37 解

【霧島佐知のモノローグ】 


 もっと上手くいくはずだと思ったけど、結果的には一週間か。

 葉山刑事が優秀なのか、あたしたちの計画が杜撰ダメなのか、あるいはその両方か。

 そもそもの始まりは、あたしの使い込みだ。

 業務上横領。

 半年足らずで二千万円を超えてしまう。

 だから課長さんの奥さん誘拐事件を考えたのだ。

 あたしが課長さんと付き合い始め、お金持ちの奥さんに負けまいと洋服や宝石を揃え続けても課長さんは気づきもしない。

 あたしも口に出して課長さんにアピールしたら負けだと思うから一度も自分からは話していない。

 どうせバレるのなら一言くらい嫌味を言っておけば良かったかもしれない。

 それとも今のままの方が潔いか。

 あたしが課長さんを好きな気持ちに偽りはない。

 けれども業務上横領罪で警察に捕まるのもゴメンだ。

 何処かからお金を都合する必要がある。

 だから悪いとは思ったが、身近な課長さんの家から盗もうと考える。

 最初は単に課長さんと奥さんの留守中にお金を盗み出む……という単純な計画だ。

 学生時代の友人たちに相談し、意見を聞く。

 昔の仲間を事件に巻き込んでしまい、今となっては胸が痛いが、あたしを初め、全員が前科一犯以上。

 大して気にしないかもしれない。

 それに、いずれ今上天皇がご退位なされば、全員恩赦を受けられるだろう。

 それにしても、あの奇妙な女、更井歩(さらい・あゆみ)に出会わなければ、あたしの計画は計画のまま終わっただろう。

 ……だとすれば今頃、あたしは塀の中か。

 どの道、近い将来塀の中なのは避けられないが……。

「あたし、山下豪儀の奥さんにそっくりなの」

 ある日、突然あたしのアパートに現れた更井歩が信じられないようなことをあたしに告げる。

「霧島さんですよね。あなた、山下豪儀さんと不倫しているでしょう」

 玄関口でそう切り出されては部屋に上げないわけにはいかなくなる。

 外に連れ出し、喫茶店で出来る話とも思えない。

「いったい、あなたはあたしに何の用……。それに、そもそも誰なのよ」

「あたしの名前は更井歩……」

 キッチンの椅子に不自然なく座り、更井歩があたしに答える。

「それ以上でも、それ以下でもないわ」

「で、何の御用……」

「山下豪儀さんを驚かせたいと思って……」

「何よ、それ……」

「言葉通りの意味よ」

「わけがわからないわ」

「奥さんに死んでもらうのよ」

「物騒な……」

「だって、そうでもしなけりゃ、今の山下さんの奥さんへの気持ちなんか掴めないわよ」

「……」

「奥さんの死体を見て山下さんが驚いて嬉しがるなら霧島さんの勝ち。いずれ山下さんの新しい奥さんになれば良い」

「そんな簡単に……」

「でも山下さんが奥さんの死を悲しがるようなら霧島さんの負け。山下さんとの結婚はきっぱりと諦めるのね。だって、あなたは一時的に遊ばれているだけなのだから……」

「そんなことはないんですけど……」

「自分でも時々、不安になることはないかな」

「余計なお世話だわ」

「で、あたしが考えた山下豪儀の妻殺害事件の概要だけど……」

 更井歩の計画には当然誘拐事件は入っていない。

 課長さんを驚かせて反応を見るという単純な内容だ。

「でも、ちょっと待って……。死体役を更井さんがやるのはいいとして、肝心の奥さんはどうするのよ」

「小百合さんには旅行に行ってもらうわ。一切の片がつくまでの間……」

「……ということは、もしかして更井さんと課長さんの奥さんは知り合いなの……」

「知り合いじゃなけりゃ、こんなバカな計画を霧島さんに持ちかけたりしないわよ」

 更井歩がさらりと言う。

「中学時代に合間小百合(あいま・さゆり)さんと偶然知り合ってね。お互い、まるで鏡を見ているかと思ったわ」

 そう言い、更井歩が昔を思い出すような遠い目つきをする。

 世の中には自分とそっくりな人間が三人いるという。

 あたしは詳しくないが、米コーネル大学で遺伝子の研究をしている学者や、やはりアメリカだが、ベイラー医科大学の教授たちが科学的に証明したとも聞く。

 またTWIN STRANGERS(ツイン・ストレンジャー)という、自分の写真をアップすれば、世界中から自分にそっくりな人を探し出してくれるというインターネット上のサービスもある。

 世の中はいろいろだ。

 が、それはともかく、あたしは更井歩の話を信じてしまう。

 何故かと言えば、あまりにもバカバカしい内容だったからだ。

 それに加え、打算がある。

 更井歩の計画に便乗すれば、あたしの業務上横領隠しに必要なお金の方も何とかなるかもしれないのだ。

 業務上横領隠しに必要な金額を、あたしが山下家から奪っても大した痛手ではないはずだ。

 何しろ三億円以上の財産があるのだから……。

 けれども更井歩は、あたしに提案する。

「せっかくだから山下さんをうんと虐めてみない……」

 更井歩がさらりと言ってのけた提案に、あたしが触手を伸ばさなかったと言えば嘘になる。

 課長さんのことは愛していたけれど、奥さんと別れる素振りを見せない態度に最近腹を立てていたからだ。

 それに誰かが死ぬような怖い計画じゃない。

 だったら物凄く吃驚するのも課長さんにとってお灸になるかもしれない。

 勘が鈍く、情けなく、でもあたしが好きな課長さんが気づいてくれればのことだけど……。

「いいわ。課長さんを虐めましょう」

 更井歩の提案にあたしが同意し、課長さんの奥さん殺人/誘拐事件の筋書きをあたしと更井歩が練り始める。

 そのうちに計画が派手で歪んだ形に変わる。

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