと近づいた。

 地雷のワイヤーを踏まないよう慎重に魔導士の横へしゃがみ込み、そのさるぐつわと耳栓を外す。


「導士長様? お加減はいかがでしょう」

「お陰様ですこぶる調子がいいね、チクショウが」


 問われた導士長――ゼーニッツ・グラマンは、目隠しをされたまま苦々しく答えた。


「んなことより。てめえ――まさかリチャードとやり合ったのか?」

「リチャード?」

「赤いマントの騎士だよ」


 ああ、あのクソ野郎。

 マリナは先ほど殺し損ねた騎士を思い出す。


「何か問題でも?」

「大アリだ!!」


 グラマンは芋虫状態のまま、器用に悪態を吐いた。


「くそったれ……あの野郎【断罪式】を落とす気だぞ」


 グラマンが目隠しをしたまま、天井を見上げる。


 何かにおびえるように。


 気づけば、床に転がる魔導士たちも同じように、目隠しをしたまま天井を見上げていた。

 いや、違う。

 彼らが見ているのは天井の向こう側。

 、見上げている。


 そして今、天空に存在するのは一つしかない。

 ――騎士だ。


 魔導士たちのただならぬ様子に、マリナは慌てて目の前に転がる魔導士へ問う。


「導士長様、説明を。【断罪式】とは?」

「……周囲1キルトを破壊する【固有式】だよ。こんなあばら屋に居たら、みんなそろって冥界の渦へ落ちることになるな」


 グラマンの声色は悲痛だった。

【固有式】という単語は始めて聞くが、魔導式とやらの親戚だろう。とすれば【断罪式】とは〔爆裂式〕の親玉のようなものか。

 周囲1キロを破壊するとなれば、戦術核か大規模爆風爆弾MOABなみの威力。にわかには信じにくいが、騎士の非常識な強さを考えれば安易に否定もできない。


 となれば、想定される爆心地から出来るだけ距離を取り、地下室か何かへ身を隠すのが定石。気圧変化の事を考えれば密閉型の装甲車が望ましいが、無いものねだりをしても仕方ない。少しでも生き残る可能性を上げるべきだ。


 そう判断したマリナは、グラマンへ告げる。


「それでは急いで皆様を解放しなくてはなりませんね」

「――は?」


 言ってマリナはスカートからナイフを生み出し、つな

 そのまま手足の拘束も解いて目隠しも外す。

 視界を取り戻したグラマンは一瞬まぶしそうに目を細めた後、物問いたげにマリナの丸メガネを見つめた。


わたくしわなを解除します。導士長様は皆様の拘束を解いてあげてください」


 そう言い残し、マリナは次々とクレイモアとつながるワイヤーを切っていく。そのついでにクレイモアの信管も抜いてしまう。魔導士が下手なことをして、うっかり爆発しても困るからだ。


 そのマリナの行動を見つめながら、グラマンは問う。

 

「どういうつもりだ?」

「皆様、床に寝ているばかりでは退屈かと思いまして」

「それはいやか何かなのか?」

「冗談でございます」

「……俺は貴族様と違って教養あふれる人間じゃない。もっと分かりやすく言ってくれ」

「では簡潔に。――皆様を解放します。その【断罪式】というものが落ちてくる前に避難しましょう」

「それこそ冗談じゃねえのか? なんで1人で逃げない」


 グラマンは信じられないという顔でマリナを見つめる。

 その視線をマリナは受け流して、最後のクレイモア地雷のワイヤー信管を解除。まだ手足を縛られている魔導士たちのひもも切ってしまう。


 そんなマリナの行動を見て『解放する』という言葉は本当らしいと判断したのだろう。

 グラマンはいぶかしむような声でマリナへ問いかける。


「どうして俺たちを殺さない? どうして助けようとする?」


 ――だよなあ。

 逆の立場ならオレもおかしいと思うわ。

 内心でグラマンに同意しながらマリナは答える。


「エリザベートお嬢様のご指示でございます。――皆様は元々は平民。ならば無闇に殺すべきではないと」

「……まさか公女は帝国とつながっているのか?」


 ――あ?

 マリナはグラマンの発した言葉に違和感を覚えて、作業の手を止めた。


 こいつ、変な会話のをしたな。


 エリザが帝国とつながっているうんぬんは別に良い。どうせそんな事だろうと思っていた。敵国とつながっていると因縁つけて身内にけん吹っかけるなんてのは、ありふれた話だ。コイツ等はそう聞かされて駆り出されたのだろう。


 だが、そこでどうして『本当に』という言葉がついたのか。

 ……ここは一つ、カマを掛けてみるか。

 マリナは視線をグラマンの方へ向けて、軽く首をかしげてみせる。


「つまり――そうおつしやるグラマン様は、帝国と親しくされているのですね?」

「――、」


 図星か。

 あまりに分かりやすい表情の変化にマリナは笑いそうになる。それをグッと堪えて、更に情報を引き出すために「なるほど」と訳知り顔をして見せた。

 

わたくし貴方あなたがたを助けるのは、同じ帝国と手を組む者だから。そうお考えになったと」


 グラマンは答えない。

 その通りだと言っているようなものだった。


 初歩的な交渉術も身につけていないのか。

 それとも、そう思わせるためのブラフか。

 マリナはいぶかしんだが、すぐに思い直す。


 これは、だ。


 苦労して制圧した敵を治療し、そのうえ尋問も懐柔もせずに逃がすなんて普通はしない。なにしろ殺した方が簡単だし、殺さない理由があるとすれば情報が欲しいからだ。何もせずに解放するというのは、払った労力と対価が見合わない。


 だから導士長殿は考えた。

 他に何か理由があるはずだ、と。


 あのリチャードの下に居れば、貴族が平民を慈しむなんて事は信じられないだろうし『公女も帝国とつながっている』というのは――まあ妥当な結論ではある。


 こいつにとって不幸だったのは、エリザベートという少女がひとだった事だ。それを知っていれば素直にマリナの言葉を受け入れただろうし、余計な情報を漏らすことも無かった。

 

 なら、今のうちに畳みかけるか。

 マリナは背後で身体を起こし始めた魔導士たちにも聞こえるよう、わざと大きな声を出す。


「そういえば、帝国は先の戦争で騎士を何人も倒したそうですね。あれほど強い騎士が、数で押された程度で負けるはずがありません。ならば王国内部に協力者が居たと考えるのが自然。――つまり貴方あなたたち


 答えない。

 つまり『YES』。


 しかもマリナの近くに居た魔導士の何人かが、意味もなく身体を硬直させた。

 言葉に反応して身体を動かせば、考えがバレると思って身構えたのだろう。――残念ながら、それは逆効果だ。


 人間は、まったく同じ表情や体勢を取り続けるというのが苦手なのだ。

 意識しなくては直立不動を保つ事ができないように。

『動かない』という行動の裏には、必ず意思が存在する。

 ――この場合は隠したいという意思だ。


 マリナはクレイモアを脇へ片づけながら考える。

 さて――コイツ等が帝国とやらの工作員をやっているのは別に良いが、問題はその理由だ。

 元々帝国の人間だったのか、それとも帝国による現地徴用なのか。

 現地徴用なら帝国に従う理由は何なのか。


 これだけ混乱し、緊張しているコイツ等なら、あともう少し引き出せるか。


「金に目がくらんで故郷を売り飛ばすとは――なかなか豪胆な方ですね」


 グラマンの顎に少しだけシワが寄る。

 不満をグッと飲み込んだサインだ。


 怒りと共に言葉をんだのなら、コイツ等は金銭目的で動いていない。

 そして『金のために故郷を売る』という言葉に怒りを覚えたのなら、その逆の立場を信奉しているということ。

 つまり――、


「なるほど。貴族による弾圧を憂い、故郷を救うために恥を忍んで帝国と手を組んだわけですか」

「――お前、どこまで知って、」


 マリナは意味ありげにほほんで見せる。

 教えてやる義理はない。


 種明かしをすれば、単にマリナはグラマンのような人間をよく知っているというだけの話である。


 かつて居た世界で『ニッポン防衛戦線特二級抵抗員』だったマリナの周囲には「故郷を守るためならば悪魔とも手を組む」と言って、ヤクザだのマフィアだのと手を組んだ挙げ句に、大麻畑の番犬に成り下がったやつらが大勢いた。


 付け加えるならマリナ自身、その片棒を担がされた事もあったのだ。


 そのたびに「ああ、婦長様ならどうしただろうか」と、胸元に忍ばせたコミックを抱きしめたものだ。結局、ほどなくマリナは別の戦線へ移り、彼らは大麻畑ごと焼かれて死んだのだが。


 だから……そういう人間の扱い方を知っていた。

 ただ、それだけの話である。


 マリナは遠い思い出を心の奥底へとしまって、グラマンへ笑いかける。


「先ほどの質問にお答えしましょう。

 ――お嬢様は帝国とは何のつながりもありません。

 お嬢様は単に、誰かが苦しむ姿を見たくないだけ。

 そんな、おひとしなのですよ」


 口にした言葉は、ただの推測。

 マリナの想像でしかない。

 だが、魔導士たちを納得させるためには言い切る必要があった。


 ――その想像が正しかったことは後にわかるのだが、この時点のマリナには知るよしもなかった。

 ただ『そうだったら良いな』という願望だったのだ。


 マリナは立ち上がると、他の魔導士たちにも立つように促す。

 

「さあ、逃げてください。わたくしも早く逃げなくてはなりません」

「いや、俺たちは逃げない」

「――?」


 マリナが眉をひそめると、グラマンは苦い笑いを浮かべた。


「逃げても助からないからな。こうしてあんたに倒され、情けをかけられた時点でもう俺たちは炎槌騎士団に戻ることはできない。処刑されるには充分過ぎるほどの重罪なんだよ」

「ですが、皆様なら逃げ込む場所がいくらでもあるでしょう」

「もちろん。――だが、リチャードの野郎はコソコソ逃げる時間などくれないらしい」


 言って、グラマンは視線を上空へと向けた。

 つまり【断罪式】とやらがもうすぐ落ちてくるのだろう。


「ならなおさら、早くここから――」


 逃げましょう、と。

 そこまで言いかけて気づく。


 グラマンの、そして魔導士たちの表情に。

 そこには恐怖もある、焦りもある、悔しさもある。それらは【断罪式】への恐れが生む表情だろう。


 だが、まったくもっておかしな事に。

 誰一人として絶望していない――――!

 

 そこに死を受け入れた諦観など一つもない。

 全員が諦めずに、生き残るための方策を考えている。

 それはつまり、


「グラマン様」


 マリナは魔導士たちのリーダーである男の瞳をのぞみ、確認する。


「あなた方は、【お持ちなのですね?」

「その通りだ。――ウォン!」


 呼ばれて、マリナの背後にいた魔導士の一人が転がしてあった魔杖を拾い、その一つをグラマンへと投げてした。

 それを床に突き立て、グラマンは叫ぶ。


「急げ、〔三次力量操作式〕を組むぞ」


 グラマンの指示で、比較的軽傷だった二人の魔導士が魔杖を構えて移動。グラマンを頂点に三角形を作るような位置にしゃがみ込んで、床に魔杖を突き立てた。


 途端、突き立てた杖の中心から魔導陣が展開。魔導陣の円が互いに重なり合い、歯車のようにう。三つの魔導陣は、魔導士たちの個魔力オドを起爆剤として周囲の大魔マナを吸収し、術式を成立させるための魔力をため込んでいく。目に見えないが紋様へと吸い込まれていく様は、マリナにジェットエンジンのアイドリングを思わせた。


「全員、数秘ゲマトリア陣の中にいるな!?」


 グラマンの背後にいたマリナはもちろんのこと。言われるまでもないとばかりに、他の魔導士たちはグラマンと二人の魔導士が作る魔導陣の内側へと集まっていた。


「よし、これで――」


 グラマンがあんの表情を浮かべた瞬間――

 ――全てが吹き飛んだ。


 そうとしか思えないほどのが、マリナたちを襲ったのだ。

 民家の壁や柱が背後へ吹き飛び、正面からは家屋のれきが砲弾のような速度で一直線に向かってくる。


 思わず目をマリナは目を閉じた――

 ――が、いつまでってもれきは襲ってこない。


 恐る恐る目を開けた。

 目の前にあったのは、マリナを避けて進むれきの奔流だった。


 れきの流れを阻むのは、マリナたちを包み込むように浮かぶ紋様と文字の群れ。


 激流のようなれきの波は、魔導士たちが周囲に作り出した紋様に触れた途端に軌道を変えるのだ。先頭で魔杖を構えるグラマンを避けるように、緩やかなカーブを描いて背後へと飛び去っていく。


 その光景を見てもマリナは何が起こっているのか、すぐには把握できなかった。

 それも無理からぬこと。

 なにしろ、これほど巨大な爆風のただ中に立った経験のあるやつなど1人もいない。あるやつは皆、挽肉ミンチになっている。

 

 ――これが【断罪式】。

 

 なるほど、これは中々壮絶だ。

 大規模爆風爆弾MOABと同程度という見積もりですら甘かったかもしれない。石造りの家がほぼ水平に吹き飛ばされるほどの爆風とは恐れ入る。


 だが――、

 それよりも驚きなのは、その爆風を全て防いでいる魔導士たちだ。


 マリナは先頭に立って爆風を防ぐグラマンの背中を見つめる。


 衝撃波と、あらゆるれきを範囲外へとらす魔導式。その境界面に浮かぶのは見た事もない紋様と文字。球形に展開するそれらが、マリナと19人の魔導士を守っている。


 マリナは戦慄する。

 こんなものがあれば、ほとんどの現代兵器が通用しない。

 この爆風とれきらす事が出来るのなら、運動エネルギーによって破壊を行う兵器は全て無効化されるだろう。あとは神経ガスか、熱核兵器の直撃を狙うくらいしかマリナには思いつかない。


 幸いなのは、単独では運用できず使用中は動けない事だろう。――だが逆に言えば、魔導士が防御に徹した場合、マリナにはそれを突破する術が無い。


 術が無いという事は、とてつもなく、恐ろしい。

 

 やがて【断罪式】によって引き起こされた爆風の全てが背後へと抜けていく。

 一瞬の静寂。

 そして、


「――ぐ、お!?」


 背後からの衝撃。

 急激に気圧の下がった爆心地へと大気が吹き込んだのだ。

 その風が、マリナと魔導士たちが潜んでいた家屋を今度こそ完璧に破壊した。


 二階の床に展開されていた魔導陣がゆがみ、回転していた魔導陣が「ガギッ」と嫌な音を立てて停止する。

 途端、マリナたちを守っていた魔導式が消え去った。


「――――が、」


 崩れ去る石造りの家屋と共にマリナは地面へと投げ出され、れきの山と共にかくはんされる。メイド服が破れ、眼鏡が割れ、神経など無いはずの足に痛みが走る――――が、それだけだ。


 果たして、風が収まった後もマリナは生きていた。


「ごほ、げへ、ほっ……」


 喉の奥に入り込んだすなぼこりを吐き出しながら、マリナはれきの中で顔を上げた。

 周囲を見渡せば、砂と土に塗れた魔導士たちも無事らしい。同じようにんでいる。

 その内の一人――グラマンがマリナを見つけ、小さく『伏せてろ』と合図した。マリナが視線だけで理由を問うと、グラマンは親指を空に向けて示す。どうやら騎士様たちが上空に居るらしい。


 やがて、その騎士たちが姿を消したのだろう。グラマンたちが身体を起こす。

 合わせてマリナもれきの下から身を起こした。


 視界に入るのは青空に浮かぶ巨大なきのこ雲と、地上に広がるれきの山々。

 チェルノートの町も、随分と見晴らしが良くなってしまった。

 せっかく、ゲリラ戦をするにはもってこいの町だったのにな――と、マリナはどこかズレた感想を抱く。


 ふと、マリナと目の合ったグラマンが、口の中の泥ごと唾を吐き捨てる。


「無事か、メイド」

「……どうして、わたくしを助けたのですか?」


 それは駆け引きではない、純粋な疑問。

 魔導士たちは自分たちだけを守る手段もあったはずだからだ。

 隙を見てマリナをあの家屋から追い出してしまえば、マリナは今ここには立っていない。その機会は、マリナが彼らの拘束を解いた時点で充分にあったはずなのだ。


 グラマンは一瞬だけマリナを見やり、すぐに視線をらして答えた。


「俺たちは貴族とは違う」

「違う?」

「あんたの主人は俺たちを助けろと言ったんだろ? なら、その借りは返さなきゃならない」


 その言葉を聞いて、マリナは「なるほど」と納得する。

 彼らは反政府ゲリラの基本をよく分かっているらしい。


 ゲリラは利害で動いてはならない。

 で動くのがゲリラだ。

 

 既存の法を犯し、社会体制へ反逆する反政府ゲリラという存在は、それ故に誰よりも厳しく自身を律する必要がある。


 簡単に言えば『正義の味方』でなくてはいけないのだ。


 自身の欲望ではなく義にって立つからこそ、民衆の支持を得られる。

 支持を得ることで、少ない数で戦う事ができる。

 既存の政府を打倒した後にも、正式な政府として認められる。 


 そして、それらは示さねばならないものだ。

 でなければ、おのずと組織は内部から崩壊する。


 金銭や権力によってではなく、『義』によって戦うゲリラを統率する指揮官は、尊敬を得られるだけの『正義』を示し続けなければならない。『義』を示した敵をないがしろにすれば、その仲間たちも「自分たちもいつかああなる」と考えて離れていく。無論、その『義』が正しいものとは限らないし、身内から『義』に反する行動をする者がいれば苛烈な内ゲバに発展するわけだが。いずれにしてもこうした組織は『義』に縛られる。


 仮にもし、エリザが彼らを助けるように指示を出していなければ。

 マリナがその命令を突っぱねていたら。

 今ごろ、白木で出来た魂魄人形ゴーレムの身体は文字通り、じんに砕け散っていただろう。


「それじゃあな」


 グラマンたちは仲間の魔導士が無事である事を確かめると、もう用は無いとばかりにマリナへ背を向ける。恐らく、どこかにいる仲間の所へ逃げ込むのだろう


「お待ち下さい」


 その背中を、マリナは呼び止める。

 ここで帰すわけにはいかない。

 なにしろ、いまだ【炎槌騎士団】という危機は去っておらず、マリナは戦わねばならないのだ。


「炎槌騎士団のことを教えていただけますか?」


 そして戦うには、まず情報が必要だ。

 先ほどの【断罪式】への対抗策を用意していたこいつらなら、騎士団の弱点や、そうでなくても詳しい能力を把握しているだろう。

 それは、マリナが喉から手が出るほど欲しいものだ。


「なんで俺たちがそんな事をしなくちゃならない?」


 グラマンは吐き捨てるように言う。


「命は助けてやった。それ以上は欲張りってもんだろう」

「いえ。導士長様には、果たさねばならない責任が残っております」

「――なんだ?」

「この町を攻撃した責任です」

「……」


 グラマンが苦虫をみつぶしたような顔で、マリナをにらみつけた。


「つまり、メイドさんはこう言いたいわけか。俺たちが町をめちゃくちゃになる原因を作ったんだから、協力しろと」

「はい」

「……メイドさんも俺たちの仲間を一人殺してる。【断罪式】から守ってやっただけで満足しとけ」

「ごもつとも。

 ですが責任を果たすべき相手はわたくしではありません。あくまでこの町の人間に対して。そして、それは果たされていない。違いますか?」


 言って、マリナはほほんでみせる。

 これは交渉ではない。

 感情論による暴力。強盗と変わりない。

 突きつけているのが拳銃か、感情論かの違いだけだ。


 だが、グラマンたちはこれを無視できない。

 民衆のために立ち上がった『正義の味方』は、我が身わいさに民衆への責任を放棄するわけにはいかない。それを行ったゲリラがどうなってしまうのかは、マリナは身をもつて経験している。


 だが同時に『無謀』と『勇気』を履き違えるようではゲリラ活動など出来ない。

 当然のように、グラマンは首を横に振った。


「――悪いが、俺たちじゃ炎槌騎士団を倒すことは出来ない。出来るなら最初からそうしてる」


 予想通りの答え。

 故に、マリナも用意していた台詞せりふを口にする。


「いえ。何も炎槌騎士団を倒して欲しいと言っているわけではありません」

「なに?」


 魔導士たち全員の視線がマリナに集中する。

 マリナはボロボロのメイド服のほこりを払ってから、誇らしげに答えた。


「倒すのは、わたくしの主人ですので」

「――はっ」


 グラマンが鼻で笑う。


「正気か? あの公女様が一人で炎槌騎士団を倒すと?」

「導士長様こそ正気ですか?」

「なに?」

「皆さんの責任を、わたくしとお嬢様が代わりに果たしてあげようと言っているのです。それをわらうなど、民衆のために立ち上がった人の態度ではありませんね」

「……」 

「しかもわたくしが要求しているのは、騎士団の情報だけ。戦力を出せと言っているのではありません。その程度のことも出来ないのですか?」


 今度はマリナが鼻でわらってみせる。


「――ああ、もしや。そもそも情報など持っていないのですか? 口では騎士を倒すとうそぶきながら、本当は戦う気などさらさら無く、だから敵の戦力を調べてもいない、と。『いつか倒す』と愚痴を言うだけが取り柄の負け犬の集まりなのでは」


 小馬鹿にしたような、マリナの言葉。

 気づけば、魔導士たちの視線はリーダーであるグラマンへと集まっていた。

 視線が語る。

 このまま馬鹿にされたままで良いのか、と。


 グラマンは小さく舌打ちをして、絞り出すような声で問う。


「本当に倒せると思うのか?」

「お嬢様なら、必ず」


 そう、エリザベート・ドラクリア・バラスタイン勝つ。

 勝たせなくてはならない。

 仲村マリナがようやく得た敬愛できる主人を、こんな所でうしなうわけにはいかない。

 

 幾ばくかのしゆんじゆん

 結局、グラマンは「負けたよ」と苦笑した。


「いいだろう。公女の覚悟とやらを試してやる」


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