第5話
「……っ」
耳元で風の
どれほど経ったのか。
しばらくすると身体を
横に倒れかけたイリサを、ずっと隣にいたらしいエゼトが抱き留める。
「っと」
胸と腕にもたれかかる形になった。
さらりと長い髪がこぼれる。
「あ…ありがとう」
体勢を立て直そうとすると、視界に自分の髪が入った。
(…あれ? 髪出してたっけ?)
ふとそう思い頭に手をやる。そこで
「…ローブ…っ」
さっきの風で取れてしまったのだ。
周りの人に見られる前に髪を隠さなければと思ったが、もう遅かった。
「…あの
「年格好も聞いたままだわ」
「まさか、アガストラント帝国の皇女、『終末のイリサ』…!?」
通行人や、飛ばされた品物を拾い集めていた店主達の目が一斉にイリサに向けられた。
恐れ、怯え、憎しみ…。それらで埋め尽くされた瞳。
「あ…」
――『過激ってわけじゃないんだけど開戦論者が多いんだよ』
ここへ来る前にエゼトが言っていたことが今さらながら思い出された。
無意識に、一歩下がる。
「――……あんたのしてることは、迷惑なんだよ!」
一人の男性が声を上げた。
「『戦争を終わらせる』? ふざけるな! 戦争がなくなったら、俺たちはどうやって生活しろってんだ」
「そうよ! 軍人様がいろいろ注文してくださるから成り立ってるのに」
「その代わりに俺たちを使ってくれるところがあるってのか?」
「皇女サマは戦争がなくなれば自分の領土が守られるからいいかもしれないけどなあ!」
あちこちから罵声が聞こえてくる。
「お前のしてる事なんて、ただの独りよがりの偽善なんだよ!!」
イリサのすぐ横から、そんな声が聞こえた。
「……っ…」
旅をするなかで何度も聞いてきた言葉なのに、今日は何故か胸に刺さった。
前の街でも、その前でも。戦の不要性を説き、また、講和条約を破棄させて再び開戦しようと
人々に素性がばれたら、必ずと言っていいほど聞いたのに。
いつのまにか四方を囲まれていて、後ろに下がることも出来なかった。
どうしようもなく立ち尽くしていると、いつの間にかいなくなっていたエゼトが人垣を分け入って走ってきた。
手にはローブを持っている。
それを見て、イリサは何かが頭の中でぷつんと切れたのを感じた。
エゼトが来るのと反対方向へ、人垣に突っ込んで駆けだした。
金緑色の髪が風になびく。
突然のことに驚いた群衆がなかば無意識に道を空ける。
「イリサ…っ!」
その後また埋め尽くされた人の中からエゼトの声が聞こえた。
「来ないで!!」
叫ぶと、そのまま脇道に入り街の側面にある森の奥へと走っていった。
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