scene:01 戦支度

 カーン、カーン――と、

 どこからか鉄をたたくような音が、遠く響いている。


 その甲高い音に耳を刺され、エリザベートは目を覚ました。

 身体を起こそうとすると、関節や筋が霜が降りたように固まっている。それをバキバキと折るように、エリザは応接間のソファから身を起こした。


「……?」


 寝ぼけた頭で周囲を見回しながら、何故なぜ、応接間のソファで寝ていたのだろうと考える。

 記憶を遡っていくとおぼろげに、魔獣に襲われたことを思い出した。


 ……そうだ、殺されかけたんだ。


 ボサボサの頭をきながら、エリザはもう片方の手で背中をさする。

 魔獣に貫かれたはずの傷跡はすっかり消えていた。昨晩、教会の神官が来て魔導式による治癒を施した成果だ。数百年前の宗教戦争以来、教会は医療機関や金融機関として勢力を伸ばし、あらゆる人々に治癒魔導式を施している。対価として領主から運営費を請求しているので、領主の家には必ず直通の伝声式具でんわが貸し出されているのだが、今回はそれに救われた形だ。なにしろエリザには、伝声式具なんて高価なものを買う余裕はない。


 そうして神官に背中の傷をいやしてもらった後、疲れてそのままソファで寝てしまっていたらしい。


 ふと応接間のテーブルを見やると、そこには幾つかの皿が置かれていた。

 皿の上にあるのは焼いた干し肉ベーコンと、スクランブルエッグ、切り分けたライ麦パン。その横には紅茶のポットが湯気をあげている。

 恐らくマリナが用意したものだろう。「軽いものを」と言ったエリザの注文通りだ。


 エリザは寝ぼけた目を覚まそうとポットから紅茶をカップへと注ぎ、口へと運ぶ。

 ――――途端、顔をしかめた。


「……エッジリアさんが味音痴で良かった」


 マリナが用意した紅茶は、はっきり言ってかった。


 熱湯をそのままポットへ注いだのだろう。紅茶の香りが完全に飛んでしまっている。無駄に苦味が出ていることから茶葉の量も、蒸らす時間すらも計っていないように思えた。これでは紅茶のフリをした色水。そもそもエリザが頼んだケルティックの茶葉ではない。


 まあ、目を覚ますには丁度良かったかも。


 エリザは気を取り直し、ベーコンとスクランブルエッグを口にして、ライ麦パンを苦い紅茶で流し込む。不思議なことにスクランブルエッグとベーコンの味と焼き加減は問題ない。それどころかれたもののように感じられる。兵隊をやっていたというから、紅茶はともかく軽食を作る機会は多かったのだろう。

 

 さて、このアンバランスな朝食を用意したメイドはどこへ行ったのだろうか。


 エリザがそう思っていると、再び鉄をたたくような音が外から響いてきた。

 今度は渇いた破裂音も一緒。音は、中庭の方から聞こえてくる。


 エリザは寝巻き姿のまま、応接間を後にした。



    ◆ ◆ ◆ ◆



 中庭へ至るまでの廊下はそれなりにれいになっていた。

 少なくとも、言われなければ昨晩は魔獣が走り回っていたとは気づかないだろう。しかし、貴族の居城として見れば掃除が行き届いているとは言えない。メイドとしては及第点か、それ以下といったところか。マリナは『ブソウセントウ』メイドに憧れていたと言っていたが、そういった事を学ぶ余裕がなかったのかもしれない。


 それでも言いつけた事をちゃんとこなしてくれているメイドに感謝ししつつ、エリザは中庭へと降り立った。


 中庭は正面口とは異なり比較的普段通りの状態だった。

 魔獣が足を踏み入れなかったのだろう。異なる点を挙げるとすれば、バラバラに解体された魔獣とおぼしき肉塊が城壁の隅に集められていること。その爪や牙が井戸の近くに並べられ天日干しにされていること。


 そして、

 城壁に並べた『騎士甲冑サーク』へ向けて何かを放つ、赤髪のメイドが居ることくらいだ。


「なにしてるの?」

「――なあ。あのよろい、どうしちまったんだ?」


 エリザが近づいてきていることに気づいていたのだろう。声をかけた途端に疑問が返ってきた。マリナは手に持った黒い道具――ハンマーだろうか――を不思議そうに眺めてから、その先端を、魔獣からがしたとおぼしき『騎士甲冑サーク』へと向ける。

 それを手でグッと握りこんだかと思うと、黒い道具から大きな破裂音が響き、その先にあった『騎士甲冑サーク』の一部が跳ね飛んだ。


「……昨日は50口径の徹甲弾でも貫通できなかったのに、今じゃマカロフ弾どころかタングステンナイフでも穴が空く。ったく、どうなってんだ? 昨日のアレは夢か何かだったのか?」

「それは、異世界ファンタジアの武器?」


 そうエリザが問うと、マリナは「ああ」とうなずく。


「スチェッキンって名前の拳銃だよ」

「へえ、人の名前みたい」

「こっちの世界に『銃』は無いのか? 火をけると爆発する粉で、鉄の弾を飛ばす武器なんだが」

「……〔爆裂式〕とは違うの?」


 エリザが知る限り、爆発という現象を起こすには魔導式が必要だ。一部の錬金術師であればそういった粉を作っているのかもしれないが、少なくとも一般的ではないだろう。


 そうエリザが答えると、更にマリナは『ジュウ』について詳しく説明してくれた。それは火薬と呼ばれる粉を筒の中で爆発させ、その爆風によって筒の中に詰めた鉄のやじりを飛ばす武器であるという。50口径とはそのやじりの大きさを指し、大きくてとがっているほど威力が増していく。50口径ともなれば、分厚い鉄板でもやすやすと貫通するらしい。


 そして昨晩の『騎士甲冑サーク』は50口径のやじりはじかえしたという。だが今は、簡単に貫通できる。ソレが不思議だと、このメイドは言いたいらしい。


 マリナが言いたい事をおぼろげに理解したエリザは「そりゃそうよ」と答えた。 


「だって、今は個魔力オドを通してないもの」

「おど……?」


 マリナは眉をひそめ「なんじゃそりゃ」という表情を浮かべる。

 エリザは何故なぜ個魔力オドを知らないのかと言いかけて、このメイドの正体を思い出した。


 会ってまだ1日しかっていないせいで実感が湧かないが、この赤髪にメガネをかけたメイドは異世界ファンタジアの死者の魂を定着させた、魂魄人形ゴーレムなのだ。どうやら彼女の世界には『魔力』という概念そのものが存在せず、人間は魔力に頼らずに生きているらしい。エリザからすれば不便この上ない世界に思えるが、だからこそ独自の技術を発展させたのだろう。


 仕方ない、とエリザは気を取り直して、マリナへ説明する。


個魔力オドっていうのは、生き物が体内で生成している魔力のことよ。魔力は魔導式を動かすための〝力〟だって話はしたわよね?」

「ああ。電気みたいなもんだな」

「……うーん」


 電気は〔雷火式〕で生み出すものだとエリザは思うのだが、異世界ファンタジアでは魔力のように電気を利用しているのかもしれない。エリザはひとまず「多分そう」と認めて話を進める。


「ともかくその『騎士甲冑サーク』は個魔力オドを通してないから、よろいに組み込まれた〔結合強化式〕が作動してないの。だから元々の素材が持つ強度しか無いわ」

「ああ、それ昨日も言ってたな。……その〔結合強化式〕ってなんだ?」


 エリザは「わたしも詳しくは知らないんだけど」と前置きしてから説明する。


 鉄という素材は、切り刻んだりして限界まで細かくしていくと、目には見えないほどの小さな粒になるのだという。その粒が大量に集まってお互いに結びつき、鉄という素材を成しているのだとか。その結びつく力を強化するのが〔結合強化式〕というわけだ。

 

「それで、粒が結びつく力っていうのは見えないバネみたいなものなんだって。だから多少は曲げたりしても鉄は元の形に戻るけど、やりすぎるとバネが千切れて曲がったままになっちゃう。――〔結合強化式〕はバネが千切れないように魔力で抑えつける式だそうよ」


 エリザの説明を聞いてマリナは「なるほど……」と顎に手を当てて考え込んでいる。ただ今の説明は知り合いの錬金術師からの受け売りなので、エリザも理屈を理解しているわけではなかった。何か突っ込まれたらどうしようとハラハラしながら、エリザはマリナを見守る。

 

「金属結合を強化する魔法ってわけか。弾性限界を超えて変形しそうになると、魔力が邪魔をすると……」


 マリナが言っている事はよくわからないが、どうやら異世界の常識に当てはめて〔結合強化式〕について理解したらしい。その理解の早さにエリザは「似たような技術が異世界ファンタジアにもあるの?」と聞いてみる。


「いや無い……とは、言い切れねえか。そんな事をどっかの国が研究してた気がする。まあ――」


 言って、マリナは『銃』を構えると『騎士甲冑サーク』の残骸に銃弾やじりを放った。銃弾に貫かれたよろいはじび、チーズのような穴をさらす。


「――強度が分からねえんじゃ結局出たとこ勝負ってことだな」

「出たとこ勝負? それってどういう――」

「お、そうだ。エリザも一つくらい使えるようになっとけよ」


 エリザの質問に答えず、マリナはメイド服のスカートから別の武器を取り出した。今度は先ほどの『銃』とは比べものにならない程大きな鉄の筒だ。マリナはそれをエリザの肩に担がせ、筒についた取っ手をつかませる。


「重いからしっかり持てよ? ほら、支えてやるから」

「え、ちょっと、なにこれ」

「〝ラット〟って名前の対戦車ミサイルだ」

「タイセンシャ、ミサ? お祈り?」

「ここに穴があるだろ? そこをのぞいてみろ」

「……何も見えないけど」

「あ、やべ。レンズキャップ外してねえ」


 マリナはエリザに密着したまま、ゴソゴソと『ラット』という名前の筒をいじる。するとのぞいていた穴に光が差した。知らない文字と線、その向こうに見慣れた城壁が見える。だがそれよりも、左ほおに感じるマリナの体温の方が気になった。魂魄人形ゴーレムにもぬくもりがあるのだと、エリザは驚く。

 だが、この心臓の高鳴りは、どうにもその驚きとは関係ないような気がした。


 そんなエリザの内心を察することもなく、マリナはほおをくっつけたままエリザの耳に『タイセンシャミサ』の使い方をささやく。


「コイツは対戦車ミサイルっつって、分厚い装甲を持つ敵でも殺せる武器だ。ロックすればある程度追尾するから、相手が遠くにいたり小さかったりしても当てられる」

「誰に当てるの?」

「そりゃ騎士様だろ」

「へ?」


 マリナはなにを当たり前の事をいてるんだ、とでも言いたげだった。

 だが、エリザの方は訳がわからない。


「えっと、ごめん。あのね? なんで騎士を殺す準備をしてるの?」

「どっかの誰かが、お前を殺し損ねたからさ。……ほら、トリガーに指をおいてみろ。どうせ今は起動しねえから。熱源無いし」

「いいから先に答えてっ!」


 自分でも驚くほど大きな声が出た。

 だか分からないが、マリナは何かを急いでいるように思える。こちらの質問を無視して、自分のやりたい事を優先しているようだった。

 なにか、他に重要なことでもあるかのように。

 エリザの叫びに観念したのか、マリナは重い口を開いた。


「魔獣を操ってたやつの言葉、覚えてるだろ? 『お前を殺して戦争を再開する』ってさ」

「……ええ」


 つい昨晩のことだったが何日も前のことのように思える。

 だが確かにあったことだ。


「つまりやつの言葉をそのまま解釈するなら、お前を暗殺し、その罪を帝国におっかぶせて『よくもうちの大切な娘を殺したな!』という大義名分で戦争を吹っかけるって話になる」

「……」

「だが暗殺には失敗し、しかも計画の一部をバカな実行犯がしやべっちまった。コイツはまずいわな。アンタを殺そうとした連中は恐らくこの国の誰か。第三国という可能性もあるが……にしてはちょっとさんすぎる。さんでも何とかゴリ押せるのは、国内の人間だろうからな」

「それは、誰なのですか?」

「んなこと昨日今日ここに来た人間に分かるかよ。――それに問題はそこじゃない。

 問題はその黒幕気取りが、もうすぐここへ攻め込んでくるって事だ」

「……なんですって?」


 エリザは驚き、マリナの方へ顔を向ける。まさに目と鼻の先にマリナの顔があった。

 何だか気恥ずかしくなり、再び『タイセンシャミサ』ののぞき穴へと視線を戻す。


 マリナはエリザの耳にささやき続ける。


「いいか、エリザ。お前は敵の計画の一部を知っちまった。それをこの国のしかるべき機関に報告するなり、他国へけんでんするなりすれば、たちまち敵さんは立場が危うくなる。ソイツ等としては、そうなって欲しくないわな」

「……そうね」

「とすると、敵が取るべき手段は二つ。自身へつながる証拠を隠滅して無実を主張するか、あんたの口を封じて悪者に仕立て上げるかだ。敵が証拠隠滅に動くなら良い。もうしばらくはあんたに手を出して来ない。――だが、口封じに来る場合は違う。あんたが誰かに告げ口する前に、今すぐにでも殺しにくる」

「マリナさんは、どっちになると思うの?」

「殺しにくると思うね」

「どうして?」


 エリザの問いに、マリナは肩をすくめる。


「敵さんは戦争をしたいんだろ? 戦いの基本は奇襲で相手を驚かせて、対応される前にこちらのペースに巻き込んで潰すことだ。……ということは、だ。あんたを暗殺した段階ですぐに帝国へ攻め込むつもりだったはずなのさ。そして奇襲は時間をかければかけるほど成功率が下がる。ならあんたを口封じに殺してさっさと帝国へ攻め込みたいと考えるはずさ」


 違うか?――と、

 マリナは『空にりんを投げたら落ちてくるだろ?』とでも言うようにエリザへ問いかける。それは彼女の中では当たり前で、確定事項なのだろう。つまり、また誰かが昨日のように魔獣を放ってくるのだろうか。


「で、エリザベート。お前はどうする?」


 そう耳元でささやくマリナに、エリザは「どう、って?」とき返す。うまく思考がまとまらない。そんなエリザにマリナは、残酷な現実を優しく突きつける。


「他国へ攻め込む軍隊を動かすなら、この城だけで被害が済むとは思えねえ。きっと、町にも何らかの被害が及ぶぞ」

「……町が」確かにありえないことではない「そうなったら町の人間は、ここへ避難させます」

「ここには何か防衛設備があるのか?」

「一応、要塞用の〔魔導干渉域〕が地下にあるんです。城をすっぽり覆える程度の。起動に大量のちくせきを使うので、今は動かしてませんが。いざとなれば、魔導式の攻撃くらいはしのげます」


 マリナは「ああ、騎士甲冑サークに付いてるってやつか」と、エリザの耳元でつぶやく。


「なら、敵はどうする? 放っておいたらジリ貧だぜ?」

「王政府に救援を要請して――」

「来るのか、それ?」

「…………なら、わたしとマリナさんで敵の足止めを。その間に町人は山へ逃がします。ガルバディア山脈なら、そのままガラン大公の領地へも逃げられますから」

「ならガラン大公とやらに連絡を取っておいた方が良いな。何かこちらから好条件を出さねえと普通、難民は受け入れねえ。この前まで戦争やってたんなら、覚えがあるだろ?」


 マリナから言われ、エリザはかつての領地から逃げ出した領民たちのその後を思い出した。多くはそのまま帝国の領民として組み込まれたそうだが、それを嫌って逃げ出した民たちはいまだに定住先を持てず、あちこちの町を渡り歩いている状態らしい。チェルノートの町の人間もそうなってしまうという事だ。それは出来るだけ避けたい。


「とはいえ、今出来ることは大して無いな……。ひとまず有事の避難計画は練るくらいか」

「それなら町長のカヴォスさんに話を通しましょう。あと商会のシュヴァルツァーさんにも。青年団や商会の従業員なら、組織的に動けると思います」

「ま、それぐらいが妥当か。……そらトリガーを押してみろ。実戦なら、それで対戦車ミサイルが飛んで――」


 と、


「おひい様っ!」


 背後からかけられた声に、二人は同時に振り向く。そこには息を切らせている老婆の姿があった。

 ミシェエラだ。


「ミーシャ、どうしてここへ……」

「どうしても何も、おひい様が襲われたって聞いたもんだから、あたしゃ心配で心配で……」


 エリザの無事な姿を見たからだろう。ふっ、と緊張の糸が切れたのかミシェエラはその場に膝から崩れ落ちる。

 エリザも担いでいた『タイセンシャミサ』を放り出し、ミシェエラのもとへ駆け寄った。


「ミーシャ? 大丈夫?」

「おひい様こそっ! どこかはなさってないんですかい? 何か獣に襲われたって……」

「ええ、魔獣に襲われたの」

「魔獣っ!?」

「でも大丈夫だからっ。もう教会の人に治してもらったから」

「治してもらったって……やっぱりをなすったんで!? ああ、こんなところに居ないで横になっててくださいな。城のことはあたしがやっておきますんで」

「え、ちょっと……ミーシャそんな押さないで。平気だからっ」


 ぐいぐいと城の中へ押し込もうとするミシェエラに、エリザは仕方なく従うことにした。まあ、いつまでも寝巻きではいられないのも事実。ミシェエラに服を用意してもらおう。


「あ、えーっと……マリナさんだったかいね?」


 と、そこでエリザを城へ押し込もうとしていたミシェエラがマリナの方へ声をかけた。マリナは昨日も浮かべていた作り笑顔で「はい」と答える。


「あんた、やっぱりここで働くことにしたのかい?」

「ええ、お嬢様のご厚意で」

「それなら、おひい様に食事とお茶を用意してやってくれないかい?」

「それならもう――」


 と、マリナが同意を求めるようにこちらを見てくる。

 そこでようやくエリザは、中庭へ来た理由を思い出した。

 そうだった。あの紅茶について文句を言わねばならない。


「マリナさん、あの紅茶はひどいですよ? 苦いばっかりで香りも風味も飛んじゃってて……」

「え? マジ?」

「掃除もしてくれたのは良いけど、後で仕上げをしてくださいね」

「そうか? 別にあれで良くねえか? ほこりで死ぬわけじゃあるまいし……」

「ちょっとなんだい? おひい様にその口の利き方はっ!」


 間に立っていたミシェエラがみみざとくマリナの口調の変化に気がついた。

 マリナは「あ、やべ」という顔でミシェエラの渋面を受け止めている。


「しかも今の話じゃ、あんたロクに仕事もできないみたいじゃないか」

「えー、いや、まあオレもプロってわけじゃねえから……」

「教育を受けてないのかい!? ……ああもう、おひい様! なんだってこんなのを雇ったんです?」

「……んだとババア? 〝こんなの〟って何だ? こんなのって」

「茶もロクに入れられないメイドは『こんなの』で十分だろうさっ」

「上等だ。オレにけん売ってんだな? そうなんだな?」

「はっ! イキがるんなら、まともな茶を出してみな!」

「――ちょっと、二人ともやめて。わたしが悪かったから……」


 口論を始めた二人をエリザは止めようとする。

 だが、二人は途端にエリザへ向けて、


「エリザは悪くねえっ! この干物ババアがけん売ってんだよ!」

「おひい様は、悪くありません! このごくつぶしが悪いんでさ!」


「「 なんだとこのババア/ガキ!! 」」


 にらみ合いを再開した二人にエリザは「ああもう……」と頭を抱える。

 ミシェエラはエリザの事となると頭に血が上りやすい所があったが、まさかマリナとけんを始めるとは思わなかった。マリナはマリナで、口の悪さに見合った気性の荒さをさらしている。このまま放っておいては、殴り合いが始まりかねない。


 エリザは意を決して、二人の間に入る。

 そして大きく広げた両手を「パンッ」と打ち鳴らした。


「はい、注目! けんは終わりです。二人にはお仕事を命じます。マリナさんは町へ行ってシュヴァルツァーさんに壊れた物の手配をお願いしてきて下さい。ミーシャはこのまま、わたしと城のお掃除。お昼ご飯も作ります。マリナさんはそれくらいに帰ってきてください。いいですね?」


「エリザ。オレだけ厄介払いするような……」

「そうですよおひい様。こんな小娘に大事な仕事を任せるなんて……」

「異論は聞きません! あなたたちは、わたしの〝メイド〟です! それとも仕事よりけんの方が大事なんですか?」


 エリザが二人を交互ににらみつけると、マリナとミシェエラは叱られた子犬のようにションボリと肩を落とした。その姿があまりにそっくりで、もしかしたら二人は似た者同士なのかもしれないとエリザは思う。それを言ったらまたけんになるのだろうけど。


「……じゃあ、行ってきます」


 そう言って、マリナは中庭から正門の方へトボトボと歩いていく。少し心配になり、エリザは念話で『大丈夫?』と問いかけた。主従契約テスタメントを結んだことで、離れていても思考のやり取りが出来るのは便利だ。


『ああ』

『そんな気を落とさないで。何かわからない事があったら、また念話を飛ばしてくれればいいから』

『気なんか落としてられないさ。……とりあえず町長とやらに会ってくる。避難の計画を話しておかないとな』


 案外すんなり町へ行くことを承諾したと思ったが、どうやらマリナなりに色々考えていたらしい。エリザが『ええ、お願い』と念話を飛ばすと、マリナは背中を向けたまま手を振って町へと歩いていった。


「戦争、か」

「なにか言いましたかね、おひい様」

「ううん、なんでもないの」


 口からこぼれ出たつぶやきをして、エリザは城の中へ戻る。


 父が止めた戦争を、再開したい者たちがいる。

 そのことが、とても悲しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る