第3話



「へぇ…。結構にぎわっているのね」

 きょろきょろとローブの中から目だけを出して街を見るイリサは、その発展ぶりと人の多さに感動していた。

主街道しゅかいどうからはずれた脇道わきみちの合流地点のような位置付けになる街、ホルザード。しかし他と比べ利用者がかなり少ない道だからもっとさびれていると思っていたのだが。

「まあ、他に近くに街がないからな。旅人はもちろん、周辺の村人たちも買い出しやら商売やらに来るんだろ」

 確かに言われてみると、そんな気もした。

 さほど幅のない路の両側に露店ろてんところせましと並んでいる。野菜や果物などを売っていたり、村の女性たちが作ったのだろう、精緻せいち刺繍ししゅうがされた小物や布などもあった。

「――わ…これ綺麗!」

 イリサは街路の中程まで進むと、左にあった露店に近寄った。

 美しい硝子がらす細工ざいくを扱う店だ。

 赤、青、黄、緑…。そんな一言では表せないような深い色合いの硝子がひし形や三角形、ウサギなど動物などをかたどったりと様々な形に切り取られている。

 木枠きわくにはめ込まれた色硝子。これは窓から吊して陽光が反射するのを楽しむステンドグラスのようだ。

 かんざし髪紐かみひもはしかられ下がるようにして付けられた、小ぶりだが可愛らしい形に立体的になっているもの…。

 それらが天幕にぶら下がっていたり、机に並べられている。

「お姉さん、これなんか似合うんじゃない?」

 天幕の中から、少し低めの女性の声がかけられた。

 若い店主に、てのひらにちょうどるくらいの木枠にはめ込まれた柔らかい黄色の硝子、そこから垂れるだいだいいろの球状の硝子細工を渡された。

「これは?」

 イリサが問うと、こんな感じになるのよと、店主が自身の耳元を差す。

「ああ! イヤリング?」

 確かに球が付いている逆側に、台座形の耳にはさむ金具がある。

「付けてみても?」

 店主が頷くのを見て、左耳に付け、用意してくれた鏡をのぞき込む。

「わ…光に反射してすごく綺麗!」

 似合う? とイリサがエゼトを振り返る。

「!」

 エゼトは赤くなった。

 イヤリングを付けたイリサに、というより、こちらを見つめる微笑んだイリサに。

(こんな笑顔、久しぶりに見た…)

 髪がフードからこぼれないように気をつけながら上手くイヤリングを付けて振り向いたイリサ。

 緑色を基調としたワンピースのような戦闘服に、焦げ茶色の古びたローブ。耳元の、夕焼けのような淡い橙色のイヤリングが、太陽に反射してきらきらと輝く。

 その光さえ引き立て役にしてしまうほどの、美しい笑顔。

 世界を終わらせるために旅を続けている戦士には到底見えなかった。

 エゼトは胸元を握りしめた。

 ――ここが王宮で、彼女がドレスを着ていたら。

 これほどまでに胸が裂かれそうな思いはしなかったのだろうか。

 寂しさと、切なさと。しかしその笑顔を自分一人で独占できる喜びと。

 胸に渦巻く様々な感情と、イリサから、エゼトは思わず目をそらし、どうにか顔の筋肉を動かして口角を上げた。

「に…、似合ってる」

 イヤリングなんてろくに見てないがそう答える。

「ふふ、お兄さん、顔真っ赤だねぇ」

 いつの間にか煙管キセルをくゆらせていた店主に笑われた。

「お兄さん、彼女に買ってあげたら?」

「え…いいわよ、そんな。それに、旅をするにはちょっと大きすぎるし」

 イリサが慌てて手を振って否定する。

「とても綺麗だけど、私には不相応だわ」

「そうかい? 似合ってるけどねぇ。ね、お兄さん」

「う…っ」

 こちらに話を振らないでくれ、と思ったが、流石商売人。痛いところを突いてくる。

「か、買ってやるけど?」

 恥ずかしさにいたたまれなくてそっぽを向いたが、しかしイリサは頷かなかった。

「…明日まではこの町にいるから、考えてみるわ」

 お邪魔しました、と頭を礼儀良く下げて店を後にする。

 ずんずん先へ歩いて行くイリサに、取り残されたエゼトが追いかける。

「…イリサ? どうした?」

 急に態度が変わったのを不審に思って声をかける。

「おい?」

「……だって思い出したんだもの」

「え?」

 被ってしまった声に聞き返す。

 イリサはどこかねたような声だった。

「私、いっつもローブかぶってるじゃない? それじゃあ、イヤリングしても見えないじゃない」

「は?」

 間抜けな声が出た。

「なによ。今さらかよとか思ってるんでしょ」

 思わず足を止めていたエゼトに、数歩先のイリサが振り返る。

「……ふは」

 エゼトは慌てて口を覆った。だがそれでも笑い声が漏れてしまう。

「ちょっ、何? 急に何なのよ? ――ねえ、」

 イリサが駆け寄ってくる。

「いや、可愛いすぎるだろ………」

こらえきれない笑声と心中をなんとか噛み殺してごまかす。

が、イリサはエゼトが笑っていることに気がついてしまったようで「ちょ、なに笑ってるのよ!?」と眉をつりあげた。

その表情さえ愛おしくて、エゼトは違う意味でも破願してしまった。

 ――彼女が笑顔なら、それでいいや。

 俺はイリサの夢を叶えるために、……笑顔を守るために、旅について行こうと決めたんだから。

「ははっ。…なんでもねえよ!」

 まだ怒っているイリサに笑みを返す。

 その時、遠くから悲鳴が聞こえた。

「…何事?」

 イリサが声のした方を振り向くと、見る間に突風が押し寄せてきた。

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