第2話 戦場のメイド服

avant-title:動き出す《ラウンディア》

「面倒なことになったな」


 エッドフォード伯爵領シルヴァーナ地方シグソアーラ駐屯城塞。

 ――その執務室に陰鬱な声が響いた。


 バサリ、と。声の主である金髪へきがんの男が、報告書の束を執務机に放り出す。

 彼――リチャード・ラウンディア・エッドフォードは椅子の背もたれに全体重を預け、天井を見上げた。緊急案件の第一報として送られてきたそれは、リチャードに頭を抱えさせる程度の威力を有していた。


 想定はしていなかったわけではない。

 だが、できれば起こって欲しくはなかった。


 執務室に駆け込み、第一報をリチャードに渡した黒髪の青年――アンドレ・エスタンマークも「ええ」と顔をゆがませる。


「まさか、公女が魔獣を返り討ちにするとは」

「――アンドレ。お前なら『騎士甲冑サーク』無しでアレを殺せるか?」


 アレ、とは帝国が開発した魔獣ティーゲルのことだ。アンドレはその場面を想像するように視線を少し上に飛ばし、やがて「『ミョルニア』が有れば、あるいは」と答えた。


「ですが、バラスタインの公女は『万槍ばんそう』を受け継いでもいません。これまでの報告によれば、そもそも魔導武具の一切を所有していないはず……」

「持っていたところで、騎士としての訓練も受けていない小娘が魔獣相手に戦えるものか。――誰かが、小娘を手助けしたのだ。それしかない」


 考えられるのは、かつてバラスタイン家と交流があったガラン大公か、シュラクシアーナ家の者が護衛として付いていた可能性。しかし一年に亘る調査でそれは否定されている。

 仮に公女から救援要請があったとしても、ガラン大公が治めるマクドニージャはガルバディア山脈の向こう側、シュラクシアーナ領はそこから更に海を越えた半島にある。騎士や魔導士をすには少しばかり距離があるだろう。


 つまりそれ以外の、一年に及ぶ内外からの調査網をくぐり、陰から公女を守り続けていた何者かがいるということだ。


 しかもその何者かは『騎士甲冑サーク』をまとった魔獣を殺せるほどの力を持っている。

 そいつは今も、チェルノート城で公女を守っているのだろう。


「……作戦の中止は、」

「出来んさ。おやも兄貴も早く戦争を始めたくてウズウズしている」


 アンドレの不安げな声に、リチャードは諦観混じりの否定を返した。

 そしてチラリと執務机に積まれた書類の山を見やり、それを顎で指し示す。


「金だよ。すべては金なのだ」


 リチャードの言葉に、アンドレは「はい」と同意のため息を返す。

 執務机に山と積まれた書類は、債権を持つ者からの督促状、そして借財を返すために手放した領地とそれに伴う家臣団の再編に関する報告書だった。


 つまりエッドフォード家の窮状がそこにはあった。


 元々、エッドフォード家の領地運営は余裕があるものではなかった。特産物もなく、領主に商才があるわけでもない。強いて言えば、騎士団の強さが売りという平和な時代には何の役にも立たない伯爵家だったのだ。

 ジリジリと領地の財政破綻が近づく中で、エッドフォード家はあるばくに出た。

 ブリタリカ王国とルシャワール帝国との戦争。それを最大限に利用して、一気に財政難を打開しようと画策したのだ。


 それは帝国のせんぽうと戦い、領地を奪われつつあったバラスタイン辺境伯を見捨てるというもの。辺境伯領の全てが帝国の手に落ちた段階で反撃し、帝国から解放するという名目で、バラスタイン辺境伯領そのものを我が物にしようとしたのである。あわよくば帝国侵略の先陣を切り、新たな領土を得ようとも。


 そのために貴族だけでなく教会からも借金をして魔導武具を集め、農民たちを徴兵して占領軍に仕立て上げ、帝国軍がガルバディア山脈を越えるのを待ったのだ。


 ――が、その直前に王国と帝国は停戦協定を結んでしまった。


 エッドフォード家からしてみれば、全財産を賭けたおおばくに参加すらさせてもらえなかった形である。しかし既に金は全てチップに替えてしまっていた。武具の類は停戦になった事で価値が落ちて金にならず、農民を徴兵した事で今年の税収入は激減。

 気づけば、エッドフォード家の借金は天文学的な数字となっていた。

 

 王政府に泣きつけば財政難だけは乗り越えられるかもしれない。だが、それは宮廷での立場を捨てるということである。武闘派として名を売ってきたエッドフォード家は、保守系派閥の最大勢力。王国の勢力拡大はエッドフォード家無しには語れない。王族すらも、エッドフォード家の顔色をうかがわねば政治を行えないと言われるほどだ。

 その立場を捨てるなど、到底考えられない。

 捨てれば、これまで食い潰してきた他貴族たちに逆に食い散らかされる。


 では、どうするか?

 エッドフォード伯爵家が選んだのは『戦争の再開』だった。


 なにしろ準備だけは整っている。後は攻め込む大義名分があればいい。

 だからこそバラスタイン家唯一の生き残りである公女エリザベートを、チェルノートに押し込め帝国の餌にしたのだ。帝国がそれに食いつけば良し。そうでなければ公女を殺し、それを『帝国による暗殺』として戦争をふっかけるつもりだった。

 その実行役に選ばれたのが、エッドフォード家の次男坊であるリチャードである。


「なんとしても戦争を始めて、バラスタイン平原を手に入れねばならぬ」

「……では、第二案を?」

「仕方あるまい」


 リチャードはつまらなさそうに口の端をゆがめる。


「公女様には


 と、そこで執務室のドアをノックする音が響いた。

 その向こうからは「ガブストール及びニコライ、参りました」との声。リチャードが「入れ」と応えると、二人の騎士が姿を現す。二人とも『騎士甲冑サーク』を着込み、そのかぶとだけを腰に下げている。


「出撃準備、整いました」

「ご苦労」


 騎士二人の報告にリチャードは笑顔で応える。アンドレ及び、ガブストールとニコライはリチャード直属の家臣であり、腹を割って話せる信頼できる友人でもあった。


 彼ら――リチャード率いる『えんつい騎士団』は『帝国に暗殺された公女の敵討ち』をするために、ここシグソアーラ駐屯城塞へ集結していた。


 騎士4名、随伴魔導士20名という戦力は、帝国軍に換算すれば一個旅団に相当する。特に十三騎士の末裔ラウンディアであるリチャードの力は、敵が騎士でなければ一人で国を滅せるとすら言われている。国境駐屯部隊を奇襲するには充分な戦力だ。そうして敵軍を撤退に追い込んだのち、徴兵した農民たちからなる占領軍が侵攻するはずになっていた。

 

 だが、状況は変わってしまった。

 

「諸君、私は悲しい命令を下さねばならない」

「はっ」

「これより我ら炎槌騎士団は――バラスタイン領チェルノートへ侵攻する」


 その一言で、公女の暗殺が失敗したと気づいたのだろう。ガブストールとニコライの顔に驚きの色が浮かぶ。しかし、すぐにその表情が引き締まった。

 二人とも作戦の当初から関わっている。

 暗殺が失敗した場合の『第二案』のことは既に聞き及んでいた。


「では……」

「公女エリザベートは帝国とつながり、かの美しき辺境たるチェルノートは王国を脅かすどくと成り果てた――という事になるな」


 肩をすくめるリチャードに、他の三人は沈黙を返す。


 第二案というのは『帝国へ寝返ったエリザベートを討伐。貴族をたぶらかした報復として帝国領へ攻め込む』というものだった。もちろん、それは建前。公女には王国を裏切るような素振りはない。

 つまり戦争を再開させるため、無実の罪を着せて殺すという事だった。


 執務室に集まった四人の顔が、苦渋にゆがんでいく。


 エリザベートという少女がただの民草ならば、無実の罪を着せようとも心は痛まない。民衆は所詮、貴族や騎士という『力』にすがるしか能のない家畜のようなものだ。無闇に殺すわけにはいかないが、ゆえあればそこにちゆうちよはない。リチャードが魔獣使いビーストテイマーに殺させた、エッジリアという役人がソレだ。


 同じ貴族に不名誉な罪をかぶせて殺すというのは、すがに心が痛んだ。

 だが既に、偽造した念写画しゃしんと報告書を手にした早馬が、王都へと駆けている。後戻りはできない。


 ふと、アンドレが「現地住人はどうします?」とリチャードへ振る。執務室の重い空気を変えようとしたのだろう。リチャードの腹心であり、おさなじみでもあるアンドレは気の利く男だった。リチャードはその気遣いに乗ることにする。


「言っただろう? チェルノートは帝国とつながっている。あそこにいる民衆は全て、帝国軍だ」

「ということはつまり……」

「ああ。


 リチャードの言葉に、ガブストールとニコライが「おお」と笑みをこぼす。

 それも当然だろう。

 民草を無闇に殺すことは十数年前に王が禁じてしまったからだ。


 当然、人間狩りマンハントも出来なくなったため、二人はもう長いこと人間かちくで遊んでいない。きつね狩りなどでは到底味わえぬ興奮を、貴族にんげんがそう簡単に忘れられるわけがなかった。 

 これで二人は、公女を無実の罪で殺さねばならない罪悪感を一瞬とはいえ忘れられるだろう。


「久々のマンハントだ。おおいに楽しみたまえ」

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