第2話



「イリサ。ホルザードの街中見て来たけど、一応は大丈夫そうだぜ」

 関所を入ってすぐの人気ひとけのない路地裏の木陰に、焦げ茶色のローブを目深まぶかかぶって座っていたイリサに、エゼトが声をかけた。

「そう? よかった。いつもありがと」

すでに自国を出て久しく、情報もあまり入ってこないため、新しい街へ入るときはエゼトが必ず一度偵察をしてから行動するようにしていた。

 少しずらしたフードから、勝ち気そうな大きな紅い瞳が微笑むのが見えた。

 すっと、立ち上がろうとするイリサに手を貸してやる。

 置かれた手を引き上げてやると、イリサは「ありがとう」と言ってすぐ手を離した。

 エゼトはいつもの事ながらイリサの熱がすぐになくなってしまったのを名残なごり惜しく思ったが、それを顔に出さないよう注意して言った。

「さてと…。夕飯にはまだ早いけど、どうする? 街を見て回るか?」

 イリサがようやく日が傾き始めた、しかしまだ抜けるように青い空を見上げる。

「そうね。久しぶりに大きい街に来たから、買い出しでもしましょうか。食材も足りなくなってきたし…。そういえば、短剣とかももう予備がなかったわ」

 確認するようにがさごそと戦闘服のスカートのすそうらやポケット、太腿ふとももくくり付けたポシェットをまさぐる。

 あらわになる素肌に思わず顔を赤くして目をそらしたエゼトは、自分の持ち物も確認し始めた。

「お、俺も麻酔ますいばりとか暗器あんきがなくなってたんだった」

「じゃあまず武器屋に行きましょう。そのあと、食料市場に行く。あ、でもその前に宿決めちゃった方がいいかな…」

 関所を通ってきた感じでは、あまり旅人たびびとは多くなさそうだったけど。

イリサが顔に手をあてて呟く。

「まあでも一応最初に宿取って、買い物して、その後夕飯くらいでちょうど良いんじゃないか?」

 頭ひとつ分ほど上から言ったエゼトに、イリサが目線を向けずに頷く。

「ん、そうね、そうしましょう。…と、その前に」

 イリサが体ごとエゼトを向く。

「エゼト、さっき『一応は大丈夫』って言ってたでしょ? あれ、どういう意味?」

「ああ…」

 説明し忘れていた。

「ホルザードは立地的に少し閉鎖的な街なんだ。だから、過激ってわけじゃないんだけど開戦論者が多いんだよ。ここは武器商人とかがいるわけでもないし、あくまで通るだけだ。だから――」

「ここはまだ慎重に、目立ったことをするなってことね?」

 イリサが結論を言う。

「……まあ、そういうことだ。気をつけてくれ」

 はーいと頷くイリサにエゼトは胡乱うろんげな視線をくれて、二人は街の商業区へと歩き出した。

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